救出
狼たちをたった一人で討伐したウィルは足元の若い兵士を視界にとらえた。狼を恐れて目を瞑り、腰を抜かすという失態を犯したが、彼は剣を握りしめたままであった。仲間を見捨てた上、撤退を指揮しなかった無能な隊長もいたが(後ろの方で伸びていた)、この兵士はまあまあ見られる。
「あ......ありがとう、ございます」
「別にお前たちを助けにきたわけじゃない。......むしろ今まで生きていた方が驚きだ」
礼を言うデレクにウィルは目を細めた。そして狼の残骸に向き直ると人差し指を口元に当てて考え込んだ。
ふと、気絶していた隊長が呻いた。
ウィルは真剣な表情でわざと聞こえやすいように言い放った。
「入口近くに魔獣があらわれるとは第十八部隊はよほど派手に遊んだらしいな。あなた方が『森』の門を破壊したことで大量の魔獣が領内にあふれ出てくることだろう。賠償は請求させてもらう」
隊長は聞こえているのか聞こえていないのか分からない。ただ呻くだけであった。
『なーなーなーななー、なーななー』
アリスを肩に担いだ魔獣は鼻歌交じりで森の奥にずしずし進んでいき、小屋の扉を開く。
『ていやっ☆』
かけ声とともに木を敷いた床にアリスを投げ出す。魔獣にしては配慮したつもりだったのだろうが、貧弱少年は思いきり頭をぶつけつつ転がる。テーブルの脚に身体を打ちつけてようやく回転が止まった。
「うぅ......」
もはや涙目である。
『なっさけねーぞ、オスのくせに』
魔獣が笑う。
え? 今、しゃべってた......と驚愕の表情を浮かべるアリスをよそに、魔獣はキッチンへ向かった。
テーブルの下でうずくまっていたアリスは一向に魔獣が戻ってこないことに気づく。魔獣に対向するために持ち物を確認したが、武器になりそうなものなど持っていなかった。それ以前に、着のみ着のまま邸から出てきたので役に立ちそうな物など持っているはずもなかった。
そもそも魔獣は自分を食べるために巣へと運んだのではなかったのだろうか? 非常食として連れてこられたのだろうか? アリスは考える。テーブルの下で。
ぐー。
そういえば朝ご飯を食べていない。唐突に空腹を感じた。
というのも、何故かさっきからとても甘い匂いがするのだ。あの魔獣が消えた部屋から。
「......きになる」
とても気になる。
しかし、不用意に動いて食べられるのは嫌だ。
周囲を見渡すが、特に不思議な物はないように思える。普通の部屋だ。家具もある。よく見ると、家具は職人による物ではなく、一般人の手作りのようだ。あたたかい感じがする、と次第にアリスは警戒を緩めていく。
アリスは気づかなかったが、魔獣が小屋に住んでいること自体が普通ではなく、加えて人間が使うような家具を置いていることは断じて普通ではない。
そんなアリスはこう、思ってきてしまう。
「ちょっとくらい冒険しても大丈夫だよね......?」
魔獣が消えた扉に手をかけ、深呼吸。ゆっくりと開いて隙間から部屋を覗く。扉から漏れ出る光が多くなるにつれ、あの甘い匂いも強くなっていく。直立する魔獣の後ろ姿が見える。何か作業をしているようだ。
好奇心に急かされ、扉を強く押すとギギー、と音がした。
アリスはピタリと手を止め、魔獣を確認する。
「え......」
魔獣の姿はそこにはなく、後ろから声がした。
『なにしてんだぃ?』
驚きすぎると悲鳴も出ないんだと、アリスは本日二回目に思った。