第30話 水道連盟
リーテが重々しく口を開く。彼女が教皇の立場から話をすると、いやが上にも場の緊張感が高まる。
「確かにマルグレットの件は大問題です。ですが先ほどヤーナ様……じゃなかった、ヤナ様がおっしゃったように、今の我々が行っても太刀打ちできません」
「じゃあどうすればいいんだろう? このままだときっと良くないことが起きるという話だし」
「ええ、マルグレットのことです。何をやって来るか予想もつきません」
「ベンゲって人の話だと、今は公国連盟って処に居るんだって」
「誘い出して封印する、あるいは騙し討ちにする。汚い手で申し訳ありませんが、彼女相手に手段を選んでいる余裕はありません」
「リサ……じゃなかったベルナルディーナは、やっぱり今も過激だなぁ。でも何をするにしても相当な量の魔力が必要だよね。それに失敗したら、彼女は怒ってきっとこの大陸の人間全部を殺して回ると思う」
「うーん…どうしたらいいのか」
一同、腕組をして唸るばかりだった。力の差は歴然だ。圧倒的に相手が上である。例えて言うなら、成人男子と赤子が腕相撲するような勝負だ。どんなテクニックや小細工を弄しても、根本的に力負けしているのだ。逆立ちしても勝てる道理がない。
「でも教皇様…じゃなかった…えっと、リ、リーテさんの戦闘能力を使えば、それなりに良い作戦が立てられるんじゃないか?」
なぜかリーテが、自分の名前を呼ばれたところで、真っ赤になって俯いている。キアも会話にさりげなく名前を織り込んだつもりだったが、やはり意識してしまう。だがリーテは直ぐに教皇の顔に戻って言った。
「確かに私の力を使えば、瞬間的には互角に戦えるかもしれません。でもヤナ様からの魔力供給も少ないんです。おそらく持って数十秒。全盛期の半分以下の力しか出せないでしょう。力を出し切ったら、魔力切れを起こして動けなくなってしまうと思いますし…」
「そうなのか。うーん。どうしたらいいんだろうなぁ。このまま放置しておけば、きっとこの王都に影響が及ぶのも時間の問題だろうしなぁ」
全員が行き詰まり感を感じて下を向く。リーテの話から推察するに、マルグレットの力は世界を転覆させるに十分な脅威だ。一同が暗い雰囲気になってしまうのは無理もない。
「私に策があります」
リーテが自身たっぷりに言い切る。
「どんな策なの?」
「消魔の魔法陣を使います。そう、昔彼女がやった事を、今度は私たちがやるんです」
「でも彼女は狡猾で計画的、そして何よりも用心深いんだよ。当然ボクたちが魔法陣で罠を仕掛けてくるなんて思いついてるよね」
「ええ、だから大陸全土に陣を展開するんです」
「……まさかリーテ、君は」
「そうです。大陸に大きな魔方陣を描くんです」
「でも魔法陣は少しでも崩れるとダメなんですよね? そんな繊細な物が大陸全土に描かれるなんて、たとえ成功しても1秒も持たない気がするなぁ」
「ボクもそう思った。でもリーテには何か考えがあるみたいだよ」
「ええ。魔法陣は脆い。しかも巨大になればなるほど。だから簡単には壊れない魔法陣を考えました。今、この大陸には千ほどの創造神の教会があります。この400年間で広まった信仰のおかげで……。これらの教会を魔法陣の各ポイントに見立てます」
「もしかして…」
「はい。400年かけて建造してきた各地の教会を結べば、大陸全土が一つの大きな消魔の術式に覆われることになります。魔法陣に足りない教会はあと1つ…それもあと1ヶ月以内には、完成するでしょう」
「リーテはそれを400年前から考えていたの?」
「はい。そうすれば悪意の魔法はすべて無力化できますし、何より魔法自体が抑制できます。この世界の思念濃度が高まったとしても、ヤナ様のお手を煩わせることもありません」
「でも教会同士を何で結べばいいのかな?」
「蒸気機関が今やこのサザ王国を中心として、各地で発展しようとしています。ですがそれは職人の工房やギルドだけです。これを各教会でも動力として利用できるようにします。そのために、教会同士を蒸気の管で結ぶのです。もちろん管は地中に埋めますから、そうやすやすとは壊せませんよね。これで教会も動力を得て工房としての役割も果たせますし、その周りの民は蒸気機関によって新しい職にも就ける。産業も発展して同時にマルグレットの魔法も封印できます。これを教皇の名において強制執行させます」
「……すごい、リーテ。相変わらずのアイディアマンだね。夜間治療の事といい」
ヤナが400年前の話を、事もなげに言う。だがここにいる全員が、既にその時代の彼女たちを知っている。だから”夜間治療”の話も違和感がなかった。
「でもそれだけの大工事、エルマー大陸全土の土木ギルドを総動員しても、10年以上かかりそうだけど……」
「さすがキアさん。そうです、この計画のネックは時間なのです。10年近くマルグレットを黙らせておく必要があるんです。実行には多くの工事用の人工を集めないといけません。目下の問題は、それを何処からどうやって捻出するかなのですが……」
またまた一同、腕組をして下を向いて唸ってしまった。こればかりは、あまりにスケールの大きい話で、一市民がどうこうできるものではない。ましてや大陸を挙げての大工事となれば、貴族の領分すら超えている。国王を動かすレベルの話になる。いや、万が一サザ国王を動かすことができても、他国の王が動いてくれる保証はない。さらに問題は10年という時間だ。それだけあれば、マルグレットは大陸全土を支配してしまうだろう。
「……そうだ、水道連盟があった」
キアはひらめきを隠せない得意げな顔になっていた。
「水道連盟? なんでしょうか、それは」
「水道連盟は、この大陸の水道に関わるギルドすべての寄合いみたいなものです。連盟主催で、来月から老朽化した大陸全土の水道を全部造り替える工事が開始されます。この水道連盟の盟主は、俺の親父なんですよ。聞いた話だと、今まで水道設備が無かった大陸全土の教会から工事が始まるということです。確か計画では、1年でまず全教会を結ぶって言ってた覚えがある」
リーテを始めとして皆がキアへ注目した。水道はエルマー大陸で唯一、国を超えたインフラである。主に石造りの頑丈な水路となるが、建造や改築には多くの鉄器が必要となる。そこで鍛冶ギルドの出番となるのだ。
水道連盟は、水道ギルド、鍛冶ギルド、蒸気機関ギルド、土木ギルド、建築ギルド、という最も勢力の強い各地のギルドの持ち回りで盟主が決められる。今回の工事計画担当は鍛冶ギルド、つまり大陸で一番大きな、サザ王国鍛冶ギルドの頭であるキアの父が選抜されたという訳だ。
「本当ですか!? ならばキアさんの父上にこの話をすれば…」
「ああ、間違いなく魔法陣は完成する。1年以内にね」
「じゃあ、1年間だけマルグレットの企みを防ぐことができれば……」
「そう、彼女はタダの人間になる」
「でもこの計画は秘密裏に進めなければなりません。もし少しでも彼女が察したら、公国連盟の軍隊を以って水道を破壊しにくるでしょう」
「でも職人さんたちにこの計画を話さないと」
「じゃあ早速親父に伝えて来るよ。もちろん秘密裏に進めるために、工事の段取りだけを変えてもらう。魔方陣の描く方向に工事を優先してくれって、願い出ることになるけど…」
「キア様は父上と今、技術アカデミーの件で仲たがいされてますし、鍛冶ギルドの跡継ぎとして魔術研究のこともかなり心象悪いですし…頼んでみても動いてくれるかどうか」
「ベルナルディーナ、そこでリーテ…教皇様の出番ってのはどうだろう?」
確かに”教皇の名において”と懇願すれば、おそらく水道連盟は総出で動いてくれるだろう。だがそれでは駄目だ。話が大袈裟になり、全国の水道ギルドから情報が漏れてしまう。マルグレットに少しでも気付かれたら、リーテの計画自体が成り立たなくなるのだ。
「それほど大規模な工事でしたら、きっと何年も前から練られた計画でしょうし、ギルドとしても計画変更は難しいと思います。まして理由も話せない計画変更の依頼なんて、聞く耳すら持ってもらえないじゃないでしょうか。もちろん普通にお願いしたら、ですけど」
「どうしましょう。普通に依頼してもダメ、教皇の名を使ってもダメ…」
「うーん、あの頭の古臭い頑固親父さえ口説き落とせれば、なんとかなるかもしれないんだけどなぁ」
「キア様、ここは一つ正面からお願いしてみてはいかがでしょう?」
「いや、きっとダメだろう。まず親父が俺の事を一人前と認めてくれてないし……でもまずは素直に当たってみるか。ダメなのは分かりきっているけど」
「坊ちゃん、頑張って下せえ。旦那様の頑固なところは、あっしもよく存じ上げておりやす。あの御方は、一度決めたらテコでも動きませんからねぇ」
「…キア、頑張って」
「キア様、ファイト!」
「キアさん、応援しています」
「坊ちゃん、美女三人に応援されちゃったら、もうやるっきゃないでしょう」
「お、おう」
キアは茶化されたことも忘れ、事の重大さを痛感していた。もはや魔術研究などと自分の好奇心を優先している場合ではない。役目は、大陸全土の行く末にかかわる話だ。自分の言動一つで世界が変わる。
責任の重さと同時に漲ってくるやる気も感じていた。どうやら自分は、他人から期待されると生き甲斐を感じてしまう人種らしい。
「と、決まったところで、明日の仕込みを開始するぞー」
「ハイ!」
とヤナとベルナルディーナが返事をしていた。
リーテだけがモジモジしていた。
「あの、私は何をすればよろしいんでしょうか?」
「リーテは店のユニフォームに着替えて、オーダーを取る練習からかしらね」
「……店のユニフォームって」
「既にリーテ用に仕立てたメイド服がありますから、心配無用ですよ」
「リサ、じゃなかったベルナルディーナぁ~ やっぱり私も着なきゃだめ?」
「ダメに決まっています! 店の決まりですから」
ヤナとコック達は厨房に入り、いそいそと明日の仕込みにかかった。明日のメニューに使う食材は、既に大きな寸胴に入って煮込が始まっている。これを朝までに出汁に仕上げるのだ。街の職人たちの仕事に合わせ、朝食メニューも提供している猫の大食亭である。朝は早いのだ。
厨房で忙しく動くヤナと店長たちを尻目に、キアは厨房奥の小部屋に戻っていた。テーブルの上に散らかった研究書類をカバンに詰め、あれこれ考えを巡らせていた。本来なら魔術についていろいろヤナに聞いてみたいところだ。だが今はそれどころではない。自分は魔術を研究する側ではなく、その中心ともいえる人物たちから、一心に期待される存在となってしまったのだ。
そして最大の難問は自分の父親だ。父親にヤナ達の話をせず、水道連盟の計画変更を依頼する…どう考えても不可能だ。それでなくとも、今まで家の仕事から目を逸らし、避けて来たのだ。父から見れば、中途半端な出来損ないの子供の、訳のわからないワガママにしか聞こえないだろう。
ふと廊下に目をやると、部屋の入口に白くて長い脚が見えた。美脚だ。こんな長い脚の女性がうちの店に居ただろうか? そう思って上半身へ目をやると、銀髪赤目の女性、リーテだった。店のメイド服を着ている。だが、身長の高さからか完全に超ミニスカートになっている。
「あ、あ、あのぉ……お店のユニフォームってこれでいんでしょうか?」
キアはこの世で一番美しいものがあるとすれば、これだと思った。心の底からそう思った。誰でも見惚れてしまう。頭がぼんやりとして顔が惚けて行くのが、自分でもわかった。
だがこれがあの教皇様だと思い返した途端、身が引き締まり現実の世界に返ってくることができた。
「そっ、そ、そうです、それが店の制服です」
「キアさん、でもこの服短くないですか? スカートの丈が膝上というか、股下から測った方が早いのですが。やっぱり私の背が高いからでしょうか…」
そう言って恥じらいながら俯く姿に、キアは教皇の威厳よりも、堪らない愛しさを感じている自分に気が付いていた。
「え、あ、そっ、その……うちの制服って他所より丈を短くしてます。動きやすさを考えて。これもヤナの提案なんですけどね。ああ、でも大丈夫です。本当は下にレギンスをはくんです」
「なるほど、そうだったんですね。私ったら昔からおっちょこちょいなもので…」
「……でも本当に綺麗だ」
キアは途端に惚け顔になっていた。ヤナにいつも感じるのとは違った感情だ。ヤナは何処となく優しくて母性溢れる明るさを感じる。どちらかというと郷愁のようなものに近い。でもなぜだろうか? リーテを見ていると心臓がどこかへ行ってしまうような感じがする。まるで雲の上を歩いているような、フワフワとした気持ちになるのだ。
「えっ?! なんですかキアさん?」
「あっ、いや、何でもないです。 レギンスつけて来てください」
リーテはレギンスをつけてから、厨房へ入り、ベルナルディーナとオーダーを取る流れや接客のやり方などを熱心に練習していた。
「……カワイイな、リーテさん」
思わず声に出してぼそりと呟いていた。
「ほうほう。お年頃のキア君は、リーテちゃんが大のお気に入りっと。メモしておかなきゃね」
「だぁぁぁーっ! ヤナ、いつの間に。それにメモ取らなくていいから」
「いやいや~、隠さなくってもいいんだよぉ。ボクも応援してるから、ニシシシ」
表情が完全に小悪魔モードだった。ヤナの一番の悪癖はいたずらが大好きなところだ。
「はぁ、ヤナ……でも俺、どうしたらいいのかな?」
「お父さんとの事?」
「こればっかりは自分で解決するしかないよな。でもあの頑固野郎に頭を下げるなんて憂鬱だ…」
ヤナがぐっと近づいて来て、耳元で声を低くして言う。
「お父さんにお説教されても、リーテの膝枕で慰めて貰えるから大丈夫だよ。ちゃんとお店の制服で枕してもらうようにリーテに言っておくからさ。ねっ?」
キアはリーテに膝枕をされている姿を想像して、顔が真っ赤になっていた。耳どころか首筋まで赤くなっていた。いつもなら照れ隠しの代わりに大声で怒るところだ。
「…っ… うん、ヤナ…あの、その、頼む」
今度はヤナが呆れる番だった。
「ありゃー キア君、本気だったんだね」
「う、あ…」
キアが思わず後ずさる。自分は何を言ってるのだ。相手はあの教皇のエルフリーテだ。本来ならば、近づくことさえも畏れ多い存在なのだ。
「ボクとリーテがつながっているのは知ってるよね。つまりね、今の話はぜーんぶリーテに共有されちゃったよ?」
ガチャーン。
ホールで食器の割れる音がした。誰かが食器を床に落としたのだろう。直ぐに犯人はわかった。
「リーテ! どうしたんです? 顔が真っ赤ですよ。熱でもあるんですか? 体調不良なら先に言っておいてください」
ベルナルディーナの声が聞こえてきた。
「い、いえ! 大丈夫です。ただちょっと…」
「ありゃー これはこれは…」
再びヤナが小悪魔顔になり、キアの脇を肘で突いた。
「うん、ボクは当然応援するよ」
「応援って、おいっ!」
「アハハ、ナイショナイショ~、ナイショの話ぃ」
(ヤナの悪戯心に火をつけてしまったみたいだけど仕方ないよなぁ。
だけど問題はやっぱり親父だよ。仕方ない、明日実家に帰ってみるか)
完全にほのぼの恋愛展開になってます。当初は、もっとシリアスなシーンになるはずで、こういう展開はまったく考えていませんでした。作者でもキャラクターを制御できないほど生き生きと主張してくれるようになった…と前向きに考えることにします。うーん、難しいですね。




