第17話 マルグレットの事件
アカデミーに着くとヤーナは早々に呼び出された。呼出しに応じ、学舎の中庭に出る。そこにはマルグレットを中心に10名程度の学生が待ち構えていた。当然全員マルグレット派だ。そしてライツと呼ばれる優男も一緒だ。
「よく来たわね」
「ボクに何か用事でもあるの?」
「私の名前はマルグレット=ロキシア。ロキシア家の長女にしてこのアカデミーの首席よ」
「ボクの名前はヤーナ=エーデルツヴィッカーだよ。初めまして。よろしく」
ヤーナがマルグレットに近づき、右手を出して笑顔で握手を求めた。マルグレットは思い切りその手を振り払って叩き落とした。
「あなたと仲良くするつもりはないのよ」
「・・・それじゃボクに用件って何なのかな?」
何事もなかったかのようなそっけない返事が、マルグレットの感情を逆撫でした。額に青筋を立てながらヤーナに向かって一歩踏み出す。
「あなた、最近目立ってるわよ。エーデルツヴィッカーの名前も所詮は親の七光り。大した実力も無いくせに生意気よ。ハッキリ言って目障りなのよ」
「ボクの親はもう死んじゃってるから光らないよ。それに家の名前も継いでいるだけだし、何の役にも立ってないよ」
「いちいち口答えするところ。すっごくムカつくわね!」
「うーん、それでボクはどうしたらいいんだろう・・・」
「今すぐにアカデミーを退学なさい」
「なんで? ボクはここが好きだし、卒業して魔法使いの資格を取らなきゃいけないんだ。辞めるなんてできないよ」
「うるさいわね。ムカつくから私の前から消えて欲しいのよ! さもなきゃ私の奴隷になりなさい」
「ボクは奴隷にはならないよ」
マルグレットの眼を正面から見据えて答える。
「くっ! ライツ、こいつを痛い目に合わせてあげなさい」
「ヤーナとかいうお嬢ちゃん、悪く思うなよ」
優男がヤーナに凄まじい速度で近づき、右足を地面に叩きつけるようにして踏み込むと同時に正拳突きを放った。拳は脇腹に突き刺さり、ヤーナは数十メートルも吹き飛ばされて校舎の壁に激突した。
ぐったりとしてそのまま動かない。気を失ったのかもしれない。額から血が流れ出ている。
「ヤーナ!」
偶然その様子を見ていた友人が、壁に撃ち付けられたヤーナに近づいた。
「あんたたち、ヤーナになんてことすんのよっ! ロキシア家の人間だからってここまでやっていいの?」
「うるさいゴミが増えたわね。ライツ、あいつもやっていいわ」
冷やかな目でマルグレットは言い放つ。
「御意」
返事と同時にライツは電光石火のスピードで動いていた。ヤーナの友人にも容赦なく強烈な正拳突きを見舞っていた。友人は魔法で防御する暇もなく、あっけなくヤーナと同じく壁に激突して崩れ落ちた。
「ど、どうしてこんな事を・・・」
「私に従わないからよ。ただそれだけ。3日以内に退学しなければ、こんな程度じゃ済まないわよ、覚悟しておきなさい」
マルグレットは高らかに笑いながら、その場を去って行った。
ヤーナは気が付くと自宅のベッドに寝かされていた。傍らには心配そうな顔をしたリーテとリサが居た。リサは相変わらずメイド服、リーテは珍しく女性らしい服装だった。
「う・・・アレ? どうしてボク、家にいるの?」
「ヤーナ様あぁぁぁー!」
リーテが泣き顔だ。
「アカデミーから緊急連絡があったのですよ。ヤーナ様が階段から落ちて大怪我をされたと。それを庇おうと、ご学友も一緒に落ちて怪我をされたのだと」
「あっ・・・そうだった。でもリサそれはちょっと違うんだよ」
「全部わかっております。リサとリーテはヤーナ様の一部ですから。それで、どうしてあのタイミングで魔法をお使いにならなかったのですか? 肋骨が4本骨折、内臓の損傷もありましたし、頭の打撲も相当なものでした」
「うん。心配かけてゴメンね。治癒魔法を同時に発動していれば、まったく問題なかったんだけどね。バレるといけないと思った。正直、あそこまで強い攻撃が来るなんて予想してなかったし。あのライツって人、ただ者じゃないよ」
「まったく・・・あなたという人は」
リサがイライラしている。珍しく感情を荒げている。
「ごめんなさい、リサ」
「いいえ、許しません」
コツン。リサがヤーナに軽くげんこつを下した。ヤーナは驚いた顔をしていた。
「リサ、ありがとう。心配してくれて」
ヤーナは自然に涙を流していた。もちろんリサの拳骨が痛かった訳ではない。本当に心配してくれた。絆が出来たと思った。家族が増えたと思えた瞬間だったからだ。
「ヤーナ様、まだダメです」
リーテもゲンコツを下そうとする。だがヤーナが慌てる。
「ちょっと待ったぁ! リーテの怪力でやられるとさすがのボクも死んじゃう」
「ひ、ひどい。私だって力の加減くらいできますよぉ!」
真っ赤になって怒る。
「アハハハハ、ごめんごめん」
ヤーナが面白がって揶揄する姿を見て、リサもホッと胸をなで下ろす。それにしても突っ込み役のリサとボケ役のリーテ。このコンビは本当に楽しい。
「そういえば、ボクの友達。えっと・・・ガブリエラだ! あの子はどうなったの?」
「あの方はヤーナ様より打ち所が悪かったようです。内臓が大きく損傷して、頭蓋を骨折しておりました」
「まさか・・・」
「ご心配には及びません。もちろん私とリーテの治癒魔法で完治しております。ただアカデミーだと何かと面倒でしたので、お屋敷に連れて治療いたしました。隣の部屋でお休みになられています」
「ありがとう。さすがリサとリーテ。癒しの最強コンビだね」
隣の部屋へ行くと、ガブリエラが制服姿のままベッドに寝ていた。制服にはあちこち血が付いたままだった。
「この子、ボクを庇ってくれたんだよね。あんなに危険な状況だったのに」
「自分の安全や利益を捨ててまで、他人を助けることができる。こういう御方こそ真に信頼できるご親友というものかとリサは思います。どうぞ大切になさいませ」
「うん。ボクもそう思う」
ガブリエラが目を覚ました。顔色はだいぶ良さそうだったが、あまりに強烈な一撃を受けたせいか精神的なショックが隠せていない様子だ。
「ここは何処ですか? 私は一体どうなったのでしょう?」
「ボクの家だよ。ガブリエラ」
「ヤーナの家、ということはエーデルツヴィッカーのお屋敷ですか」
「ボクがマルグレットに絡まれているのを、ガブリエラが助けてくれたんだよね。でもガブリエラも怪我しちゃったから、治療のためにここまで運んで来たの。たぶん体の怪我は全部魔法で治してあるから大丈夫だと思うけど・・・痛いとことかない?」
「だっ、大丈夫です! まさかヤーナの家に入れるなんて夢のようです」
ガブリエラが顔を上気させている。
「ボクの家なんていつでも遊びに来ていいのに」
「うん、皆に自慢する。そしてまた皆で遊びに来るね」
ノックの後にドアが開き、リサとリーテが部屋に入って来た。フルーツと紅茶がその手にある。
「さぁ、皆さんでお茶にしましょう。ガブリエラさん、そのままベッドで」
長身銀髪の美しいリーテと凛としたメイド服のリサを見て、ガブリエラが思わずピンと背筋を伸ばす。
「なんて綺麗な人・・・」
「ガブリエラさん、初めまして。リサと申します」
「初めまして。エルフリーテと申します」
2人がベット脇で深々とお辞儀をする。
「この度はヤーナ様をお救い頂き、ありがとうございました。どうぞこれからも仲良くしてあげてください」
「とっ、とんでもないです! 私なんかノコノコ出て行ってただやられちゃっただけですから。迷惑かけちゃったみたいだし・・・」
「堅苦しい挨拶は抜きにしてお茶しよっ」
ヤーナが待ちきれないとばかりに、お茶とフルーツに手を出す。
「い、いただきます・・・」
ガブリエラもおそるおそるフルーツに手を出す。遠慮が極まっている。緊張感で硬くなっているのがよくわかる。どうやらその原因は、リサとリーテにあるようだ
「あ、あの・・・ヤーナ。とても綺麗なお母様とお姉様ですね。本当に羨ましいです。絵に描きたいくらいです」
「ブッ」とヤーナが紅茶を口から吹いた。
「あははは。ガブリエラ、リサとリーテはボクの家族だけど親戚なんだよ。
両親はもう死んじゃったし、お姉ちゃんもね」
「えっ!? ごめんなさい。私ったら、、、」
「気にしないで。寂しかったけれど、こうしてリサとリーテ、それにガブリエラみたいな親友が居るからボクは幸せだよ」
ガブリエラが顔を赤らめる。
「もしかしてガブリエラ様は絵を描かれるのですか?」
とリサ。
ヤーナが会話の間に割り込んで来た。
「ガブリエラは絵がすっごく上手なんだよ。きっと美術館から注目されるようになると思う。将来は絶対に天才芸術家だよ!」
「そんな・・・私の絵なんてまだまだです」
下を向いてもじもじする。
「ではぜひ私たち家族の絵を描いて欲しいですね」
「それいいですね。今度ぜひお願いします」
リーテがガブリエラの手を取って言う。手を握られたガブリエラは笑顔で応える。次は絵を描きにここへ来る。良い理由もできた。ガブリエラは怪我で酷い目にあったが、最後には良い事に巡り合うことができたと思った。
* * *
元気になったガブリエラを家まで送り届けると、リーテが珍しく疲れた顔をしていた。
「はぁ~」
「どうしたの?」
「あのー この服装なんですけど、女子女子した服って疲れますね」
「・・・リーテやっぱり君は、」
「いえいえ、違いますよ!私はちゃんと女性ですってば! ヤーナ様が一番よくご存じじゃないですかー」
「あれ? そうだっけ?」
「ウエーン、ヤーナ様がイジメるよぉ」
「はいはい、ヤーナ様もリーテもそれくらいにしてください。もう夕食の準備に入りますよ」
「リサ、完全にもうお母さんだね」
「ええ、もう板についてるっていうか」
くすくすと2人で笑う。
ストッとリュシーがリサの肩に乗る。リーテとヤーナにとってお小言コンビである。だがこれが幸せなのだと噛みしめるのであった。