第5話 おとぎ話
「そうか、その馬で王都まで戻って来たという訳か」
「はい。これが私の見た一部始終です」
ベンゲは右大臣にすべてを語り終え、ホッと安堵の表情を浮かべた。
「魔の力を操る姫とな。まるでおとぎ話のようだな」
「にわかには信じられないかと存じますが、これは事実でございます。詳しい話は・・・」
「思い当たる節がある」
右大臣が発言を遮った。
さぞ馬鹿にされるであろう、そして戦に負けた苦し紛れの言い訳にしか
聞こえないであろうと覚悟していた。だがベンゲは予想していなかった反応に目を見開いた。
「何と。それはいったいどういう・・・」
「お主も心当たりがあるはずだ。いや、大陸全土の国民ほとんどが知っているはずだ。創造神マルグレットと破壊神ヤーナの神話だ」
創造神と破壊神の神話。大陸では誰もが知っているおとぎ話である。創造神の教えの原点であり、信徒が最初に聞かされる馴染の深い話だ。
「マルグレットとヤーナ」
昔々あるところに料理上手で動物が大好きな娘がいました。名前はマルグレット。マルグレットの家には犬や猫、たくさんの仲間たちが毎日のように集まり、楽しい生活を送っていました。
仲間たちが、毎日ごちそうやきれいな服を持ってきてくれました。
おかげで食べ物にも着る物にも困りません。
マルグレットの家の隣には、ヤーナという貴族の娘が住んでいました。ヤーナはマルグレットが毎日仲間たちと楽しくご飯を食べている姿を見て、大いに嫉妬していました。
どうして自分には仲間がいないのだろう? 自分の方がこんなに美しくて高貴な身分なのに。
ある日、マルグレットはヤーナを自分の家に招きました。いつも孤独なヤーナと仲良くなりたいと思っていました。
一方ヤーナは、マルグレットの動物たちを自分の奴隷にしたいと思っていました。
ヤーナは言います。
「あなたたち、私の奴隷になりなさい」
動物たちは拒絶しました。
マルグレットは言いました。
「この子たちは奴隷ではありません。私の家族なのです。」
ヤーナは怒り狂いました。魔法を使ってマルグレットの家に大きな雷を落としました。
マルグレットの家は燃え、仲間の動物たちはみんな死んでしまいました。
マルグレットはかろうじて生き残りました。でもヤーナは、生きていたマルグレットの首を剣ではねてしまいました。
しかし不思議なことが起きました。動物たちに慕われていたマルグレットは神様に祝福され、生き返ったのです。
激怒したヤーナは、マルグレットにさらに大きい雷を落としました。マルグレットはヤーナの雷にフッと息をかけると、稲光は降って来た天の方向に戻って行きました。
驚いたヤーナは、国中の軍隊を使ってマルグレットを打ち滅ぼそうとしました。でもマルグレットは神の祝福のおかげで不死身でした。剣で斬っても殴っても、魔法で火をつけても死にませんでした。
それでもマルグレットはヤーナを許し続けました。どんなに攻められても、怒りや憎しみを抱きませんでした。いつの日かきっと仲良くなれることを信じて。
ヤーナは一案を思いつきます。そうだ、死なないなら封じ込めてしまおう。
彼女は
「もう喧嘩はやめて仲直りしよう」
と嘘をいいました。
マルグレットは笑顔で応えました。仲直りの印に食事をすることになりました。ヤーナはマルグレットに謝りました。動物たちを殺してしまったことを許してほしいと。マルグレットはすべて許しました。これで二人はすっかり仲良しになりました。
食事が終わると、マルグレットは急に眠り込んでしまいました。そうです、ヤーナは食事に眠くなる薬を入れたのです。ヤーナは、寝ているマルグレットを頑丈な棺に入れ、地下深くに埋めてしまいました。その上に祠を建て、強力な魔法で何重にも封印しました。マルグレットはもうこの世に現れることができませんでした。
でもすべてを見ていた神様は、怒ってヤーナの体を焼きました。ヤーナはあっという間に灰になってしまいました。灰になっても彼女の憎悪と嫉妬と傲慢の心は残りました。
ヤーナを恐れた人々は、教会を建てて祭壇を作りマルグレットを祀りました。彼女の祝福でヤーナの呪いを打ち払うためです。
それからです。不思議なことにこの教会の周りにはいつも動物たちが溢れ、
豊かに植物が繁茂し、食べ物に困らなくなりました。
この時からマルグレットは創造神として崇められ、ヤーナは破壊神として忌み嫌われるようになりました。
* * *
「確か、カサブランカ公の一人娘の死因は、通り魔に首をはねられたことによる、と聞いている。・・・お前の話では、神の祝福を受けて生き返ったのだったな」
「そんな馬鹿な。あの魔姫が創造神マルグレットとでもおっしゃりたいのですか? どう考えてもヤツは破壊神の方です!」
「そうだな、ベンゲ。儂もちょっと混乱しているのかもしれん。正直なところお前の話を聞いてもよくわからん。やはり神話は神話だ。今は神に祈っている場合ではない。
使者を斬り捨てられ、1万の軍を殲滅させられたとあっては黙ってはいられない。そしてお前の話が本当なら脅威だ。既に周辺国にも影響が出ているはず。公国以外へ斥候を放ち情報を集めよ。公国との国境へは第3師団を向かわせよ。ただし交戦は、身を守る以外に絶対にせぬように」
「はっ!」
ベンゲは力強く返事をすると深々と頭を下げた。
「ベンゲ、お前は休め。第3師団には他の者を当てる」
理由はどうあれ、ベンゲは第2師団を丸ごと失った大敗の将である。次に待っているのは軍法会議。良くて退役の上で懲役刑、悪ければその場で斬首だ。
命令違反に加え、8000の命を失わせ、さらに2000の兵を敵側に寝返らせたのだ。それくらいが当然の処置であろう。
「我が国に兵を遊ばせておく余力などない。降格は免れないが、お前も兵として後から第3師団に加わるがよい」
考えられないほどの寛大な処置だった。いや、太平な世だからこそ、戦争に対する責任や処分の感覚がまだ鈍いのかもしれない。
ベンゲは大佐から一気に少尉まで降格となった。
療養の後、国境付近に配置された第3師団の一兵として加わることとなった。
序章部分がなんとか形を成した感じですが、「そういえば主人公って誰なんだろう?」と感じた方は正しいです。主人公さん、実はまだ出てきていません。人物視点で進めているようで、イベントベースで進んでおります。ですので、主人公さんはもうちょっと後にご登場頂きます。




