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ベルナルディーナの不文律  作者: 文乃 優
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第9話 素性の推理

- 誕生日の翌日。


 キアは、日頃礼拝をしている街の教会へ出かけることにした。自分が無事誕生したことを、節目として創造神マルグレットへ感謝する儀式のためだ。

そうは言っても厳格さのある儀式ではない。むしろ習慣と言った方がよいだろう。

 キアは良い機会だと思いヤナを誘った。


「教会? 行く行くー! でもその後は、王都で食べ歩きだよね」


 おそらくというか、間違いなく狙いは食べ歩きだろう。実に食いしん坊のヤナらしい。

 2人で話をしながら歩を進めると、いつの間にか教会へ着いていた。馴染みの司祭に早速挨拶をした。


「キア、今日はお供付ですかな?」

「はい司祭様。親友のヤナといいます」

「私はこの教会の司祭、オーガスターといいます」

「ヤナ=エーデルツヴィッカーです」

「おや・・・? 聞き覚えのある名前ですね」

「まさか!? ヤナはこの街に来てまだ1ヶ月ですよ、司祭様」

「これは失礼。きっと名前の空似ですね。ハハハ」


 しかし、なぜだろうか。キアも初めてヤナの名前を聞いた時、司祭と同じ印象を持ったのだ。


 礼拝堂へ入り、祭壇の前まで来てヤナがぐずり出した。こんなヤナを見るのは初めてだった。どうしたのだろうか。


「キア、やっぱりボクは外で待ってるよ。ゆっくりお祈りしてね」


 そそくさと教会の外に出てしまった。キアも時間をかけるつもりはなかった。

 祈りを済ませると、久々に訪れた教会の壁画を改めて眺めてみた。壁画は神話をモチーフに描かれている。教会内部を一周すれば、マルグレットの聖典を読まなくてもなんとなく神話が理解できてしまう優れものだ。

 この壁画には有名な逸話がある。実際にマルグレットを見た人物が描いたというのである。つまり想像ではなく、写実の壁画だというのだ。もちろんこれは逸話だ。だから真偽のほどはわからない。

 だがこれがキアの魔術に対する興味の原点だった。研究意欲を高めるためにも、少し詳しく見て行こうかと思った。だがヤナが待っている。長居はできない。

 礼拝堂の壁に近づき、一通り観て歩く。どれも馴染のレリーフだったが、改めて観るのは久しぶりだった。だが、キアは衝撃を受けていた。

 そう、壁画の創造神マルグレットの顔が、ヤナと瓜二つなのだ。ヤナをモデルにこの壁画を描いた、と言われてもなんの違和感も感じない。それほどまでに酷似している。銀の首飾りにブレスレット、指輪、アンクレット。装飾品までがそっくりだ。

 キアは聖堂の壁画の前で、驚愕と興奮のあまり小刻みに震えていた。偶然の一致だろうか? いや偶然にしても似すぎている。


 ここに一つの仮説が浮かんできた。ヤナはマルグレットの子孫なのではないか。そうだとすれば、人間離れした技術や人柄についても無理なく説明することができる。

 いや、よく考えろ。神話ではマルグレットが破壊神に封印された時、彼女は少女だった。子供が居たはずはない。そうなると姉妹、あるいは親類縁者の子孫か。

 だが聖典によれば、それもない。マルグレットは天涯孤独だった。だからこそ、動物たちを従えて「家族」と呼んでいたのだ。しかし、この奇妙な一致はどう説明したらよいのだろうか。


 そしてようやく思い出した。

「ヤナ=エーデルツヴィッカー」

 これは破壊神の名前ではないか。いや正確には違う。

聖典に伝えられている破壊神の名前は

「ヤーナ=エーデルツヴィッカー」

 である。


 創造神と破壊神の物語。あまりに基本的すぎて、完全に見落としていた。灯台下暗しとはこのことだ。ヤナの名前を聞いて、司祭様が自分と同じ反応をしたことにも納得ができる。

 しかしどういうことだ。破壊神の名前とそっくりで、創造神と瓜二つの外見を持つ娘。考えれば考えるほど混乱する。

 いやいや、自分はどうかしている。単に偶然が重なっただけだ。そもそもこれは神話。神様の物語だ。人間に当てはまるはずがない。


 ええぃ!

拳で頭を叩いて冷静になろうとする。ヤナが素性を明かさないこと、様々な技術の天才であること、状況証拠が一つの結論を指しているようにも思えた。

 教会の外へ出る。広場にヤナが居た。いつもは静寂が似合う広場がやけに騒がしい。


「こら、そんなにくっつくな。ボクは食べ物なんて持ってないんだよ」


 広場の中心で、ヤナが野良猫や野良犬たちに囲まれていた。100匹は下らないだろう。そして猫や犬だけではなく、鳩や烏、雀など鳥たちもヤナを中心に集合していた。ある種、異様な光景だった。


「あっ! キアー! お祈り終わったんだね」


 キアの姿を見て取ると、動物たちは広場から素早く散開していった。


「・・・ヤナ、今のは?」

「ボクね、昔から不思議と動物に好かれちゃうんだよね。体質なのかも」


 キアは強く自分の仮説が裏付けられたことを、確信したような気がした。

そう、創造神は動物を家族とした。だから彼女の周りには常に動物がいた。

伝説によれば、あらゆる動物が彼女を助けたという。やはりヤナは創造神? いやそれとも破壊神?混乱して頭がクラクラしていた。


「キア、顔色が悪いよ、大丈夫? 食べ歩きはまた後にしようか?」

「だ、大丈夫だ」


そうは言ったものの、足元が覚束なかった。研究の悩みから来る心労。日頃の見えないプレッシャー。そして壁画の衝撃と目の前の現実。感情と理性がぐちゃぐちゃに混じりあって、思考が焼き切れそうだった。

 キアは躓いた拍子にばったりともんどりうって倒れてしまった。意識が真っ暗な水面下にゆっくりと沈んでいくのがわかった。


「キアーっ!」


 瞼を閉じる直前に見えたのは、ヤナの泣きそうな顔だった。


* * *


 気が付くと、キアは自室のベッドに寝せられていた。額には氷嚢が乗せられ、枕元には花が活けられていた。心落ち着く蒼い花。なんという花だろうか。少なくとも王都の公園や花壇ではみたことがない。


「・・・そうか、俺、あのまま倒れちゃったのか」


 上半身をベッドから起こす。まだ頭がクラクラしていた。眩暈がする。熱もあるようだ。

 その時、部屋のドアが前触れもなく開いた。エプロン姿のヤナが、驚いた顔で立っていた。


「キア! まだ寝てなきゃダメだよ」


 そしてヤナは氷嚢を片付け、絞ったタオルをキアの額にそっと置いた。


「ヤナ。ゴメンな」

「今はとにかくゆっくり休むんだよ」

「ありがとう」


 ヤナはベッドの傍に椅子を持ってきて、座りながら頭を撫でてくれた。体からすべての疲労感や倦怠感が抜けていく。心地良い。そしてヤナが鼻歌を唄い始めた。まるで子守唄のようだ。遠く懐かしい思いに駆られ、思わず涙があふれる。


「いいんだよ。誰もキアを責めたりしない。だから自分で自分を責めたりしないで。キアはきっとできるよ。大丈夫。お父さん、お母さん、学院長も責めない。クラスメイトもわかってくれるよ」


 そう耳元で囁くヤナ。ああ、そうだ。自分は独りじゃない。こんなにも理解してくれる味方がいるじゃないか。

 そう言えば倒れる前、自分は何をしていたのだろう? そうだ、教会へ行ったのだった。とんでもない仮説を立てた。ヤナが創造神の生まれ変わり、子孫なんじゃないかと。

 目を開くとヤナの顔が近くにある。自然と見入ってしまう。見れば見るほどよく似ている。壁画に描かれたマルグレットに生き写しだ。緑色の澄んだ瞳。柔らかい金色の髪。白くきめ細かな肌。マルグレットそのままだ。


 万が一にもあり得ないが、もしもヤナがマルグレットだったら・・・自分は今、神様に看病してもらっていることになる。畏れ多いというか、何だか奇妙な気持ちなった。


「どうしたの? どこか苦しいの?」

「何でもない。ただ素直にヤナが綺麗だなって思ってた」


 ヤナが顔を真っ赤にして応える。


「褒めても何もでないよ。ご飯くらいは大盛りにしてあげるけどね」


 いつもの快活な笑顔で風のように笑う。


 ああ、そうだ。自分はおかしなことを考えていた。だって神様が看病してくれているなら、こんな病気は一瞬で治してくれるはずだ。それがどうだ。氷嚢にタオル。ベッドに寄り添って話し相手になってくれる。こんな人間臭いやり方を神様がするはずがない。

 自分の仮説が、馬鹿げた妄想だと思い知らされた。その途端、気が抜けて思わず笑ってしまった。


「キア。ちょっと元気になったみたいだね。安心したよ」

「あ、そうそう。キアが寝ている間、ボクが全部キアの面倒を見ていたんだよ」

「え? そうなの?」

「うん。お風呂に入れないから、ボクが服を脱がせて体拭いておいたからね。上から下まで全部綺麗にね」


 ヤナが悪戯っぽく笑った。


「・・・・」


 キアが真っ赤になって、布団を被って潜ってしまう。


「あはは、冗談だよ。体を拭いたのはボクじゃなくて、店長娘と店長がやったの」


「なんだよー!」


 思わず布団から首を出してヤナを睨む。


「でも、まだ完全じゃないから今日はちゃんと寝てること。ボクが夕方、ご飯作るから。それを食べればもう大丈夫」


 ニコニコしてキアに話しかける。


「じゃあ、お休みなさい」


 ヤナの掌が自分の目を塞ぐようにして置かれた。その途端、一瞬で意識を失ってしまった。まるで、強制的に眠らされたような感覚があった。

 再び目を覚ますと、部屋中に美味しい匂いが漂っていた。ドアの向こうからはヤナの鼻歌が聞こえる。

 窓の外を見るともう日が暮れていた。そうか、いつの間にこんなに長い時間寝てしまったのか。西の空の残光も消えようとしていた。夕飯の時間だ。

 ヨロヨロと立ち上がり、キッチンへ向かう。ヤナが元気に調理をしていた。見とれるほどの包丁捌きだ。炭窯もフル稼働している。


「キア、起きたんだ。もうちょっとで出来るから座っててね」


 キアは座ってそそくさと動き回るヤナを見ていた。いや、見惚れていた。これが神様のわけがないだろう。一体どこの世界に、庶民の厨房で働く神様が居るっていうんだ。確かに人間離れした技量ではあるけれど、どう見たってカワイイ普通の女の子だ。自分の考えの馬鹿さ加減に、思わず失笑してしまう。

 ふとここで一つ思い返したことがあった。両親からのプレッシャーやクラスメイトからの孤立、アカデミーでのこと。これは誰にも話したことがない悩みだった。まして学院長との関係など、秘密にしていたことだ。なぜヤナが知っていたのだろうか? わからない。もしかして意識を失っている間に

自分がうなされて呟いたのだろうか。


「はい、できたよー。一緒に食べよ」


 湯気立つ温かいスープに焼きたての香ばしいパン。肉料理に魚料理。豪華に盛られたサラダ。そして見たこともない新しいメニュー。これほどのご馳走を目の前にしたら、自分のちっぽけな勘違いなどどうでもよくなった。


「あら、もう始まってましたの?」


 ふいにキッチンに店長娘が現れた。


「玄関から声を掛けても反応がありませんでしたので、勝手に入らせていただきました」

「店長娘も一緒に食べよ」

「美味しそうですわね。キア様、ご一緒してもよろしいでしょうか?」

「もちろん」


 旨みたっぷりな濃厚な匂いに、我慢できなくなっていた。何よりも作った本人が一番我慢できていなかった。


 ヤナが堰を切ったように夕飯を貪る。キアも負けじとパンを屠る。


「まぁキア様、そんな食べ方してヤナと張り合う気ですか。勝てっこありませんよ」

「そんなこと言ったって、美味しいんだから仕方がないよ」


 キアは久々に団欒という雰囲気を味わった気がする。食事はやはりこうでなくては。

 ひとしきり食べ終わると、今回の顛末を店長娘が一通り説明してくれた。

自分が極度の疲労により、教会広場で倒れたこと。ヤナが大慌てで「猫の大食亭」まで知らせに来たこと。店長がキアを部屋まで運び、医者を呼んで診させたこと。5日間寝込んでいたこと。そしてその間、ヤナが付きっきりで看病していた事。


「はぁ、そうか。ボクは過労だったのか。ありがとうヤナ、店長娘」

「いえ、私は何も。ほとんどヤナが看病してましたから」

「もうキアは大丈夫。だから明日からは、猫の大食亭でお手伝いするよ」

「ヤナ。貴方が店に居なくて本当に大変でした。仕事が溜まってます。明日から期待してますよ」

「店長娘、任せて!」


 明日は週に一度の休息日。アカデミーも休みだ。図書館も閉まっているだろう。なんとかヤナと一緒に過ごす手立てを考えようとしたが、店長娘に先手を打たれてしまった。


「俺は明日、店に入り浸ることに決めた」

「キア様、何ですかそれは?」

「だって俺、病み上がりだろ。だから研究も肩の力を抜くために店のテーブルを借りてやることにする」

「普通、図書館でおやりになることですが、たまにはよろしいかもしれませんね。それにまだ目を離すと心配ですから」


 これでヤナを見ながら研究もでき、食事にも困らないという一石三鳥作戦である。我ながら素晴らしいアイディアである。


「騒いでお客さんに迷惑かけちゃダメ・・・だよ」


 ヤナがキアの頭を優しく撫でながら言う。


「俺は子供かよ!」


 皆で大笑いする。今日は気分よく眠れそうだ。今だけは魔術研究のことを忘れて、幸せな時間を噛みしめよう。


 だが翌日、「猫の大食亭」に大事件が起きることを

彼らは知る由もなかった。

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