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ベルナルディーナの不文律  作者: 文乃 優
44/48

第44話 強者集結

 ”余興”と言って不吉なイベントを提案したベルナルディーナが講堂を去ると、その場の空気は一気に緩んだ。だが、この世界が本当に彼の作った実験場であるなら、彼がどこに居ても状況は同じなのだが。


 本来なら残った謎や経緯を説明し、理解し合いたいとヤナは思った。キュアも同じ思いだったらしい。


「皆さん、どうか落ち着いて! もう一度座ってください」


と大声で場を制した。


 教師用の演台に、ヤーナとキュアが立ち、ベンゲ他の面々がまた各自席へ戻って行く。ベンゲとアルティだけは、恨みのこもった目でキュアを睨みつけていた。


「キュア…いや、ロキよ。転生を果たす前とはいえ、お前は人を殺し過ぎた。第二師団の連中といい、南の砦の兵士達といい、どれだけの命を奪ったか覚えているのか?」


「そうね。南の砦での地獄絵図は、おぼろげだけど記憶にあるわ。王宮に転移して来た時の衛兵の最後の顔もね…」


 アルティが黒縁眼鏡を冷静にカチャリと上げる。怒りが込められている。


「400年前、切り刻まれながら逝った私も、あなたの残忍さは忘れないわよ」


 発したのは”元リサ”のベルナルディーナだった。


「うん。皆、それも含めて全部説明するから…」


 ヤナが俯き加減で申し訳なさそうに言った。その態度は消え入りそうだった。明るく無邪気で優しいヤナにまた戻って欲しい。そう皆が腹の中で思っていた。全員が大人しく席に着いた。


「キュアに戻る前のロキが失わせた命は、全部ボクが取り戻して来たよ。南の砦の兵たちも、今頃は全員生き返っていると思う」


 講堂からどよめきが起こった。


「これまでの経緯だと、死者は復活できない。転生も偶然の要素が絡むので極めて難しい、という話しだったと記憶しているが…」


 サザ国王が威厳を取り戻したのか、背筋をピンと伸ばした姿勢で質問して来た。


 ヤナによれば、本物のロキ=カサブランカが死んで、キュアの2つの欠片が揃い破壊神ロキとなったところで、ロキがキュアであることに気が付いたそうだ。直ぐに大陸全土を覆う結界を張った。魂を留めるための結界だった。だからロキに殺された魂は消えず、思念とならずに済んでいた。ロキに殺された魂にだけマーキングを施し、今まで神聖帝国の教会内に留めていたという。


 ロキがキュアになった時点から、教会内の魂と設計図を合わせ、材料を揃え、殺された人間たちの再生作業を行っていたという。もちろん、ティアの協力なしにはできないことだったが、幸いティアにはヤナの知識がすべて継承されている。魔法陣(設計図)の扱い方と、肉体の材料さえ間違えなければ、殺された人間も蘇ることができる。これはつまり、400年前にヤナがエルフリーテやリサを創りだしたのと同じやり方である。


「それで…左腕が無いのね、母さん…」


 人間の材料は、人の肉体以外あり得ない。だから媒体が必要になる。材料のお手本になるようなものだ。ヤナは自分の左腕を材料のサンプルとして、設計図に組み込んだのだ。400年前、リサやエルフリーテを創りだした時は”魔術媒体”の中に、おそらく人体の一部が含まれていたに違いない。


「だったら、ヤナの腕も治せばいいだけじゃないのか? 魔法で…」


 キアが不思議そうな顔をして尋ねる。万能とも思える設計図の書き換え。イメージの力さえあれば、腕を生やす事は、そう難しいことではないと思えたからだ。


「今回は、ボクの腕の設計図ごと死んだ皆の設計図に組み込んじゃったから…無理なんだ。ボクは、左腕の設計図そのものが無い状態なんだ。書き換えはできても、新しく書き足すことはできないんだよ。できるとしたら、おそらく彼だけだよ」


「…ロキに殺された者達は、ヤナの腕を媒体にして、全員この世に戻って来られた訳か…蘇った者は正真正銘、創造神の御子という訳だな」


 ロキに最も悔しい思いをさせられたベンゲが、顎を弄りながらつぶやいた。


「ゴメンね。これで娘のやった事を、なかったことにしてくれ、なんて言えないよね」


「皆さん、本当に申し訳ありませんでした」


 キュアが壇上から降り、ベンゲの前で深々と頭を下げた。

 その目には涙が浮いていた。


「キュアさんよぉ。解せねぇな。欠片とはいえロキやマルグレットの中に居たんなら、どうしてお前さんが殺戮行為を止められなかった?」


 キュアは悲痛な面持ちで、ベンゲだけでなく全員へ向けて話しかけた。


 記憶の破片は3つ揃わないと意味がない。1つを持ったマルグレット、2つを持ったロキ、彼女らの中でキュアはその力を利用されるだけの存在だったらしい。自我もほとんどなく、殺戮を行なった時の記憶も断片的にしかない。今、3つ揃ったからこそ、自由に話ができる。本来の自我を保っていられるというのだ。付け加えるなら、キュアの破片という途轍もない力を持ってしまったのが、不幸にして1人目は怨嗟と嫉妬の塊であったマルグレットだった。そして2人目も、不運にも破壊神としてシストによって”悪意”を込められたロキの肉体であったことだ。偶然にもキュアの記憶の欠片の持ち主は、残虐的な人物が揃っていたのである。


「う、うむ。なんとなく状況はわかった。ただ規模大きさと時間の長さが凄すぎて、未だに追いついていってないところもあるが…な」


 サザ国王が皆の気持ちを代弁した。


「ヤナ、水道連盟の巨大魔法陣建設はどうすればいいんだ?」


 破壊神ロキという脅威がなくなった今、巨大魔法陣の工事は無駄になってしまう。キアは素早くギルドマスターとしての立場に戻っていた。


「魔法陣の工事はそのまま続けて」


「どうしてだ? 魔法を使えた方が便利…」


 そこまで言いかけたところで、キアは自分の浅はかな考えに気が付いて口を閉じた。


「あの魔法陣は、設計図の書き換えを封じることができる。もちろん魔術を人間が正しく使えるなら便利でいいと思うんだ。でもね、強すぎる力はまだ人間には扱えない。ううん、きちんと扱えるまでに人間の方が成長してないって思うんだ。だから魔術は封印しておいた方がいい。それに魔術はベルナルディーナの特権みたいなものだし、彼の機嫌を損ねないためにも、封じておいた方がいいと思うんだよ」


「わかった。工事は予定通り急がせる。任せてくれ!」


「ありがとう、キア。ボクは君に路上で拾ってもらったあの時から、お世話になりっぱなしだね、へへへ」


 はにかんだ笑顔を見せるヤナ。ようやく彼女の笑顔を少しだけ見ることができた。講堂の全員が少しほっとした。創造神などという立場など抜きにして、皆、純粋にヤナの事が好きなのだ。だからこそ、助けてあげたいと思う。だが実際にはヤナの方が、文字通りその身を削って、大陸の人間を助け続けてきたのだ。


 確かに間接的にではあるが、神代の時代を滅ぼす原因を作ったのは、ヤナ母娘である。しかし、今の社会を築き上げることができたのも、母娘のおかげである。キアたちは今に生きる人間だ。神代の時代の不幸には同情するが、彼らにとっては今のがすべてなのだ。



◇ ◇ ◇



 話しが長くなり、空が白んで来た。今日は月曜日。技術アカデミーの講堂では、朝から1限目の講義が行われる。生徒たちが集まって来てしまう。まずいと踏んだ学院長は、場所を王宮へ移すことを提案した。あそこならば、誰にも邪魔されず話ができる。


「あと1週間。さて、どうやって5人の強者を集めるか…」


 王宮に戻ったサザ国王以下、事情をすべて知ってしまった面々が、王宮の大会議室に集まっている。ここは普段、国賓をもてなし、国家間の重要な交渉を行う場所である。本来なら滅多なことでは入れない。ベンゲですら初めてだろう。猫の大食亭の面々は、王宮すら初めてなのだ。恐縮している。部屋の雰囲気にのまれて口数が少ない。


「ルールが人間同士の決闘と同じなら、各国の軍人から選抜すべきではないでしょうか」


 最も場の空気に慣れている右大臣アルバータが、積極的に発言する。外交役であり、経験豊かな知恵袋でもある彼にとって、この会議場は自分のテリトリーも同然である。


「だが、ここサザ王国こそエルマー大陸で最も強い軍事国家ですぞ。つまりはサザ王国軍から強い順に5名選抜することになるのでは?」


 左大臣が負けじと発言してくる。普段はおとなしい学者肌の補佐役でしかない。だが講堂で衝撃的な話を聞いてしまった直後だからだろうか、やけにテンションが高い。やる気に満ちた顔をしている。


「となると、ベンゲ含め、歴代の御前試合の優勝者5名ですな」


「あのー、私はダメなんでしょうか?」


 発言の主は教皇エルフリーテである。確かにリーテの能力は、接近戦であり肉弾戦である。素手でも武器を用いても、そのパワー、スピードともに桁外れである。


「彼女の力は、魔術と見做されないでしょうか?」


 エルフリーテ自身がヤナの魔術で生みだされた。そしてその能力も、普通の力とは違う。少なからず魔術が絡む。彼女の打撃は、純粋な物理的な力と見えるが、実は自動で設計図の書き換えを行なっている。そうでなければ、並の女性程度の筋力しかない彼女が、大地に大穴を開け、素手で建物を消し飛ばすようなパワーを持つ説明ができない。ベルナルディーナのルールからは外れる。参戦の資格はないと考えた方がいいだろう。


「俺は別として…先代の御前試合優勝者たちは、もう大体が引退してるぜ。大丈夫なのか?」


 ベンゲがここは自分の出番とばかりに、饒舌になり始めた。


「初代はもう亡くなってる。2代目は齢50を超えているし、剣を手放して久しいらしい。どこぞの山村で隠居生活してるそうだ。戦力にはならねぇ。3代目は唯一使えるヤツかもしれねぇな。王都で庶民相手に剣を教えているらしい。4代目は…こいつは論外だ」


「論外とは?」


「アイツの剣と格闘術が超一流だったのは認める。それも桁外れの強さだと言っていい。だがちょっと事情がな…」


 ベンゲが言いにくそうにしている。自分からは口にし難い何かがあるのだろう。それを見て、国王自らが直ぐにフォローした。


「余の暗殺を企てたのだ。御前試合で優勝した直後、褒美を取らせるまさにその場でな」


「傭兵上りの男だったが、アイツは確かに強かった。だが、正体は盗賊団の暗殺者だった。王を狙ったのは他国からの依頼だったようだ。単に金で動く男だ。討ち取れず逃がしてしまったが、いくら世界の危機だと言っても、アイツの協力は望めんだろう」


「その盗賊団の名前は?」


 ヤナがようやく口を開いた。無くなった左腕を気にする様子もなく、気丈に振る舞っているが、本当なら椅子に座っているのもやっとのはずだ。何しろ、数十万人分の設計図の書き換えと、魂の定着作業を徹夜でしていたのだから。


「赤の旅団…だったかな?」


「もしかして…ヤナ様」


 教皇エルフリーテとヤナが顔を見合わせる。ベルナルディーナもピンと来たようだ。


「400年前戦った暗殺一族、”赤の風”の盗賊名が『赤の旅団』でしたね」


「もしやあの裏聖典に出ていた”ライツ”という男の縁者が、残っていたということでしょうか?」


「うん、そうだと思う」


「もしも遺恨が残っているなら、ますます頼みにくいですな。400年前の遺恨など忘れて、金を積めば単純に動いてくれるでしょうか?」


 アルバータが自慢の髭をモサモサと揺らしながら話す。


「赤の風一族の中でも、ライツはマルグレット専属だったしね。一族の繋がりとかまでは、ボクもわからない」


「教会の情報網を使って、直ぐに調べさせましょう。ライツを殺したのは私です。もし遺恨が残っているなら私が犠牲になります」


 エルフリーテの顔が、教皇から400年前のリーテに戻っている。当時の激闘とライツの壮絶な最後を思えば、彼女の言い分もわかる。しかし、今リーテを失う訳にはいかない。


「赤の風、赤の旅団…全部知っております」


 そう言って会話に割り込んで来たのは、意外にも技術アカデミー学院長だった。


「さすがはサザきっての知識人。何でもご存じのようですな。ささ、聞かせて欲しい。彼らの事を」


 「赤の風」自体は、少し歴史学をかじった者であれば、聞く名前である。残虐非情な暗殺者集団で、類まれな優れた格闘術を編み出し、魔法陣にまで精通している。殺人に特化し、多くの軍隊から畏怖された一族である。これが歴史上での認識である。

 

 だが、これ以上を詳しく知る者は稀だ。暗殺一族なのだから、情報が少ないのは当たり前だが、それ以上に彼らが存在を誇示しないところに原因がある。実は隣の家の夫人が赤の風一族だった、ということもありえるのだ。


 さらに、”一族”とは言っても、単独行動が基本。静かに速やかに暗殺を遂げるためには、単独になることが多い。一族としての連携は、格闘術など技術的なつながりがあるだけで、基本はバラバラの個人商店のようなものだ。だから彼らの歴史を体系的に纏めることは困難なのだ。もし知ろうとして”本物”に当たってしまった場合、どんな被害に遭うかわからない。そんな危険なモノにまで知識を持っている学院長の底力が垣間見えた。


「赤の風一族。今はすべて普通のサザの国民です。普通に職に就き、生活を営んでおります。ま、極稀に金欲しさに暴走するハグレ者がいるようですがな」


 話しながら、チラリとベンゲと国王の方を見る。


「灯台下暗しとはこの事だな。木を隠すには森に、人を隠すには大都市の中という訳か。奴ら一族は定住せず、移動しながら暮らしているのかと思っておった。だから余も、暗殺を企てた者を追及せずに諦めておった。だが、よくよく考えれば太平の世で、要人の暗殺など滅多にあるものではない。奴らも生活の糧がなくなった、ということだな」


「その通りにございます。暗殺稼業と言っても、それは時代背景があればこそ。今の世は太平そのもの。血で血を洗うような権力闘争もなければ、大規模な謀略や戦争もありません。しかし彼らも生活の糧を得なければなりません。暗殺技術を平時で役立てようとすれば、せいぜい傭兵稼業が精一杯。彼らも普通の暮らしに溶け込んでいる、という訳ですな」


「時代に合わせて生きざるを得ない。人間、不自由なものですなぁ」


 世間話程度に軽い相槌を打つ左大臣。彼は歴史学の権威だ。立場的に面白くないところがあるのか、言葉に少し棘があるように皆が感じた。しかし、今はそんな小さな面子に拘っている場合ではない。


「彼らの格闘術、戦闘術、暗殺術、生存術…それらはすべて同じではありません。しかし、どれもレベルが高く、”秘中の秘”とされているものばかりです。おそらく、知識として纏めた書物があるとすれば、国を多数買えるだけの価値があります。個人商店の寄合いのような存在だけあって、彼らに連携や派閥という言葉はありません。おそらく御前試合で国王を狙ったのは、他国の貴族から金を貰った流れ者でしょうな。一族の流れ者程度でも、御前試合で優勝できるレベルなのです。その恐ろしさ、ご理解いただけると思います」


「それで、奴らはどうやって技術を融通し合っているのだ?」


「年に1度だけ会合があります。会合は1ヶ月にわたって開催されます。もちろん秘密裏に開催されますので、一般の者にはわかりません。そこでお互いに開発した技を交換し合ったり、伝承し合ったりするのです」


「奴らは何人ほど生き残っておるのだ?」


「数えられるだけで、サザ王国で100人ほどかと…」


「しかし…学院長殿、貴公はなぜそのような事までご存じなのか? もちろん勤勉の賜物であることは疑いようはない。だが今ご披露頂いたのは、普通の調査で知り得る範囲を超えてはいまいか?」


 左大臣が嫌味のように、鋭くも余計な話を振って来る。だが、確かに詳しすぎる。特に一族の人数などは、関係者かそれに近しい者でないと、わからないだろう。


「今は…大変な非常時です。正直に申し上げます。かつて妻が赤の一族でございました。妻はもう亡くなっておりますゆえ、恥を忍んで申し上げました…」


 一同にどよめきはあったが、世界を左右するとんでもない話を聞いてしまった後である。正直、学院長自身が赤の風一族と告白されたとしても、今さらという感がその場を支配したのは間違いないだろう。驚きの感覚が既に麻痺してしまっているのだ。


「しかし、学院長の話しから考えると国王暗殺の罪は、一族全体というよりも、その背後の依頼者に科せられるべきものですな。手先の実行犯だけを捕えても意味がない」


「アルバータ、今は罪の追求よりも奴らの力を借りねばならぬ。金で確実に動くというシンプルな信頼関係であれば、使いやすかろう。流れ者であっても、ベンゲに匹敵するレベルの格闘術を持つのだ。正当な一族の者であれば、これ以上はないであろう」


「ははっ。仰せのままに」


「して、学院長。赤の風に接触できるか? 世界がかかっているのだ。金は惜しまぬ。彼らの生活も保障しよう。今後王族の配下となるよう約束してくれれば、相応の待遇をするつもりだ」


「畏れながら、国王陛下。彼らは暗殺一族。汚れ者にございます。表立って召し抱える事などできませぬぞ」


「わかっておる。だから裏で召し抱えるのだ。というよりも、彼らの生活を保障してやるのだ。これだけでも大きいと思うのだが、いかがかな学院長殿?」


「彼らも今や、ただの庶民。己の技術を活かせる場所と機会があるのなら、喜びましょう。妻の姪が近くにおります。その者は赤の風一族の中でも、最も武芸に秀でております」


「ではその者との交渉を頼む。とにかく時間が惜しい。急いでくれ」


「かしこまりました。では少々失礼いたします。10秒ほどお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


 命を下した国王もアルバータも”10秒”という数字に度肝を抜かれた。どんなに学院長が優秀であっても、交渉時間が10秒とはこれいかに。


「バイオレット! 話しはすべて聞こえていただろう? 入りなさい」


 学院長が声を大にして、会議室の扉に向かって叫んだ。ゆっくりとドアが開いた。王宮メイドが1人立っていた。会議室へ飲食物を給仕する係の者である。無論、国王やアルバータは、メイドの一人ひとりなど覚えていない。だが、宮廷に仕える者は徹底した身辺調査が行われ、厳しい訓練に合格した特別な者である。大抵は貴族に近しい者や、裕福な庶民から奉公にあがることが多い。このメイド、バイオレットもその一人だろう。


「おぉ!思い出した。この者は学院長の血縁者ということで、我が許可した覚えがあるぞ。まさか…」


 左大臣が思わず口走ってしまったが、おそらくそうなのだろう。


「皆様、初めてまして。私が赤の風一族の中で、戦いに特化した技を持つ者。技術アカデミー学院長の姪にして、バイオレットと申します」


 メイドは流暢な挨拶を終えると、深々と一礼した。


「…なんと、まさかこのような近くに赤の一族がおったとは…」


 アルバータは愕然とした。暗殺一族がまさか宮廷内に潜んでいたとは。

 仮に貴族間の力関係が崩れ、各国のからの依頼があれば、王の寝首をかくことも容易な状況だったのだ。そんなアルバータの顔を見て、バイオレットは言う。


「右大臣様、ご心配には及びません。我々は初代サザ国王様に恩を受けたる身です。この国を作り上げる際、敵対勢力を排除する代わりに、国民としての権利を頂戴しております。恩義ある方々に対して、我が一族は裏切りません。御前試合の折に国王陛下を狙った者は、一族から出奔した無法者。私が既に処分してございます。遺体もありますが、証拠として残しております。直ぐにでもお持ちできます」


「い、いや…遺体はかまわん。それよりも、この国の建国にも赤の一族がかかわっておったのだな。余はまったく知らなんだ…」


「それは初代様が敢えてそうなさりましたゆえ。汚い闇の部分は、後世に伝えぬようにとのご遺言でしたので…」


「そうか。私は陰ながら守られていたのだな。済まなかったバイオレットとやら。余は初代国王の意思を引き継ぎ、今一度頭を下げて頼もう。サザ王国のため、そして全人類のため、力を貸してくれぬか?」


「すべては陛下のために。赤の一族であると同時に私はメイドでもございます。何なりとお申し付けください。命に代えても必ずご命令は遂行いたします」


 白いスカートの裾をちょっとつまんで、笑顔で頭を下げるバイオレット。大陸最強である赤の一族が味方になった。これ以上心強い味方は望めないだろう。



◇ ◇ ◇



「これで、ベンゲとバイオレットの2人は確定。王都で剣術道場をしておる3代目優勝者を入れると3人か…あと2名足らんな。他に誰かおらんのか?」


 ヤナもリーテも魔法戦ならともかく、魔法禁止ルールでの戦いには疎かった。またサザ王国の者も、自国が最強と信じて疑わずにいたため、他国の強者を知らなかった。


「あのー、火薬による攻撃もありなのでしょうか?」


 無言だったアルティがようやく口を開いた。策士の軍師がここまで黙る会議も珍しい。

「火薬は純粋に化学的な反応だから、魔法じゃないよ。設計図の書き換えが魔法の定義だからね」


 ヤナが答える。


「火薬が許されるなら、銃も大丈夫ですよね。私は銃で戦う強者を知っています。武器が剣に限定されないなら、お連れします」


「どういう者なのだ、アルティよ」


「私の銃を作ってくれた方です。名はギリウスと言います。元々は兵器ギルドで銃を製造されていたのですが、今では銃の扱い方へ興味が移ってしまいました。私が南の砦で火薬を使った作戦を立案できたのも、その方のおかげです。今、サザ王国の外れの森で、火薬の研究に明け暮れています」


「なるほど。火薬の達人とは考えなかった。ベルナルディーナも面喰うやもしれぬ。こういう変わった伏兵を入れておくのもよかろう。アルティ、説得を頼んだぞ」


「かしこまりました。直ぐ参ります」


 そそくさと席を立ち、王に一礼するとあっという間に会議室を出て行った。


「さてと…あと1名だな」


 教皇エルフリーテが我慢できずに立ち上がった。


「私の配下に1人心当たりがあります。お任せくださいませんか?」


「教皇殿、どのような者だ? 騎兵団か?」


「我らが教会には街を守護する兵がおります。月に一度、その練度を確かめる手段として、神に捧げる神前試合を行ってきました。その中で、ひときわ武に優れた者がおります。名をローレンシアと言います」


 ベンゲがガタリと椅子から急に立ち上がった。


「もしかして、”ソードブレイカー”のローレンシアか?!」


「ベンゲ殿、よくご存じで」


「俺も噂だけは聞いていた。もし神聖帝国と戦うことがあれば、教皇親衛隊の中で真に気を付けるべきは、ソードブレイカーだとな。しかし、実力のほどは見たことがない。本当に信頼できるほど強いのか?」


「5年前、公国連盟との小競り合いがありました。ローレンシア1人で、公国連盟の兵士1000名の剣をすべて叩き折って戦意を喪失させました。その逸話は御存じですか?」


「ああ。それで”ソードブレイカー”の通り名が付いたんだよな。しかも死者ゼロで追い返したんだろう? いくら公国連盟の兵士が寄せ集めとはいえ、1000人相手に手加減して勝ったんだよな。本当のなのか?」


「本当です。もしローレンシアがいなければ、今の神聖帝国はなかったでしょう」


「まぁまぁ、ベンゲよ。教皇殿がここまで仰るのだ。信頼に足る強さと見込んでよいだろう。心配なら、軽く手合せなどしても良いのだし、早くこの王宮に全員集めておかねばなるまい。仮に負けて我々が滅びるとしても、今のエルマー大陸から集められる強者に違いない。後悔なきよう我々は、全力で補佐するのみだな」



――― 5日後。サザ王宮。


 想定していた強者5人が揃った。既に顔見知りの者、そうでない者、様々だったが、お互いに自己紹介し、意外にも和やかムードで話は進んで行った。やはり共通の敵が居ると、人間は自然とまとまって行く生き物なのかもしれない。


・1人目「豪剣王」ベンゲ

 現在のサザ王国最強の剣士。2メートルを超す両手剣であるクレイモアを武器に戦う。クレイモアは本来、10キロを超える重量がある。そのため両手で扱うのが常識である。だがベンゲの真骨頂は、片手でも両手とほぼ同じく扱えることである。典型的な力で相手を断ち斬る剛剣である。


・2人目「速剣王」ソリダス

 3代目の御前試合優勝者。現在は王都で剣術道場を開き、日々厳しい鍛錬を重ねている剣の虫。ベンゲとは対照的に細身のシュヴァイツァー・サーベルという変わった刀を使う。技の切れは凄まじく、剣先の速度は音速を超える、とまで噂されているほどである。


・3人目「銃撃王」ギリウス

 元は兵器・武器職人だった。銃に興味を持ち過ぎたのが災いし、勝手に銃の改良や設計を行うようになって、ギルドをクビになった男である。今や彼が戦闘用に作製・改造した銃は100種類を超える。自身も銃の扱いに長けている。戦場で威力を試すためだけに、平和なエルマー大陸を離れ、戦乱のある別大陸で銃の性能試験と改良を重ねて来た。徹底した人物である。


・4人目「ソードブレイカー」ローレンシア

 生粋の神聖帝国人。教皇親衛隊の副隊長。戦いのスタイルは二刀流。左手にソードブレイカーと呼ばれる短剣の片刃が櫛状になった刀を持つ。櫛状の部分で敵の刀を引っ掛けて折るのが目的である。防御だけでなく攻撃にも使われる。右手にはスティレットという剣身の細い短剣を持つ。この短剣は、鎧の間をぬって刺突するのが目的だが、彼女の場合、斬ることもできる。敵兵1000人を単独で打ち払った武力の持ち主。


・5人目「赤の風」バイオレット

 技術アカデミー学院長の姪にして、サザ王宮のメイドもこなす、赤の風一族の中で”最高の武力”を誇る暗殺者。一族の歴史の中でも、3本の指に入る力を持つと言われ、一族の次代の(おさ)候補筆頭。武器は選ばず、刀剣、短剣、長柄、鈍器、弓まですべて使いこなし、素手の格闘術も得意とする。


 一同が揃うと、サザ国王はつぶやいた。


「この5名で世界制覇できそうな勢いだな…」


 此処に、時代の最高峰が集まっている。これだけでも奇跡的な状況だが、相手は世界の創造者。いわば万能の神だ。奇跡的な状況でも造りださなければ、勝つことはおろか、一太刀浴びせることも難しい。そう思うと、目の前のメンバーに気軽なねぎらいの言葉さえかけることができなかった。


 ベンゲとアルバータが経緯と状況を説明し、戦う相手について告げると、これだけの猛者でもため息を漏らした。


「なぁ、それって”神様の暇潰しに命懸けで付き合え”っていうことじゃねぇのかい?」

 

 銃撃王ことギリウスが短銃を磨きながら、遠慮なく本音を漏らした。


「そうだとしても、負ければ殲滅される」


 ソードブレイカーことローレンシアが冷徹に事実を言った。


「重荷を背負わせるわけではないが、ここに居るお主らが人類代表という訳だ。勝手な言い草かもしれぬが、全力で戦ってほしい」


 サザ国王が頭を垂れた。それを見て、教皇エルフリーテも慌てて頭を垂れた。両名ともこの大陸の要人のトップ。頭を下げることに大きな意味があるのだ。


「ま、俺は自分の銃の技と性能を試す良い機会だと思ってるぜ。何しろ相手は神様みたいな化け物なんだろう? 遠慮がいらない上に最強の銃ってことも証明できる。願ったり叶ったりだぜ」


「ふっ、頭がいかれてるな。だが自分の力を試したいって気持ちはよくわかる。俺も魔術とかいうの抜きにして、本当の力を全力でぶつけられる相手が欲しかったからな」


 ベンゲが両腕を組みながら実感を込めて言う。他の者も頷いている。多かれ少なかれ武を極め、練度の極みに達した者は、それを思う存分試したいと思う。ここに居る者は皆、同じ人種なのだ。


 しかし、メイド姿のバイオレットだけは違っていた。


「ならこの団体戦、私が大将、つまり5番手ね」


 一同がざわめく。場が一気に殺気立つ。集まっているメンバーがメンバーだけに、ただならぬ空気だ。強靭な胆力で幾度も修羅場を乗り切って来た国王でさえ、冷や汗が出た。


「どうしてお前が大将なんだ?」


「だってベンゲ、あなた今言ったでしょ? ”魔術とかいうの抜きにして”と。私は相手が魔法を使おうが使わなかろうが関係なく戦える。魔法を無効にする技も使える。魔法を利用して逆に相手を殺す技も知っている。万が一、相手がルールを破ったとしても私なら対等に戦える」


「…わ、わかった。魔術の恐ろしさは俺がよくわかっている。そしてお前さんの技術も裏聖典で読んで知っている。大将は保険的な意味も含めてバイオレットでいいだろう」


 一同も特段意見はないようだ。皆、押し黙ったままである。


「1番手は私にしてくれないか?」


 そう切り出したのは「速剣王」ソリダスである。


「理由は?」


「この試合、是が非でも勝たねばなりません。しかし相手はどのようなスタイルで戦うかもわからぬ未知の者。幸い私の戦闘スタイルは、スタンダードな剣技です。相手の力量を計り、隠し持っている技を引き出すには適役と思いますが、いかがかな?」


「お主は自分を犠牲にして…」


「いや、当然負ける気などありませんよ。勝つつもりでいます。私が勝ったら、残念ながら皆さんの出番はなくなってしまいますが…ね」


 不敵な笑みを浮かべる。ソリダスも当然勝ちに行くつもりなのだ。


「じゃあ2番手は俺だ。1番目の剣技戦で目が慣れたところへ銃撃戦をかませば、敵のリズムも崩れるぜ。理由はそれで十分だろう。ま、本音は早目にやっとかねぇと、せっかくの(まと)がなくなっちまうかもしれねぇからな」


「…うむ、いいだろう」


 サザ国王が代表して応える。


「3番手は俺だな。銃撃戦の後に正統派の剣技で勝負する。こういうリズムならアイツも少しは困惑するだろう。それに3番手は1戦目で得た情報もあるから有利だ」


 一同からの反応はない。特に異論はないようだった。


「よし、これで決まったな。1番手は「速剣王」ソリダス、2番手は「銃撃王」ギリウス、3番手は「豪剣王」ベンゲ、4番手は「ソードブレイカー」ローレンシア、5番手は「赤の風」バイオレット。皆、頼む!」


「お任せください!」


 国王からの力強い一言があったが、応えたのはベンゲだけだった。


「確かに力は凄いが…こ、この連携で勝てるのか…?」


 ”軍隊”という単位でしか戦いを考えた事のない王は、不安を呟いた。

 団体戦と言っても、今回は個人の戦いだ。即席の連携やチームワークは、逆に足を引っ張るだけだろう。連携しなくとも達人同士、戦いの情報を得るのも超一流。素人がどうこういう場面ではない。心配はいらない、とベンゲが国王に耳打ちしていた。


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