第13話 凄惨激動の日
城を破壊された貴族は烈火のごとく怒り、犯人捜しに躍起になっていた。
牢を破壊された上に、捕えた奴隷魔法使いは居なくなっていた。これは貴族にとって力のほとんどを失ったに等しい。
だから取り戻すために権力と金を使った。城を破壊したのは、魔法使いであると決めつけた。力のある優秀な魔法使いを犯罪者として捕縛することにしたのだ。
つまりこれまでは影でやっていた”魔法使い狩り”を白昼堂々とやるということだ。しかも治安維持という誰も逆らうことのできない大義名分のもとに。
魔法使いの家に重装備の自警騎士団達が、大挙してやってくる。
ほとんどが貴族に金で雇われた傭兵だ。次々と高名な魔法使いが投獄されていった。魔法を使えないにもかかわらず投獄される者もいた。少しでも逆らおうものなら、その場で騎士に斬り捨てられるケースも数多くあった。
当然、優秀な魔術学士一家のエーデルツヴィッカー家も捕縛の対象になっていた。
「あなた、早くこの街を出た方がよいかもしれません」
「ああ、明日にでも昔の家へ皆で引っ越そう」
父と母が夕食後のコーヒーを飲みながら話し合っていた。ヤーナは暖炉の傍のソファーでぐっすりと眠っていた。リュシーもヤーナに寄り添うようにして、うつらうつらしていた。
突然、バタンと大きな音がした。ドアが勢いよく開き、重装備の騎士団が現れた。
「エーデルツヴィッカー、お前たちを反逆罪で連行する。おとなしく縛につけ」
「ふざけるなっ! 元はといえば、魔法使い狩りなどする貴族が悪いのだろう。犯罪者はお前たちの方だ!」
「ほほう、ではさらに罪を加点だ。今すぐにここで斬り捨ててくれよう」
一斉に大剣を抜く騎士達。父は呪文を唱えた。だが至近距離で魔法使いと騎士が戦えば、勝負は最初から分かりきっている。呪文の詠唱時間は、剣を振るう時間に比べて長すぎるのだ。
呪文が効力を発揮する前に、無残にも剣先は父の胸を貫いていた。
母の絶叫が迸る。リュシーが慌てて呪文詠唱を始めた。父を治療する呪文だった。
しかし、騎士達は容赦なく鈍器のような剣をリュシーにも振り下ろした。
リュシーの肩口から袈裟斬り状に腹部まで刀身が食い込んだ。凄まじい絶叫と血しぶきで部屋が満たされた。母は半狂乱で呪文を唱えたがリュシー同様、あっという間に斬殺されてしまった。家族の団欒で満たされていた部屋は、ほんの数分で地獄と化していた。
ヤーナが目を覚ます。ソファーから体を起こすと家族の斬殺体に囲まれていた。そしてその向こうには、剣を構える傲慢で理不尽な騎士達がいた。
「おい、娘。お前もこうなりたくなかったら、おとなしく縛につくのだ」
ヤーナの顔から一切の表情が消えていた。およそこれまで抱いたことのないドロドロした圧倒的な感情が彼女を支配した。そう、その感情とは怒りと憎しみだ。
「どうして・・・どうしてこんなひどいことするの?」
「それはお前らが貴族様の奴隷だからだ。弱い者が強い者に従う。それが自然界の掟だ。わかるか、小娘」
ヤーナは無表情のまま、冷徹に口を開いた。
「跳絶」
騎士達は気が付くと、雲の上に居た。信じられないことに、全員が瞬時に雲の上まで転移させられていたのだ。
「ば、馬鹿な。俺は死ぬのか。この俺様が・・・」
放り出された騎士たち全員がそう思った。絶望的な気分だった。なぜならば下を見れば自分たちが居た街が、虫のように小さく見えるからだ。
すぐに騎士達の体は自由落下を始めた。
「うぁあああああー死にたくない死にたくないー」
数分後。粛清の騎士達は大地に叩きつけられ、肉塊と化して消えた。
一方ヤーナは素早く治癒魔法を発動させていた。
「傷癒」
父、母、姉の体の傷が見る間にふさがった。しかし、もう3人は二度と動くことはなかった。死んだ者の体を修復しても、生き返ることはない。魂が肉体を離れてしまうからだ。
「おねぇちゃん、お父さん、お母さん、早く目を覚ましてよ・・・お願いだからまたボクの頭を撫でてよ!」
少女の悲痛な叫びがこだます。
「なんでこんなことになっちゃったんだろう・・・ボクが城を壊したから? ボクが全部悪いの?」
ヤーナは自分を責めた。自分が城を壊さなければこんなことには、ならなかったかもしれない。貴族も粛清を行なうことはなかったかもしれない。ヤーナはあらん限りの声を出して哭いた。
そして泣き疲れた頃に一つの決心をした。
「ボクも死ねばまた会えるよね」
幼心に強烈な罪悪感も手伝って、ヤーナは死ぬことに決めた。
騎士が落としていった剣を拾う。床に柄を斜めに突き立て、切先を自分の胸へと向ける。そのまま倒れれば、剣が心臓を貫いてくれるだろう。
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん、大好き。ボクも今行くよ・・・」
ヤーナは目を瞑ると、ゆっくりと剣に体重をかけ、体を倒していった。
「止めなさい、ヤーナ!」
その時、どこからかリュシーの声が聞こえ、ヤーナを制した。
「えっ? お姉ちゃん?!」
ヤーナは咄嗟に体をずらして剣の切先をかわした。
「お姉ちゃん! どこ? ・・・どこにいるの!」
「ここよ」
声の方を見ると、家で飼っていた白猫がソファーの上に座っていた。
「えっ?! ニャンコちゃん?」
「万が一の時のために、猫に意識を移す魔法をかけておいたの。私とお母さん、お父さんの複合魔法で、私の意識の一部をこの猫に移すことができたのよ。でもこの体では魔法も使えないし、人の言葉を話せるのは一日数時間が限界なの」
「お姉ちゃん! ニャンコちゃんになってたんだ! よかった、本当によかった。うあぁぁぁーん」
猫を抱きしめると力一杯泣いた。泪で服がぐしょぐしょだ。
「ヤーナ。泣くのはもうおよしなさい。お父さん、お母さんはもう戻らないけれど私がずっと一緒よ。心配しなくても大丈夫」
白猫はふわりと跳ねるとヤーナの肩へ飛び乗った。
「よく聞きなさい。ここから街道を北へ向かうと大きな都市があります。そこにお祖父様が住んでいたお屋敷があるの。すぐに引っ越しましょう。ここは危ないわ。いつまたあの騎士達がやってくるとも限らない」
「うん、わかったよ、お姉ちゃん」
ヤーナは泪をすすりながら答えた。
「お姉ちゃん、お願いだからそのお部屋のイメージをしてみて。イメージがないと移動できないの」
にゃあ、と答えるとリュシーはイメージを作った。子供の頃、リュシーはしばらくその屋敷で過ごしたことがあったのだ。
「瞬移」
ヤーナが鋭く唱えると、両親と姉の遺体、そして白猫と少女は埃に覆われたかび臭い広い部屋へと瞬間移動していた。
「ゲッホゲッホ・・・なにこれ。汚い!」
ヤーナのワンピースは煤けて黒くなり、白猫だったリュシーは灰色猫に化けていた。
「お祖父様が亡くなってから、誰も立ち入ってなかったのね。これは掃除が必要だけれど・・・この広さ、ヤーナだけでは厳しいわね」
「・・・どうしよう、お姉ちゃん」
実験用スペースはさほどの広さでもないが、何せ屋敷全体が広大だ。普通なら使用人を何人か雇わないと生活が送れないだろう。
ヤーナは流石に泣きそうになった。両親の弔いもある。生活するために金銭や食料を得なければらない。やるべきことばかりたくさんある。
「あっ! そうだ」
ヤーナはそう言ってゴソゴソと家から持ってきた自分の荷物を探る。
「うん、コレだよ」
袋から取り出したのは10本ほどの小瓶だった。瓶には赤や青、緑や黄色など色彩豊かな粉末が詰まっている。
「・・・なんなの? それは」
「これはね、お父さんが研究してた魔術媒体だよ」
「魔術媒体?」
「これを使うと、魔法がすっごく広がるの」
そう言いながらヤーナは小瓶の蓋を開け、ちょっとずつ粉を配合し始めた。
「えーっと、これとこれと・・・あとこれをもうちょっとだったかなぁ」
「ヤーナ、何をしようとしているの?」
「ゴーレム作るの。ゴーレムちゃんにお部屋を掃除してもらうんだよ」
「お父様ったらゴーレムなんて研究していらしたのね」
「うん。お父さんが本当にやりたかったのは、ゴーレムに危険なことをやってもらったりして、みんなが笑顔で暮らせるようにすることだったんだって」
ゴーレムを魔法で創ることは、実は難しくはない。魔法術書にも載っている応用魔法の一つだ。ただし、ゴーレムを創ることができても、その形態を保っていられるのは、長くてせいぜい10分程度だ。
しかも単純な命令しかこなせない。掃除や洗濯、買い物、家の修繕などの
複雑な命令はとてもこなすことができない。もちろん自律性もない。つまり命令遂行が難しい場合、行動不能に陥って動きが止まってしまう。ちょっと出来の良いからくり人形だと思った方がいい。
「ヤーナ。ゴーレムでは掃除は無理だと思うの」
白猫となった姉、リュシーの言葉は耳に入っていないようだった。夢中で魔術媒体と呼ばれる粉を調合している。そして、床の埃を指でなぞって魔方陣を描いて行く。調合した魔術媒体を魔方陣にゆっくりと配置し始める。
さらに魔方陣を描き足して行く。作業開始からもう3時間は経つだろうか。凄まじい集中力で作業に没頭する。寒い季節だというのに、ヤーナは汗だくになっていた。
「ふぅ。よしっ! これで準備完了だよ」
そこにはリュシーが見たこともないような、複雑で壮大な魔方陣が描かれていた。魔法術書に載っているゴーレム生成の魔方陣とはまるで違っていた。
「・・・ヤーナ、あなた一体・・・」
リュシーが呟く。
「お姉ちゃん、ボクからちょっと離れててね」
ヤーナは魔方陣の中心に立ち、いつになく真剣な表情になる。両の手を前に突き出すと、目を大きく見開いて叫んだ。
「造心」
「創体」
魔方陣から緑の炎と赤い炎が立ち昇る。ヤーナがその炎に包まれた。
「ヤーナ! 危ない!」
思わずリュシーが近づきそうになるが、ヤーナが笑顔で大丈夫と応える。
「ここからが本番っ!」
「心融」
「形現」
炎が青白く煌煌と燃え盛り、魔方陣の中心へと戻って行った。すべての炎が魔術媒体に移ると、ヤーナが大声で叫んだ。
「発命っ!」
すると魔術媒体がモコモコと動き出し、強烈に輝く光で包まれた。まるで部屋の中に太陽が現れたかのようだ。リュシーは目を閉じざるを得なかった。光が極大に達したかと思うと、直ぐにまた真っ暗な部屋へと戻っていった。
魔法術式が終わったのだろうか。糸の切れた操り人形のようにヤーナが倒れてしまった。
「ヤーナ! 大丈夫!?」
だが、猫のリュシーにはフォローすることができない。口元を見ると息はある。どうやら疲労で寝入っただけのようだった。
考えてみれば、幼いヤーナは壮絶な体験をしたのだ。強力な魔法を連続で使い続けた上に、両親を失った。そして家を失い、おまけに引っ越し先は廃屋同然の有様。正常でいる方がおかしい。
「ヤーナ。ゴメンね。私がもっとしっかりしていれば・・・」
猫の姿のリュシーには、妹に寄り添うことしかできなかった。リュシーは魔方陣から生成されたゴーレムが気になっていた。
魔術媒体の方を見ると、暗い部屋に人影があった。目をこらすと、それは黒髪の女の姿だった。これが出来上がったゴーレムなのだろうか? だがゴーレムと呼ぶにはあまりに精巧過ぎた。というより、外観は人間と区別がつかない。ゴーレムは通常、石か粘土でできた粗末な形状である。一目で人形とわかる代物である。しかし、ヤーナが作ったゴーレムは人間そのままの外見だった。
「あっ、ゴーレムちゃん、成功したんだ。よかった」
ヤーナが目を覚まし、ゴーレムを見て言う。
「我が主よ、名前を頂けますか」
黒髪の女がヤーナに向かって跪く。
「じゃあ、君はリサね。その名前はボクが一番仲のよかったお友達のだよ。
すごく綺麗でかわいい子だったんだ」
ヤーナがゴーレム、いや、リサの両手を取って話しかける。
「ありがとうございます。リサのすべては、我が主の物です。命を賭して生涯尽くします」
「ボクはヤーナ=エーデルツヴィッカー。こっちの猫ちゃんはリュシー=エーデルツヴィッカー、お姉ちゃんだよ」
「わかりました。エーデルツヴィッカー家の従者として、これからどうぞよろしくお願い申し上げます。何でもお命じください」
リサが恭しい挨拶をする。
「あーっ! もぅ! そういうのじゃないの! リサはボクの新しい家族なの。だから命令とかじゃなくて、普通にお手伝いしてくれるだけでいいんだよ」
「よくわかりませんが、かしこまりました」
リュシー猫がヤーナの肩に駆け上って言う。
「これはゴーレムじゃないわ。ホムンクルスよ」
「ホムンクルス?・・・何それ? ゴーレムじゃないの?」
「ゴーレムはただの操り人形だけど、ホムンクルスは人造人間よ。人語を解して話すゴーレムなど存在しないわ。ホムンクルスは魔法使いの禁忌でもあるけど、それを実現できた者はいない。だから問題にはならなかったの。ヤーナ、あなたやっぱり天才よ」
ヤーナはきょとんとした顔をしている。彼女にとっては当たり前の、特に難しいことをやったつもりがなかったからだ。
「でもね、前にも言ったけれど、その力は非常時以外、使ってはいけないわ」
ヤーナは、全裸で直立不動のままでいるリサに服を着せてあげた。服がなぜかメイド服だ。どうやら母が仕立てていた服らしいのだが、動きやすく作業にも気品が出るといって、何着も持っていた。小さく仕立て直した物を、ヤーナも受け継いでいた。
明らかにヤーナより背の高いリサが着ると、ミニスカートになってしまう。しかし今ある服はこれだけなのだ。
「さぁ、リサ。まずはこのお家を綺麗に掃除して。ボクも一緒に手伝うからさ」
「かしこまりました。ですがヤーナ様は、そのままお休みください。掃除は創造主たるあなた様がなさる仕事でありません」
「だ・か・ら! そういうのじゃないの! ボクとリサは家族なんだから、一緒にやるの!」
「は、はぁ・・・で、ではご一緒に」
メイド姿のリサが困惑した様子で首を傾げる。だが表情は無表情のままだった。