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くまさんに、であった

 アリスは激怒した。

 あらあら痴話喧嘩ですか、なんてローズに微笑まれてしまった。

 ローズは今年で14歳。ウィル不在時に邸を取り仕切っている女主人である。彼女はアリスよりも二つ年下だがアリスを妹のように扱う。確かにローズはアリスよりキャンディ一個分背が高く、大人っぽい。若干不本意だが兄二人しかおらず、姉か妹が欲しかったアリスにとっては嬉しいことだ。


「お姉様と同じ部屋でなくともよろしいではありませんか。同じ邸で共にいることができるのですから」


 幼い子に言い聞かせるような口調だ。

 違う。

 ウィルは何も言わずにアリスの部屋を用意した。


 アリスは秘密にしないでほしかっただけなのだ。


 部屋の位置が悪いとか、カーテンの色が気に入らないとかではない。

 ウィルはアリスの部屋の至る所に不審者用の罠や暗器を仕込んだ。

 まず、ウィルが手に取ったのは呼び鈴だった。定められたリズムと回数で鳴らすとどんなに遠い場所にいる人にも音が届く魔道具だ。効果は一日一回だけだから緊急時に鳴らすといい、そう言ってウィルは自分を呼ぶ鈴の音をアリスに教えた。何度か練習したら音が届くようになった。


 ここまではよかった。


 呼び鈴を説明した後、ウィルはこの部屋ーー要塞を説明しだした。

 ベッドの四隅のうちどれか一つに魔力を流すと、部屋にいる敵意を持つ者の足をその場に留める。眠る直前にある程度魔力を注げば寝首をかかれる心配はないらしい。

 絨毯の模様の一部を順番に踏んでいくと、天井から銀剣が降ってきた。ウィルは風の盾でそれをいとも簡単に止めてみせた。ウィルがいなかったらアリスは死んでいただろう。絨毯が赤いのは侵入者で床を汚さないようにするためだとウィルは黒い笑みを見せた。侵入者の何で床を汚さないようにするというのか、アリスは気にしないふりをした。

 本棚はまだ空きが目立つ。ウィルからプレゼントされた本はページを水に溶かして飲むと上級無毒化ができる魔道具だった。普通の本がほしい。

 固まった笑顔のまま、綺麗なカーテンね、っていかにも関係がなさそうなカーテンを指差したら微笑まれた。全属性攻撃無効化の布を使ったカーテンらしい。攻撃された時以外にも例えば邸が炎に包まれて逃げ遅れた時など、このカーテンを纏っていれば天井が落ちてきても傷一つ追わない、とウィルは得意気だ。

 机の引き出しは二重底になっており、暗器がこれでもかと入れられていた。その中でアリスが知る武器はナイフだけだった。ウィルは嬉々として名称、使い方、逸話を教えたが、呆然としたアリスの頭の中にはほとんど残らなかった。

 クローゼットを勢いよく開くと隠し部屋への入口が開く。クローゼット内にも武器は隠されていたが、ウィルは隠し部屋について深く語りたがっていた。

 その他要塞の取扱い説明話の腰を折り、アリスはウィルに尋ねた。


「なんでこんな物騒な部屋を?」

「物騒かな?」

「要塞みたい」

「普通じゃないかな」

「ウィルのお部屋にはこんなのなかったわ」

「え?」

「え? こんなの、あったの?」

「うん。まあ、いつ殺されてもおかしくはないわけだし」

「......殺されそうになったことあるの?」


 ウィルは何を言われているのか解らないとでも言うように首を傾げる。

 真意を確かめるのが怖くてアリスはただウィルの瞳を見つめた。


「ウィルフィール様、陛下より伝令が届いております。緊急とのこと」


 いつの間にか執事が扉を開けていた。何度かノックをしましたがお返事がありませんでしたので、と彼は頭を下げた。


「ああ。今行く。リー、アリスにこの部屋の使い方を教えておいてくれ」

「かしこまりました」


 執事が応えるのとウィルが扉を閉めるのはほとんど同じだった。


「さて、ウィルフィール様はどこまで説明なされましたかな? ......アリス様?」


 聞いてもいいのだろうか? 長くこの家に仕えてきたこの人ならウィルのこと知ってる気がする。アリスは執事の優しげな鳶色の瞳を探るように見つめた。執事はアリスの視線に気づくと、穏やかに目を細めた。


「ねえ」

「はい、なんでございましょうか」

「ウィルのこと、教えて......ウィルは、その、危ない目にあったことがあるの?」

「......ハイディッヒ公爵家には代々、王と国を守る役目がございます」

「ウィル......ウィルは殺されそうになったことがあるの?」


 執事は口を閉ざした。優しい人だから血生臭い話を聞かせないように、怖い物語を童話のようにアリス(こども)に伝えようとしているのだろう、と感じた。


「私、ウィルのこと何にも知らない」


 だから教えてください、とアリスは金色の瞳で訴えた。


「ウィルフィール様も貴族でございますから、命を狙われることはございます」


 一般常識です、これからあなた様もお分かりになられます。ですが、安心してください。我らがお守りいたします。執事は柔らかく微笑む。ここまで公爵家を守ってきた誇りが垣間見えた気がした。


「時間はあります。ウィルフィール様とお話なさるといいと思いますよ。お茶菓子はこのじいが腕によりをかけてお作りいたしましょう」


 一通りの部屋の説明を終えると、執事はそう言い残して部屋を出て行った。





 ウィルはそんなこと教えてくれなかった。なら聞きに行こう。聞きにくいことかもしれないけれど大丈夫。ウィルは小さい頃から私の話を聞いてくれる子だったから。



「そんなふうに思っていた時期が私にもあったわ」


 アリスは薄暗い森の中で呟いた。

 ウィルは国王の伝令を受けた後、執務室に籠もりっきりになった。流石に少し遠慮して大人しくしていたが、夕食以外顔を見せることはなかった。お茶の時間も一緒にいられなかった。与えられた広い自室、ベッドの上でごろごろしているうちにいつもなら眠る時間となった。ウィルとガールズトークを楽しんでから眠るといい夢が見られる......気がするのでそーっとウィルの部屋の扉を開けた。まだ書類と戦っていた。


「ねぇ、ウィル」

「ん?」

「お仕事忙しいの?」

「ん」

「そっか......明日のお茶の時間は、たっくさんお話ししましょうね」

「んー」

「! 約束ね!」

「んー」


 軽い足取りで部屋に戻り、ベッドに潜りこんですぐ夢の世界へ旅立ったアリスだったが、翌日も朝からウィルは机にかじり付いて離れなかった。

 昨日の、お茶の時間の約束覚えてる? って聞いたら何だっけ? って返された。これはもうお茶会の時間まで『威圧』するしかない! そう思って最近覚えた『威圧』の魔法を書類に夢中なウィルに向けていた。

『威圧』とは自分の魔力をそのまま対象に向ける魔法。魔力量に深く関係していて、魔力量が多い人が少ない人に『威圧』をすると気絶することもあるとロータス先生から聞いた。まだ要領が掴めなくて部屋の温度ごと下げてしまうのはご愛嬌。ウィルにはあまり『威圧』は効いていないようであった。

 そして、アリスの誤算ーー第十八部隊の登場である。こいつらのせいでアリスは貴重なウィルとの時間を減らされてしまった。おまけにウィルからは「あとにしてくれ」である。


 知らない場所に逃げたくなるのも当然ーーなのだろうか......?

 ともかくアリスは現在、遭難、もとい森林浴をしていた。

 見るからに刺されたら危なそうな角の生えた逞しいウサギに追いかけられ、一見ドレスを着た少女だがよく見ると人を数十は食ってそうな食虫植物に捕まりそうになったり。

 でも一応元気である。


「こわくないこわくない」


 自分に言い聞かせながら帰り道を探して歩いた。


「ぜんっぜん、こわくないわ!」


 薄暗くてたまに変なうめき声が聞こえて、甘い匂いのするいかにも毒キノコとかあるけどこわくない! こわくない、と気持ちを励ますために歌い始める。


「あるぅひー、もりのなかー」


 ふと、前方に黒茶の影が現れた。


「しゃー!!」


 くまさんに、であった。


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