ある日、森の中
いかにも魔女といった服装をしている老婆ーー『森』の管理人は邸からやってきた人間からその話を耳にした。
雇い主である公爵家当主代行からの通達だ。
「ワシは嘘などつけん」
「ああ、だから俺たちが来たわけ!」
人間の後ろから若い人間二人がひょっこり顔を出した。一人はぴょこぴょこはねた金髪、もう一人は時折見える八重歯が印象的だ。
ふん、勝手にしろ、と管理人は門の鍵を二人に手渡す。
「そろそろワシは飽きた。三年ほど休むとしよう」
「さすがに三年はちょっと」
「んん?」
老婆は片方の眉だけふゆりと上げた。不満そうだ。兵士もとっさに身構えた。言葉につまった八重歯の若者はおどおどし始める。
老婆には底知れない違和感が漂っており、少しの動きにも何故かこちらが反応してしまう。
それを見たもう一人の若者が無邪気に提案する。
「『三』つながりで『三』日間だけ休めばいいんじゃないっすか?」
いやいや。
さすがにこれは老婆も相手にしないだろう。
「いやあ、面白い。数字は面白い。ふっはっはっは。三日間だけおまえ等の好きにしたらいいさ」
黒いマントを翻すと、すでに老婆はその場にいなかった。
「あの、さっきのは......?」
「あの婆さん、妖精なんだわ。ここ最近は人間の数字に興味を持ってるらしい」
「君、よく分からないこと言ってたけど」
「俺? 俺もよく分かんねえわ。あの婆さんに殺されるようなことはないから問題ねえ。でもな、否定されるとヒステリーおこすから気をつけろ」
怪しげな老婆と謎の会話を交わした若者二人は兵士を邸に返した後、公爵家の『森』の入口に立って待った。
ウィルが報告を受けたのは朝早くのこと。睡眠のいらない妖精たちは主を無理やり起こし、枕元をふわふわと舞った。
いくら頭の足りない奴らでも流石に夜に『森』に侵入する気はなかったらしい。引き止めようとする門番二人を貴族の権力でもって脅した上、なお二人が抵抗すると殴りつけて鍵を奪い、門を開けて侵入したそうだ。
「思い通り動いてくれるなあ」
にやにやと悪い笑みを浮かべるウィルは準備のためベッドから抜けた。
やっと知り合いから送られてきた最高級寝具がアリスの部屋へ運ばれたので久々の一人寝であった。
「トムとジャックは?」
『健康に別状ありません。殴られただけです』
ウィルが着替えながら天井に尋ねると、声だけが帰ってきた。
「陛下に伝令をだせ。二人には診断書を作らせろ。あと、馬鹿共が荒らしたせいで魔物が『森』からあふれ出てくる可能性もある。一応自警団に連絡を。すぐに動けるようにしておいてくれ」
『承知いたしました』
気配が消える。
邸の中でまでこの独り言みたいなやりとりって本当に必要なんだろうか......?
なんてウィルは思ったりするが、かつて友に「掟とか色々あるから放っといて」と言われたことがあるので気にしないでおく。初代が「なんかかっこいい!」で始めた掟だったのは教えない方がいい。
昼食前には片が付くだろうと、ウィルはこの時は高をくくっていた。
「おはようございます、お姉様。......アリス様は?」
朝食に集まったローズのこの一言で、ウィルはアリスの不在を知る。
「部屋には? ......いない? 邸中を調べろ!」
「ルド、アリスは......」
「申し訳ございません! お一人で少し散歩に行ってくると......私、いつものようにお庭に出たのと思いこんで」
「敷地内にはいらっしゃいません!」
「アリス様はどんな服装でしたか?!」
『あおいろのどれす』
『あるぅ~ひーもりの~なか』
『うさぎ!』
『うさぎおいかけてる』
『あんなところにリンゴの実』
『あ、水の実もある~』
『わ~あそびにいこ~』
アリスが青色のドレスで『森』に入ってウサギを追いかけていると伝えたいのだろうか。
三頭身の妖精たちは人間でいうところの3、4才児程度の知能しか持っていないから声が聞こえる者でも完全に意志疎通を図るのは難しい。ゆっくり朝食を楽しんでから第十八部隊の救出に向かおうと考えていたウィルだが、アリスに何か会ってからでは遅い。パンを2つ手に取ると、剣を何もない空間から取りだして腰に下げ、『森』へ向かった。