第16話 エルフリーテの能力
2人が病院から屋敷に着くと、リーテは背中のヤーナを下ろし椅子に座らせた。「お疲れ様でした」とリサがお茶を持ってやってきた。ヤーナはお茶を飲みながら、今日の出来事を事細かに報告した。リュシーはもちろんリサもリーテも話が弾み、まさに家族団欒の雰囲気だった。
そうだ、この感覚。忘れていた幸せの記憶。これが欲しかったのだ。ヤーナも笑顔が絶えない。しかし、”夜間治療”の話になるとリュシーが心配から苦言を呈した。
「志もアイディアも良いと思うわ。でもバレたら大変なことになるのよ」
「だからね、不可視の魔法を使うの。それでこっそり治療するから大丈夫。
もしも捕まっちゃうようなことがあれば、瞬間移動しちゃえばいいし」
「そうだったわ。あなたの魔法なら十分可能だったのね。心配しすぎだったかしら」
「いえ、私も心配です。用心に越したことはありません」
とリサ。
「いざという時のために、私が付いて行きます。命にかえてもお守りします!」
とリーテ。
「そういえばリーテもリサと同じ魔法が使えるのかしら?」
「はっ! そういえばお聞きするのを忘れてました。私もよくわからないんですー。ヤーナ様、教えてください。私の能力って一体何なんですか?」
泣きそうな顔でリーテがヤーナにすがる。リサは魔法と家事能力において、ほぼ完璧ともいえる力を発揮する。一方、自分にはそれらがない。役に立ちたいと思っても何もできないでいる自分が歯がゆかった。
「リーテは魔法使えないよ。家事もできない」
「・・・」
「あのーそれって無能ってことでしょうか?」
リーテが恐る恐る訊く。
「強いていえば能力は”おっちょこちょい”かな」
「ひどい。私、完全に笑いを取るだけの役立たずキャラじゃないですかぁ」
半泣き状態でリーテが床に四つん這いになる。この高貴な顔で予想の斜め上を行く大袈裟なリアクション。これを演出ではなく本気でやっている。だからリーテは面白い。
「アハハハ。嘘だよ。リーテの特技は戦闘だよ。しかも肉弾戦ね」
見た目に反する壮絶な能力なのだろうか。思わず皆が期待する。
「あのー具体的にはどういう能力なんでしょうか?」
「試しにその剣を取って」
部屋の壁に掛けてある装飾用の華奢な剣を指さした。リーテは言われたとおりに剣を手に取って構えた。
「ここじゃ危ないからちょっと移動するね」
ヤーナと他2人と1匹は、人気の無い原野まで瞬間移動した。
「じゃあリーテ、あれを斬ってみて」
ヤーナが指さす方向には、直径10メートルはあろうかという巨大な岩があった。広い原野にポツンとこの岩だけあるのも何だかおかしな光景だ。
「あの・・・この剣でですか? せっかく綺麗な剣なのに曲がっちゃいますよ」
「大丈夫、ボクの言葉を信じて」
「はい」
そういうとリーテは、岩に向かって力任せに剣を叩きつけた。剣が唸りを上げる。あまりの速度に空気と刀身の間に衝撃波が発生した。刀身は岩に到達できなかった。なぜなら衝撃波だけで岩が木っ端みじんに粉砕されてしまったからだ。
激しい衝撃音で、一番近くにいたリサのメイド服がボロボロになってしまった。リュシーはリサの肩から転げ落ちていた。
巨岩は粉になって消失し、その場所には大穴がぽっかりと口を開いていた。
リーテは剣を握ったままポカンとしていた。何よりも本人が驚いている。
「あのー 私の力ってもしかして怪力なんですか?」
「それだけじゃないよ。リーテは不死身なんだよ。無期限で強力な治癒魔法が全身にかかっているから。剣で斬られても弓矢が刺さっても絶対に死なない不死身の戦士なんだ。だからね、治癒魔法だけは使えるよ」
「わっ! やった! 嬉しいです。これで私はようやくヤーナ様のお役に立てるんですね」
「でもその治癒魔法、ボクとの回路が切れている時に使うと、普通の人みたいに眠っちゃうから気を付けてね」
「完全に戦闘というか戦場向きの能力ね。ヤーナを守るにはうってつけの用心棒かしら」
「ヤーナ様、私これから頑張りますね」
「でもその戦闘能力、街中で使ったら危ないからあんまり意味ないかも」
「ええーっ! なんと残念な」
「それでいいの。戦いなんて無い方が平和なんだから」
「でも・・・」
リーテが元気なく肩を落として落ち込んでいる。
「不死身の怪力戦士。まるでゾンビね」
リサが破れたメイド服を押さえながら、リュシーを肩に乗せ直して言う。
「リサ、あんた酷いこと言うね」
お気に入りのメイド服をボロボロにされた腹いせに、嫌味を言ってるのは明らかだった。
「何でしょう、ゾンビ戦士リーテちゃん」
リーテが悔しそうに地団太を踏む。その掛け合いを見てヤーナが大笑いする。最近このコンビが、絶妙な掛け合いをしてくれる。このちぐはぐで騒がしい2人を眺めているのが、楽しい時間になっていた。
翌朝。病院からの使いが屋敷に来て高額な給与を置いて行った。相場の倍近い金額だった。駆け出し見習いの魔法使いの報酬としては、破格であった。
使いの者から、
「臨時の試用魔法使いではなく、正式な治癒魔法使いとしてぜひまた来て欲しい」
と医師からの言伝があった。魔法使いは基本的に都度契約のフリーという扱いだ。しかし、治癒や力仕事など分野によって得手不得手がある。また魔法の具現化の仕方など様々なやり方があるため、同じ治癒魔法使いといっても、一人一様のスキルがあると言っていい。
病院など常に魔法を必要とするところは、そういった高スキルの魔法使いを”馴染み”にしておきたいのが本音である。
”馴染み”にされれば、魔法使いとしては安泰である。きちんと定期的な稼ぎを保証されたことになるからだ。
「ヤーナ様の実力ならば当然です」
「いえ、当然過ぎてしまうのが怖いのですよ。あの子にはもっと普通になってもらわなければ」
リサの肩からリュシーが言う。夜間治療の懸念は多分にある。それはヤーナの普通の娘としての生活を崩壊させてしまう可能性がある。しかし彼女の優しさや意志を強引にを抑え込むことは、かえって悪い影響を与えかねない。なるべくやりたいようにやらせてあげたい。これも本音だった。
リサはリュシーを肩に乗せたまま、ヤーナの部屋のドアをノックする。
「ヤーナ様、朝です。本日は魔術アカデミーで講義を受ける日でございます」
「ふぁぁぁ~い。もう起きるよー」
眠気たっぷりの返事だ。このままでは二度寝してしまうだろう。そう思ったリサはドアを開けた。予想通り二度寝すべくベッドに倒れ込んでいるヤーナを発見した。
「ヤーナ様、ダメです」
ゆさゆさと揺らす。気怠そうにヤーナが顔を上げると、怒り顔のリサが居た。
「アカデミーではお友達もいらっしゃるのでしょう? きっと皆さんお待ちかねですよ」
「ふぁぁぁ。アカデミーは楽しいよ。でも眠いのはちょっとね」
リサはツカツカと歩き出し、窓を一気に開け放った。冬の冷たい空気が一気に流れ込む。これではさすがに寝ていられない。
「ひぇ~リサが鬼のようだよ~」
「冗談言ってないで早く起きてくださいませ。朝食も準備できていますので」
コクリと頷くとヤーナはそそくさと身支度を始めた。その騒ぎを嗅ぎ付けたのか、リーテも隣の部屋で身支度を始める音がした。
実はヤーナ、リーテ供に朝が苦手だ。一方、リサはあまり寝ない。
そもそもホムンクルスに睡眠という行為は不要なのだが、人間らしい感情を身に着けるにつれ、睡眠を欲するようになっていた。
エーデルツヴィッカー家3人と1匹で朝食を囲む。もちろん食い気担当は
ヤーナである。
「ヤーナ様、ほら口のところにケチャップがついてますよ」
とリサが丁寧に拭き取る。
「あんがと。へへへ・・・」
まるでリサは母親のようだ。一見冷たく厳しいようにも見えるが、それは強い愛情の裏返しなのだ。
朝食を終えると、屋敷の門の前に多くの友人たちがヤーナと一緒に登校すべく待ち構えていた。ヤーナの登校日は彼らも把握していたのだ。友人たちに囲まれる。
「なんだー、皆待っててくれたの。ありがとう!」
ヤーナを中心として会話の輪が広がり、楽しそうに道を歩いて行った。
「ヤーナ様、楽しそうですね。こういう日がずっと続いて欲しいです」
「そうねリサ。貴女のおかげよ。正直、ホムンクルスなんてまったく信用してなかった。命令に従うだけの”ただの人形”だと思っていたわ。でも貴女は違う。エーデルツヴィッカー家の人間にしてヤーナの母親役よ。心から感謝するわ。これからもよろしくお願いね」
リサの両目からは止めどなく涙が溢れていた。
「あ、ありがとうございます。私のような者を・・・」
直ぐに鳴き声が嗚咽に変わっていた。クールなリサが珍しく感情的になっていた。
ここまで乱れるリサを初めて見た。それだけヤーナに掛ける想いが深く重いのだとリュシーは感じた。
リーテは泣き崩れるリサを抱きかかえた。涙を吹いて、とタオルを差し出す。
「ありがとうリーテ。でもね、これはシンク清掃用の布巾よ」
「えっ?!」
「あなたってホントおっちょこちょいね」
嬉し涙が笑い涙に変わった。リーテもリサも晴れ晴れとした顔だ。リュシーは思った。この2人が居ればヤーナはきっと大丈夫だろう。
ただ、魔法術書や祖父の研究書に載っているホムンクルスとは明らかに異質な存在である。果たしてヤーナが作り出すホムンクルスとは、一体何者なのだろうか。完全に人間としか思えないこの2人。どういう原理なのだろう。ぼんやりそんなことを考えていた。