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ベルナルディーナの不文律  作者: 文乃 優
15/48

第15話 初仕事

「もう一人ですって? あなたの魔力がさらに必要になるのよ。精神の消耗も相当なものになるのでしょ?」

「大丈夫だよ。ほらボクの眼は2つあるでしょ。右眼はリサだけど左眼はまだ空いてるから。それにゴーレムちゃんはボクの魔力がなくてもご飯食べれれば3日くらいは大丈夫だし。結局ボクがお金をちゃんと稼げれば、問題ないってことだよね」


 理屈は合っている。


「それしかないようね。いいこと、決して無理はしないで」


 ヤーナは早速床に魔方陣を描き始めた。リサの時とは少し形状が違うようだ。リサはリュシーを肩に乗せたまま部屋の片隅で作業を見守っている。

 魔術媒体を調合し、描いた魔方陣へ慎重に配置していく。


「今度はどんな子がいいのかな?リサの時はやって欲しいこととか全部決まってたからよかったけど・・・」

「そうね、リサは才女で良くできる年上女性風だから、今度は違うタイプがいいわね。お茶目なお嬢様風はどうかしら?」

「ボクもリサと違うタイプの方がいいと思ってた」


 方向性が決まると作業は早くなる。ヤーナはリサの時と同じ術式を唱えた。

 部屋全体が強烈な光に包まれると、そこには長身の女の姿があった。黒髪のリサとは対照的な銀髪。その瞳は真紅。燃え盛るような赤さだ。夜中でも光り出しそうだ。

 ヤーナと同世代の娘をイメージしていたリュシーは面喰っていた。リサも背が高い方だが、新しいホムンクルスはさらに頭一つ以上高い。少なくとも見た目は「お茶目な」お嬢様ではない。つり目の「勝気な」お嬢様だ。話しかけるのを躊躇うほどの”切れる”ような印象。緊張感と気品を纏っている。その格調の高い雰囲気は、王族と言われても納得してしまうかもしれない。


「主様。ご命令ください」


 そう言って長い脚を折り畳み、跪く・・・

ドテッ。


 一同が目を疑った。跪くはずが足を滑らせ、思い切り派手に転んでいた。ちょうどバナナの皮を踏んだ時のような、壮絶な転び方だった。


「たはははは、ゴメンナサイ。私、おっちょこちょいなので~ うー、頭痛いー。あー失敗したー」

「・・・ええええーーーーーっ! そんなキャラなの?!」


 全員が見た目とのギャップに驚いた。感情の起伏が少ないリサでさえも、この時は驚き顔になっていた。


「では改めて。どうぞワタクシにお名前をくださいませ」

「エルフリーテ」

 リュシーが言う。


「その名前は前時代にこの大陸を制した戦士よ。伝説では長身で銀髪赤目の心優しき女性だったらしいわ。あなたのイメージにピッタリね」

「へぇー、そんなカッコいい人がいたんだね。じゃあ君の名前は、今からエルフリーテ。ボクはヤーナ。そして名前を付けたのが、猫だけどお姉ちゃんのリュシー。そしてこっちのメイド姿の子がリサだよ」

「不束ものですがよろしくお願いします」

「それは入籍する時の挨拶ね」

「へっ?」


 エルフリーテが顔を真っ赤にして謝る。皆が大爆笑した。どうやらヤーナが思った以上にお茶目な性格に仕上がっているようだ。


「でもね、エルフリーテは長いから略してリーテちゃんでいいかな」

「もちろんです。私はどうお呼びすればよいでしょう」

「ヤーナでいいよ」

「わかりました。ではヤーナ様、この命尽きるまでよろしくお願いします」


 本当は「ヤーナ」と呼び捨てにして欲しい。リサにはケジメが付かないと言われ、かたくなに拒否された。おそらくリーテも同じだろう。


 クシュン!


「あの・・・何か着る物ありまぜんがぁー。寒いでず」


 これだけの気品ある顔が寒さで鼻水を垂らしている。それだけで物凄く人間的に見えるから不思議だ。リサとは異なる性格のせいだろうか。


「えっと・・・なんでこうなるんでしょうか?」


 リサとヤーナが選んだ服は、なぜか騎士風の凛とした服だった。動きやすいとはいえないが、リーテの外見によく似合っていた。


「アハハハハっ」


 ヤーナが腹を抱えて笑う。リサも爽やかな顔で笑う。


「ど、どうして笑うのですか?」

「だってそれ、お父さんが礼服用に買ってた衣装なんだよー。男物が似合うなんて、さすがリーテちゃん」

「ひどーいー」


 リーテはヤーナを捕まえて、両手で頬の肉を抓んだ。さらに大きな笑い声に包まれた。皆がリーテの明るさに救われていた。

 ホムンクルスは冷徹な”人間もどき”だと思っていたがとんでもなかった。人間以上に人間らしい。リサも初めは堅かったが、今ではよく尽くしてくれるやり手の才女にしか見えない。

 これで一気に不安と悩みが払拭されそうだ。あとはリーテにこれまでの状況とこれからすべきことを教えて行けばいい。

 街に徐々に溶け込んで、平凡だが幸せな生活を送る。これが目標であり、両親に対する親孝行だ。リュシーは少し安心していた。


 それからは実に平凡でゆっくりした生活に変わって行った。

まずヤーナのアカデミー入学式。これには保護者代わりにリサが出席した。

あまりに若い母親役にアカデミー中の噂になった。ヤーナがエーデルツヴィッカー家の人間というだけで、噂に大きな尾ひれがついた。たちまち有名人になった。

 持ち前の明るさと愛嬌で、ヤーナにはたくさんの友達が出来た。この頃から、ヤーナには人を惹きつける不思議な魅力があった。その外見の美しさも手伝って女子学生はもちろん、男子学生からも直ぐに憧れの存在になっていた。


 しかし、それを快く思わない者が居た。ヤーナが入学する前に、アカデミーの秀才と称されていた少女だ。容姿端麗で男女問わず、彼女は注目の的であった。

 マルグレット=ロキシア。それが彼女の名前だ。


 彼女の周りには常に取り巻きが居た。友人という名の親衛隊のようなものであった。学生の中には”マルグレット一派”と呼ばれる派閥さえできていた。派閥に入れる者は、彼女に忠誠を誓った優秀な学生だけである。それ以外の学生は、明らかに派閥から下に見られていた。

 事実、魔法や試験で優秀な成績を収めるのは、派閥の学生たちなのである。マルグレットが魔法を指導すると、皆が劇的にその成績を上げた。だから教師たちも見て見ぬふりをしていた。

 それに彼女の家、つまりロキシア家は北の都市でも有名な貴族であった。

その一人娘である。邪険にはできない。下手に扱えば、貴族の先兵を差し向けられて裁かれてしまう。

 この頃の行政は貴族独裁の専制政治であった。貴族がそれぞれ街を分割し、政治も行政も司法も兼ねていたのだ。いかに力を持つ魔術アカデミーとはいえ、貴族に逆らえばタダでは済まない。


「なんのよアイツ。気に入らないわ。ライツ、詳しく調べてきなさい」

「マルグレット様、お任せを」


 細身の優男が深くお辞儀をすると、あっという間に姿を消した。隠密の術を心得ている者の動きだ。

 それからライツと呼ばれた男が、アカデミー帰りのヤーナを尾行する日々が続いた。


* * *


 魔術アカデミーは魔法の基礎を学ぶところだが、社会に必要な教養を学ぶところでもある。ヤーナは特別に魔法のカリキュラムはスキップし、教養カリキュラムだけにしてもらった。

 エーデルツヴィッカー家の人間に魔法を教えるのは抵抗があった、というのもアカデミー側の本音だ。何しろアカデミー自体、ほとんどヤーナの祖父が作ったようなものである。そして教科書となる魔法術書は、祖父の研究の集大成だ。

 アカデミーを卒業すれば、一人前として認められる。魔法使いとして仕事をする資格も得られる。かくしてヤーナはアルバイトを始めた。リュシーはアカデミーを卒業するまでは、仕事させるつもりはなかった。

 だがまずは何事も慣れだ。簡単な治癒の仕事を週1回。これを受け持つことにしたのだ。通常、学生が魔法の仕事を請負うことは許されていない。アカデミーの特例ということだ。


- 初仕事の日。


「ヤーナ様。行きましょうか」

「リーテ、なんで今日はメイド服なの? だって病院なんだよ、行く先は」

「リサに動きやすい服を、と言ったらこれになりましたので」

「ふっ、リサ・・・さすがだよ」


 ヤーナは苦笑いして呟いた。


 始業時間前に病院へ到着する。既に治療を待つ傷病人の行列ができていた。ヤーナとリーテが魔法使い用の入口から入ると、担当の魔法使いが勢ぞろいしていた。ざっと数えて20人はいるが、外に出来ている行列を見ると、とても足りていない。


「ヤーナさんと補助要員さん、こちらへ」


 早速治癒用の部屋へ呼び出された。よく見ると、治癒は治癒でも「緊急」の文字がドアに大きく書いてある。

 ガチャリとドアが開くと初老の医師が居た。白衣を着ている。その向こうにはベッドに寝かせられた患者がいる。頭に傷を負い大量に出血して意識を失っているようだった。


「初日からすまんね。何しろ緊急なものでね。この患者は今朝早くに馬車と正面衝突したんだ。全身打撲でこの有様。頭を激しく打ち付けた上に出血が激しい。普通の治療じゃ助からない。魔法のサポートが欲しい」

「先生。どうしてアカデミーも卒業していないひよっこのヤーナ様、いやヤーナにこの大仕事を?」

「・・・えーっと、あんたはメイドさん? この患者は緊急を要するからだ。魔法使いが仕事をする場合、都度契約なのは知ってるな。契約で大体もめるんだよ。交渉に平均2時間もかかる。その点、初日の魔法使いなら交渉なしの試用期間だ。これが理由。以上だ。頼む、時間がない。命にかかわる」


 この医師の説明だけで、病院での魔法使いの仕事事情がよくわかった。


「ヤーナ様、しっかりね」

「うん」

「頼む。止血だけでいいんだ。後遺症は残るだろうが命は救える」

「先生、恐縮ですが少しだけ部屋の外に出ていてくださいますか」


 リーテがただでさえ近寄りがたい雰囲気をさらに強行に発揮して言い寄る。


「あ、あぁ・・・あとは任せた」


 気圧された医師はしぶしぶ部屋を出る。それを見届けるとヤーナは素早く動いた。


「ヤーナ様、早く! 今にも命の火が消えそうですわ」

「わかってる。いくよっ!」


「傷癒」「復骨」「壊理」「気昇」

 同時に4つの魔法を発動させた。すべての傷を癒し、骨を元に戻し、体内の悪い細菌を除去し、さらに血液を増強し、自己治癒力を飛躍的に向上させる。これらを僅か数秒で行った。


「ふぅ。これで大丈夫なんだよ」


 安心してニコニコしていると、リーテが慌ててドアを塞いだ。


「ヤーナ様、もう倒れてください!」


「ごめん。後はよろしくね」


 手はず通りにヤーナは狸寝入りをした。すかさずリーテがヤーナを負んぶした。ガチャリとドアが開き、先ほどの医師が入って来た。


「もう終わったのかね?」

「はい。一命は取り止めましたわ」

「お疲れさん。ちょっと患者の様子を見させてもらうよ」


 そう言ってベッドに横たわる患者の体を触りだした。


「ん、うーん。はぁ、よく寝た。あれぇ? ここは病院ですかい? 確か馬車にぶつかって凄い衝撃で・・・てっきりもう自分は死んだもんだと」


 今まで重症だった患者がすくっと立ち上がった。


「そ、そんな。魔法で止血できたとしても、意識が回復して普通に喋れるなんて。しかも折れた両足で立つなんて・・・一体どうなってるんだ」

「それでは私たちは帰りますね。お給金は後で家まで届けて頂けてください」


 信じられないと、茫然と立ち尽くす医師。元気になったと喜んで跳ね回る患者。リーテはヤーナを負ぶったまま足早に病院を後にした。

 背中のヤーナに話しかける。


「ちょっとやり過ぎちゃいましたね」

「でも治せるものは治したいから・・・」

「これが続いてしまうと働けないかもしれませんよ。以前リュシー様が言われたように”普通”に振る舞わないと。要求がエスカレートして、平和な生活は送れなくなります」

「難しいね。でも普通ってなんなんだろう」

「周りの人間に合わせるということでしょう。出る杭は打たれるのです。そして人間はヒエラルキーを作らないと気が済まない生物のようです」

「ヒエラルキー?」

「上下関係ということです。人は自分より劣っている、自分は人より優れている。そういう風に思わないと、普通の人間は生きていけないんですよ」

「そうなの?」

「仮にヤーナ様の魔法を知ったら、妬む者、恐れる者、利用しようとする者

そして排除しようとする者。それらが生活を壊しに来るでしょう」

「悲しいね」

「だからヤーナ様の魔法を隠し続ける必要があるのです」

「でも・・・もっと助けられるのに」

「お優しい気持ちはわかっていますよ。ですがご自身のためです」

「自分のために助けられるかもしれない人を、見捨てることもしなさいってことなのかな」

「・・・」

「ゴメン。困らせちゃったね」

「ではこうしましょう。傷や病気はまず最低限治療して差し上げましょう。そしてその後、夜にこっそり訪問して、寝ている間に完治させてあげるのです。これなら問題ないでしょ?」

「リーテ、それ凄く良いアイディア」

「もちろん、夜はタダ働きですけどね」


 リーテは背中のヤーナに向かってニッコリ笑う。つられてヤーナもニッコリと笑っていた。

 会話する2人の背中を見つめる者があった。細身の優男。ライツであった。


「なんだ今の会話は。アイツはやはりおかしい。病院内で魔法を使ったはずだ。それなのに会話できるほどの意識を保てるとは。どういうことだ?」


 すっと姿を消すと、マルグレットの住むロキシア家へ向かった。驚くほどの見事な隠形と移動術だ。身のこなしから見るに、おそらく生半可な体術ではないだろう。


「マルグレット様、ご報告いたします」

「ライツね」

「アレには不審なところがあります。病院内で魔法を使ったと思われるのに

その直後、普通に会話が出来ていました」

「そんな馬鹿な。あり得ないわ」

「そして侍女達にもおかしなところがあります。過去を調べようと方々探ったのですが、経歴が見つかりません。経歴どころか過去を知っている者すらまったく見つけられません。これまで生きていた痕跡がないのです。このようなケースは初めてです。裏の情報網を隈なく当たりました。ヤーナの方は噂通りの情報でした。しかし侍女2名は全くの不明です。突然降って湧いたような人間としか思えません。巧妙かつ大規模に履歴を消すことができる

組織的な何かが絡んでいるかもしれません。この件はこれ以上触れない方がよろしいかと」


 マルグレットが唇を強く噛む。ニタリと意地悪そうな顔をして笑う。


「冗談じゃないわ。ますます怪しいじゃない。徹底的に調べて弱みを掴んでやるわ。アカデミーのスターは1人で十分なのよ」


 事実、ヤーナが通学するようになってから、マルグレット派閥に属していない学生すべてがヤーナと友達になっていた。マルグレット派とヤーナ派に分かれたと言ってもいい。ヤーナの友人は徐々に増え、マルグレット派の取り巻きが、ヤーナと仲良く食事する事すらあった。今まで自分を散々持ち上げて来た教師たちさえ、ヤーナにばかり目を配るようになっていた。

 プライドが高く、貴族意識が強いマルグレットは嫉妬し激怒した。ヤーナに憎しみさえ抱くようになっていた。


「あいつ、絶対に許さない」


 怒りに燃えた目が、ライツに新たな命令を下すことになった。


「何としても弱みを掴むのよ。弱みを掴んだら脅迫して私に屈服させるの。

ヤーナの人気もすべて私のものになるわ」


 陰険極まりない命令だった。

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