第25話 闇心の勝利
- リュシー達が話し合いをしていたその頃。転移したヤーナとマルグレット。
そこは教会の礼拝堂内だった。誰も居ない。朝の冷え冷えとした空気が満ち、静寂に包まれている。心なしか厳かな雰囲気だ。ヤーナは自分が転移させられたことに直ぐ気が付いた。
隣を見るとマルグレットがいた。マルグレットは俯いたまま、肩をわなわなと震わせていた。
「ククク、ハハハハハ、アーハハハハハハハハハハっーーーー!」
天井を仰いで高らかに笑う。これまで我慢してため込んで来た感情が、一気に爆発していた。
「マルグレット?・・・何がおかしいの?」
「この時をずっと待っていたよ。これからお前には死ぬよりも辛い地獄を永遠に味あわせてやる」
「・・・そんな。ボクは君と仲良くしたかっただけなのに。どうして?」
「フハハハ! 私はお前となんかと仲良くなりたくないね」
気品あるマルグレットが、性悪で憎悪に満ちた悪女の顔に変化していた。言葉遣いまで違っている。
「お前は気に入らないないんだよ。私の地位も名誉もすべて奪いやがって! しかも私の奴隷にならないと来たもんだ。ハッ! この私に逆らう者はすべて殺す。ロキシア家はこれまでもずっとそうやってのし上がって来たのさ」
「うん。それでもいいよ。殺されるわけにはいかないけど、ボクはマルグレットと友達になりたいよ」
ヤーナの両目からは泪が溢れていた。
「ふっ、ふざけるな! 下からお願いしてくるようで、上から目線の奴が大嫌いなんだ。どうせ心の中では憐れな人間だと蔑んでいるんだろ? 人間界に落とされた創造神様よ!」
ヤーナがその言葉を聞いてドキリとする。項垂れたまま動かない。
「なんだ・・・ボクの事、知ってたんだ」
「ああ、そうだよ。だから余計に気に入らなかったんだよ。神様が人間になりすまして上から目線でいびるなんてな。全部お前の掌の上だ。お前の思うがままだ。さぞ気分がよかっただろうな」
「そんな・・・ボクはただ・・・」
「気に入らないね。弱い者いじめするのが神様なのか? 人間の幸せを奪うのが神様のすることなのか?」
マルグレットが思い切り毒づく。
「ボクは自分の周りの人に幸せになって欲しかっただけだよ! 平和に生きて欲しかっただけだよ」
マルグレットがヤーナの顔すれすれに顔を近づけて言う。既に表情は狂気だ。
「違うね。そう思わせながらお前は人間を弄んでいたんだよ。私はお前が来なければ幸せだったんだ。アカデミーのエリートで人生送れたはずなんだよ! お前のせいで不幸になったんだ。だからねぇ神様・・・もう二度と人間に干渉しないで。運命を弄んだりしないで」
ヤーナは絶望していた。神の不文律。個人に干渉してはならない。これを守らなかったが故に起きてしまった不幸。すべては自分が招いたことだったのだ。
「私だけ不幸になるのは不公平だよねぇ?」
ヒューッとマルグレットは口笛を吹いた。するとローブを被った男達が10名ほど現れた。大きな十字架を背負っている。3メートルほどはあるだろうか。その十字架には人が縛り付けられていた。リサだ。意識を失っているようだった。
「リサ!」
慌てて駆け寄ろうとするヤーナ。しかし足がピクリとも動かないことに気が付いた。
「瞬移」
ヤーナには変化がなかった。
「無駄よ。教会全体に消魔の術式、そして堅核の術式。いくらお前が神様でも手も足も出ないはず。ミスリル銀で作った魔法陣に、10万人以上の魔力が込められているからねぇ。安心なさい。まだリサには何もしていないから。フフっ」
マルグレットは悪魔的な笑みを浮かべる。彼女に変化が起きていた。眼が真っ黒に染まっていた。漆黒の瞳だ。
「どうして・・・どうしてこんな酷いことするの!」
ヤーナは心の底から叫んだ。魂の叫びに近い。両親が惨殺された時のことが頭をよぎった。どうして人間はこうも惨いことをするのか。一方では、あんなにも愛らしく温かい心があるというのに。
「この教会にこんなに大きくて強力な罠を張れた理由を教えましょうか。昔あなたが大暴れしたせいで貴族の城が壊れたでしょ? そう、その貴族の持ち物なのよ、この教会は。貴族は喜んで私に協力してくれたわ。つまり今の状況は、すべてお前自身が招いたことなのよ。堕落した神様は本当に酷い存在よね。アハハハハハハハ」
憎憎しい顔で誇らしげに笑う。これ以上ないと思えるくらい悪に満ちた顔だった。
「そんな・・・じゃあ全部ボクが悪いの?」
ヤーナが頭を抱えてしゃがみ込む。
「ヤ、、、ヤーナ様。貴方は何も悪くない。悪いのは人の中の悪い心なのです」
リサの声だった。十字架に磔にされながらも弱々しい声ではなかった。意思のこもった強い声だった。
「リサ! よかった! 今、助けてあげるからね」
「ハハハ。自分の立場をわきまえろよ。お前には何もできないんだよ、神様」
ヤーナの両目が碧色に輝いた。すると一歩、また一歩と足を進めることができていた。
「神の力は魔法、つまり人の思念をも上回るということね。じゃあ仕方がないわね。こちらも力を使わせてもらうことにするわ」
そういうとマルグレットは素早く教会の床面に手を着き、唱えた。
「闇縛」
床面全体が黒に染まった。再びヤーナの足は動かせなくなっていた。
「これは闇属性の力・・・君はまさか?」
「そう、闇の一族オータスの力だよ」
「オータスは太古の昔に封印されたはず。もう存在も残っていないはずなのに」
「思念さ。存在はなくても彼らの思念は残っていた。だから取り込んでやったの」
「それがどんなに危険なことかわかっているの? 彼らに精神を乗っ取られたら、マルグレットはもうマルグレットじゃなくなっちゃうんだよ?」
「お前を葬れるならそれも厭わない。それに神さえ封じる力を得た。その点だけはお前に感謝しているよ」
ヤーナが力を込めて歩を進めようとする。
「闇属性の力には神の力でも対抗できないはずよ。数千年もかけて練り上げられた恨みの思念だもの。
たかが500年程度の神が諍えるはずもない」
リサの十字架がヤーナの目の前に立てられた。男達が一斉にそのローブを脱ぎ捨てる。全員、銀色に輝く鎧を身に着けていた。
その中の一人が前に出る。
「これで我が使命は完遂だな」
聞き覚えのある声だった。ライツであった。
「よくやったわ。魔道騎士団長」
ライツ以下、騎士10名は全員ミスリル銀の武具防具で固めていた。
「ボクはどうなってもいい。どうかリサだけは助けて」
ヤーナは、マルグレットにすがりつくようにして頭を下げた。
「はははは、土下座だよ。泣きながら土下座しなよ」
アカデミー講堂での土下座事件。そのお返しとばかりにヤーナの頭を踏みつけた。
「ヤーナ様! やめてください! 私の身はどうなろうと構いません。どうかご自身の誇りを守ってください」
リサが必死に叫ぶ。
「これからがお楽しみの時間よ。ヤーナ、あなたは殺さないから安心して。目の前で家族が生きたまま切り刻まれるのは、死ぬより楽しいことになりそうよねぇ?」
ヒュン。高い風切り音。ライツの剣が鋭く鳴った。その剣は、リサの右足を膝下から切り落としていた。激しく出血し、たちまち辺りが血の匂いで満たされた。リサが激痛のあまり絶叫する。
「やめて! やめてよ! お願いだからやめて!」
ヤーナが涙目でマルグレットにすがりついた。
「おっと、やり過ぎたか。なるべく痛みを与えてゆっくり殺さないとな」
ライツがリサの右足を押さえ、きつく布を巻いて止血した。
「ライツ、指を一本ずつ切り落としなさい」
ヒュッ。剣が空を切り裂くとリサの右手小指が無くなっていた。
「っく」
リサが痛みで顔を歪める。
「さぁ、どこまで正気を保てるかしら? あ、大丈夫よ。気を失わないように意識だけはしっかり保てる魔法をかけておいたから。死ぬまで激痛を味わえるわよ、リサちゃん。羨ましいわね~」
ケタケタと邪悪な笑みでヤーナを挑発する。
10分後。リサの両手の指はすべて無くなっていた。額には脂汗がびっしりと浮かんでいる。それにもかかわらずリサは声も上げずに耐えていた。
「あーら、我慢強いわね。面白くなーい」
「マルグレット! お願いだからボクの命で許して!」
「やーだ。許さなーい。アハハハっ」
無邪気に笑うマルグレット。
「ヤーナ様。リサは幸せでした。どうか生きてください。そして多くの人を幸せにしてください。できれば・・・たまにはリサの小言も思い出してください・・・ね」
リサの眼には涙が浮いていた。痛みのせいもあるが、それだけではないだろう。
「リサっ! そんな事言わないで!」
ヤーナが必死で前へ出ようとする。しかし相変わらず足はピクリとも動かない。
「面白くなってきたわね。ライツ」
ヒュン。剣が鳴る度にリサの体が傷つけられていく。ヤーナはあらん限りの声を出して泣き叫び懇願した。そんなヤーナを心配させまいとリサは平静を装った。
ついにリサの両手足が無くなった。出血は僅かだ。マルグレットが止血の魔法をかけているからだ。だが傷が治っている訳ではない。当然痛みはそのまま残る。
「さぁ、お楽しみの内臓タイムかしらね」
残虐な笑みを浮かべながら、マルグレットが剣を取った。
剣先をリサの腹に当てると、ゆっくりとゆっくりと突き刺していった。さすがのリサも激痛のあまり絶叫した。ヤーナはそれを泣きながら見ているしかなかった。
剣はさらに時間をかけてリサの背中まで抜いていた。そこからはライツの仕事だった。剣で開いた腹の穴をナイフで広げた。さながら外科手術のようだった。
リサはまだ意識を保っていた。もう涙すら出なくなっていた。痛みが極まり思考が麻痺し始めていた。
ゆっくりと切り裂かれて行く自分の腹。ついに内臓まで露わになった。さすがのリサもこれには冷静さを失わざるを得なかった。だがもう慌てて動かすべき手足すらないのだ。
「よしよし、まだ生きているわね。さてここからが見せ場よ」
マルグレットはヤーナの手を掴み、静かに発した。
「封煉」
ヤーナは自分の体が徐々に床に沈んで行くのを感じた。足元を見ると両足がゆっくりと真っ黒な床面に
吸い込まれている。
「これは!?」
「ただの封印よ。常しえの煉獄。意識を保ったまま永遠に地面の下に閉じ込められるの。真っ暗で冷たい土の下にね。さぞかし楽しいでしょうね」
マルグレットはヤーナの頬を優しくなでた。その顔は凄絶なる悪魔そのものだ。
「リサちゃーん。聞こえるかしら? ヤーナちゃんは永久に土の下で生きることになりますよー。殺しちゃうと転生してまた人間に生まれてきちゃうからね。神様は封印するに限るのよ。だからオータス一族も滅ぼされたんじゃなくて、封印されたの」
ヤーナはもう抵抗する手段がないことを悟った。そしてリサを救えないことも。
「リサーーーーッ! ボクは君の事が大好きだったよ! これだけは忘れないで。君が何度転生してもボクは絶対に君を見つけるから。また一緒に暮らそう。約束だよ」
リサはかろうじて生きている状態だったが、はっきりと返事をした。
「私は必ずヤーナ様を御守りします。人間の悪意をすべて滅ぼしてご覧にいれます。お任せください。必ずお助けいたします。リサはヤーナ様の家族ですから」
ヤーナは既に首まで床に沈んでいる。肺が圧迫されて声が出ない。代わりにリサの言葉に満面の笑みで応えた。
やがてヤーナは頭まで沈んだ。髪の毛の一本まですっかり見えなくなった。床は跡形もなく元の水平な平滑面に戻っていた。
「あら~あっけなかったわねぇ。じゃあリサちゃんも用済みだから終わりにしましょ」
ライツが一瞬にしてリサの首を斬り落とした。コロコロと転がったその顔には、涙の跡がついていたが
少し満足げな笑顔だった。
「さーて、残りは銀髪女とドラゴン娘か。ちょっとは歯ごたえがないと面白くないわよね」
マルグレットがリーテ達の現在を魔法で探索する。
「エーデルツヴィッカーの家にはもう居ないようね。さすがなのか、それとも馬鹿なのか。どちらにしてもここへ来るのは間違いないわね。ライツ、あとは任せたわ。魔道騎士の力があれば十分でしょ?」
「仰せのままに」
ライツが部下の騎士達と供に敬礼した。
悪の極み、炸裂中です。今回は、完全にマルグレットさんのターンです。




