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ベルナルディーナの不文律  作者: 文乃 優
12/48

第12話 魔術一家

 裏聖典 - これは魔術と人間の物語である。


 今から約500年前。エルマー大陸には国や都市という概念がなく、小さな村々が寄り集まるのみであった。農耕や牧畜を営む民が質素に暮らしていた。厳しい自然に耐え、凶作や不作に悩まされながらも、細々とだが人々は大地に根差した生活を送っていた。

 変革は一人の男が、奇妙な現象を体現することから始まる。その日、男は畑の雑草を刈り取っていた。手元が狂い手を切ってしまう。作業中の切り傷はよくあることだ。だがそのまま土をいじり続ければ、化膿して大事になるかもしれない。仕方なく男は畑から上がり、治療のために自宅へ向かおうとした。

 作業を急ぐ男は「この傷が今直ぐ治ればいいな」そう強く思った。そして傷口をじっと見つめ、「傷よ、治れ!」思わず願望を口に出てしまった。

 何を馬鹿なことを。男はそう思った。だが、自分の傷が淡い光に包まれ、

みるみるうちに治癒していった。


「し、信じられない。なんだこれは!」


 男は驚きとともに強い眠気に襲われた。気が付くと畑の傍らで寝てしまったのか、夕暮れ時になっていた。男は村へ急いで帰り、家族や友人に自分の体験を話して回った。これが大陸で魔術が使われた最初である。


 男が手をかざして短く言葉を発すれば、どんな傷でもたちどころに治る。

噂が広まり、男は聖人のように崇められた。

 しばらく経つと男と同じように、魔術を使える者が何人も現れた。さらには、火を出したり小雨を降らせたり、動物を操ったりと様々な奇跡を起こせる者が次々と現れていった。1年も経つと、村中の者が魔術を使えるようになっていた。

 それからの人々の生活は大きく変わって行った。天候不順や作物の病気による不作が無くなった。果物や野菜の実を、大きく美味しくすることができた。もう飢えは脅威ではなくなった。病気や怪我で苦しむ者もほとんどいなくなった。

 ただし魔術には弱点があった。使った直後、極度の疲労感と倦怠感に襲われ、動けなくなってしまうのだ。そう、まるで睡魔に射抜かれたように、パタリと寝込んでしまう。


 村はあらゆる厄災から守られ、豊かな都市へと発展していった。50年後、村は大都市になっていた。そして、都市に住まう者も行き交う者も多くの人間が魔術が使えるようになっていた。やがて魔術は、大陸全土の民のほとんどが持つ普通の能力となった。

 その中に、魔術をより効率的に使おうと追求する者が現れた。魔術を研究する者。「魔術学士」と呼ばれた。魔術学士は人々が持つ魔術のすべてを収集し、一冊の本に纏めた。これが魔術の法を記した書物、「魔法術書」となる。

 それ以降、人々はこの本を以って魔術を学び、より良い生活を送れるようになった。術書に載っている魔術を一通り使えるようになった者は「魔法使い」として重宝された。

 時代を経るにつれ、魔法使いを多く抱える都市とそうでない都市とに貧富の差が生まれ始めた。魔術で自然をより強く制御できる都市は、作物を多く収穫することができるからだ。

 やがて魔法使いの数が少ない都市は、数の多い都市に支配されるようになっていった。多くの人口を抱え、魔法使いの多い大都市は貧富の差に基づいて身分制度を作った。金を持ち、魔法使いを多く抱える者は貴族と名乗り、その頂点に立つ者は王と呼ばれた。王と貴族が都市の自治を担い、栄華を極めた。一方、人々の間には貧富の差、身分の差から生じる不満が溜まって行った。


その大都市に優秀な魔術学士一家があった。エーデルツヴィッカーの一族である。

 父は「魔法術書」の作者の孫である。母は都市でも屈指の天才魔法使いである。長女がリュシー、次女がヤーナ。

 父は日頃から、娘たちに魔術の英才教育を施していた。魔術を覚え、魔法使いになることは将来の安泰に直結するからである。

 姉のリュシーは飲み込みが早く、あっという間にどんな魔術でも覚えてしまう。母親譲りの天才肌だった。一方、妹のヤーナは覚えが悪かった。


「お父さん、ボク、魔法習いたくない・・・」

「ヤーナ、どうしてだい?」

「だって、魔法使うと悪い人になっちゃうから」

「どういう事だい? 魔法は人々を平和にするとても良い力なんだよ」

「魔法を使うと眠くなるでしょ? でもボクは全然眠くならないの。それって普通の人とは違うでしょ? だからボクは悪い子なんだって」


 父はヤーナの言葉が信じられなかった。魔術が現れて約半世紀。その力の対価は精神力の消耗である。これが常識であり、不動の事実と信じられていた。

 精神力が特別に強い者は、消耗に耐えることができるため、連続で使うことができた。だがそれも稀なことであり、2回連続で使用した者は、何日間も目覚めないという激しい反動が知られていた。

 そこで父は、試しに強い魔法を使わせてみた。自らの体を浮遊させる。これには多くの精神力が必要だ。どんなベテランであっても、使い終わった途端、激しい疲労に襲われ、寝入ってしまうはずだ。

 しかし、ヤーナは魔法を使い終わってもケロりとしていた。それどころか、次々と魔法を連続で使ってみせた。そして使えば使うほどその力は強くなり、最後には郊外の原野へ瞬間移動までしてみせた。

 瞬間移動は「魔法術書」にも載っていない。つまりヤーナのオリジナル魔法ということになる。


「まさか・・・これはどういうことだ?」

「お父さん、だから言ったでしょ」


 これはただ事ではない。魔術の根本を大きく覆す大変な事態だ。父はそう直感した。


「わかった。もうお前には魔法は使わせまい。その代りお父さんの研究を手伝っておくれ」


 父は驚きと歓喜の入り混じった顔をしていた。魔術学士最大の目標、魔術の連続使用の可能性が目の前にあったからだ。

 それからというもの、ヤーナは父と研究室に籠ることが多くなった。ヤーナは大好きな父と一緒に過ごすことができるようになり、大満足の日々だった。


 そんなある日 - 事件は起きた。


「リュシー! リュシーはどこだい?」

 と父。


「あら、今日はお友達と街へ出たのではなかったかしら? そういえばもう帰る時間なのに・・・」

 と母。


 リュシーが行方不明になったのだ。街まで友人と遊びに出掛けたまま帰ってこない。友人はリュシーと街中で別れ、別々に帰宅したという。

 両親は血眼になって探し回った。しかしここは大都市。人口は数百万人。人探しは至難の業だ。一晩中、街を彷徨い必死で探すが手がかりすら掴めない。知り合いや友人にも頼み、手分けして探してもらったが徒労に終わった。


「手がかりさえないとなると、”魔法使い狩り”にでもあったのかもしれん」


 友人の一人が呟く。


 魔法使い狩り。これは貧富の格差が生み出した恐るべき犯罪であった。魔法使いは富の象徴であり、厄災を打ち払うことのできる貴重な人材である。しかし、魔法は連続で使用することができない。強い魔法となれば週に1度程度が限界だ。

 では、魔法使いを奴隷として”収集”すればどうだろうか。数を多くそろえれば、交代制により途切れることなく魔法が使える。そして莫大な富と力を得ることができる。そう考えた者がいた。これが”魔法使い狩り”である。

 魔法使いは強敵である。捕えようとしても1対1では難しい。ただし魔法使い1人に複数名でかかれば、少数の犠牲で捕えることができる。なぜなら一度魔法を使ってしまえば、激しい精神の消耗から魔法使いはしばらくの間抵抗できないからだ。

 魔法使いを捕え、弱みを掴み、脅迫することで、自分の駒として魔術を使わせ続けることができる。脅迫に使われるのは、主に魔法の使えない身内を捕えて人質にすることである。

 この時代、家族に魔法が使えない者がいた場合、それだけで一家滅亡のリスクを抱えることになる。

 

 リュシーは優秀な魔法使いである。しかし、ヤーナはどうだろうか。研究室に籠り切りで、ほとんど外に出ることはなかった。魔法を使えない子供と認識されていてもおかしくない。リュシーとセットで「魔法使い狩り」に狙われていた可能性がある。

 ヤーナの方は大丈夫だろうか。父は心配になり、急いで自宅の研究室へ向かった。

 ヤーナは研究室の片隅で、いつものように本を読んでいた。


「お父さん、お帰りなさい」

「ああ、ただいま」


 よかった無事だった。安堵するとともにリュシーへの心配がまたよみがえって来た。


「お父さん、どうしたの? お顔が真っ青だよ」

「ヤーナ。よく聞くんだ。お姉ちゃんが悪い人たちにさらわれたかもしれない。お前もこれから狙われるかもしれない。だから十分気を付けるんだよ。この部屋から出てはいけないよ」

「えっ? お姉ちゃん、どうなっちゃうの?」


 父はヤーナを強く抱きしめ、頭を撫でながら言った。


「大丈夫。お父さんが絶対に連れ戻す」


 これまで狩られて戻った魔法使いは皆無だった。だから狩られた者は戻らないという絶望の不文律があったのだ。


「でもボク、お姉ちゃんがどこにいるか知ってるよ」

「何だって!?」

「魔法を使えば直ぐにわかるよ」


 人を探索する魔法などこの世に存在しない。ヤーナが自分を慰めようとして、嘘を言っているのだろうと思った。


「本当だよ。今からお姉ちゃんのところに行こうよ、お父さん」


 そう言ってヤーナは掌を前に突き出す。


「瞬移」


 短く唱えると、父と娘は石壁に囲まれた小さな部屋へと瞬間移動していた。以前ヤーナがやってみせた瞬間移動だった。父は驚きよりもヤーナとリュシーへの心配が募った。


 移動したそこは牢獄だった。石壁の一面には鉄製のドアがあり、鉄格子の嵌められた小窓になっていた。小窓からはたいまつの灯が差し込んできている。

 牢獄には先客がいた。足を鎖に繋がれ、服はひどく汚れている。鉄格子からの光に照らされたその顔は娘のリュシーだった。


「お姉ちゃん!」

「ヤーナ! それにお父さん!信じられない・・・。どうやってここへ?」

「話は後だ。早くここから出よう」

「でも3人じゃ魔法は2回しか使えないわよ」


 魔法で鎖を切って、さらに牢獄の扉を破ったらもう魔法は使えない。精神の消耗で動けなくなった2人を、動ける1人が抱えて脱出しなければならないのだ。牢獄に見張りがいたら、どう考えても脱出は不可能だろう。


「ここの門番は4人いるわ。無理ね・・・」


 溜息をついてリュシーが言う。


「お姉ちゃん、お父さん、ボクに任せて」


 ヤーナがにっこりと笑う。

掌をゆっくりとリュシーをつないだ鎖に当てる。


「斬鎖」


 パキィィーン。小さく高い金属音ととともに

鎖が破壊され砕け散る。


「ヤーナっ!」


 リュシーが慌ててヤーナを支えようとする。魔法を使ったあとは必ず寝入ってしまうからだ。だがヤーナは平然と微笑んで立っていた。


「大丈夫だよ、お姉ちゃん。ボクについて来て」

「お父さん、これは一体・・・?」

「これまで言わなかったが、ヤーナは魔術の常識の外に居るらしいのだ。

ここへ移動してきた術も魔法術書には載っていない。つまりヤーナのオリジナルなんだ」


 父とリュシーが会話をしていると、激しい破裂音とともに牢の分厚い扉が破壊され、外側に飛び散っていた。


「お家に帰ろう、お姉ちゃん」


 リュシーが驚きの顔でヤーナを見つめる。目の前で起きていることは現実だ。魔法が連続で使用されるのを見たのは初めてだった。自分は奇跡を見ているのだろうか。驚きのあまり茫然とする。

 

 3人が牢の外へ出ると、多くの牢が連なった牢獄長屋が広がっていた。先の見えない長い廊下に沿って、数えられるだけでも50部屋は見て取れた。


「ここは本当に魔法使いを物として扱う奴隷部屋なのね。・・・なんてあさましい光景。まるで人間の欲望が形になったみたい」


 リュシーが痛ましい顔で呟いた。人間が力を手に入れ、さらに富むためだけに心を失った醜悪な象徴がこの牢獄なのだと思った。

 ヤーナはリュシーの悲しい表情を見て、この牢獄群が禍いの素なのだと子供心に感じ取った。


「みんなボクの手にギュっと掴まってて」

「ヤーナ? 何をするの?」


 そう言って父と姉はヤーナの小さな両手をしっかりと掴んだ。


ヤーナが鋭く唱えた。


「爆気」


 天地を揺るがすような凄まじい轟音とともに、ヤーナの周囲から球体状に空気の壁が猛烈な勢いで拡散していった。空気の壁は質量を持った衝撃波となり、牢獄の壁や床、天井までも破壊しながら突き抜けて行った。

 気が付くとヤーナ達3人が立っている床以外のすべてが、綺麗に吹き飛んでいた。外だ。夜の月が煌煌と輝いていた。ヤーナは太陽のような笑顔で言った。


「全部壊しちゃった。でもこれでお家に帰れるね」


「浮翔」


 3人の体がゆっくりと宙へ浮かび上り、今しがたヤーナによって破壊し尽された牢獄を上空から眺める形になった。

 そこに広がる光景は、なんと町の郊外にそびえ立つ貴族の住まう城だった。今となっては、破壊された貴族の城の跡地だが。

 つまりリュシーを誘拐した犯人は、大都市を統べる貴族その人ということになる。他国、いや他の貴族に負けじと自分の権力と富を高めるために、魔法使い狩りをしていたのだろう。


 ヤーナが城を破壊したことで、他に捕えられていた魔法使いも解放されたに違いない。しかし、あれだけの衝撃波だ。巻き込まれて生きていない可能性もある。リュシーは心配になった。


「お姉ちゃん、大丈夫だよ。お城を壊す前に牢屋の人たちは、ちゃんとお家に帰しておいたから」


「えっ?・・・どういうこと?」


 リュシーは2つの驚きが重なって少し混乱していた。1つは口にも出していない自分の考えを悟られたこと。そして「家に帰しておいた」という発言から類推される聞いたことのない魔法である。


「壊す呪文と移動させてあげる呪文を同時に使ってみたの」

「ヤーナ・・・あなた・・・」


 信じられないことに、ヤーナは破壊魔法と瞬間移動魔法を掛け合わせ、同時に発動させていた。

 魔法の複合技は、事例としてはある。息の合う数人が集まって、相性の良い魔法をぶつけ合うと相互作用して効果が高まったり、持続時間が長くなったりするのだ。

 だが1人で、しかもここまでの規模で、複合魔法を使える者など聞いたことがない。原理的に不可能だ。


「牢には全部で何人いたんだい?」

 と父が聞く。


「うーん、200人くらいかなぁ」


 200人を同時に瞬間移動させる。つまり通算200回の魔法を、コンマ何秒かで連続発動させた計算になる。仮に魔法の連続使用が可能だとしても、普通の者なら精神が崩壊してしまう。それを事もなげにやってのける娘に、どういう眼差しを向ければよいのだろうか。事があまりに大きすぎて軽く眩暈がした。


 しかも、貴族の城を丸ごと衝撃波で吹き飛ばすほどの破壊魔法は前例がない。破壊魔法は、魔法術書にも載っている初歩的な魔法だ。だがその威力は、せいぜい樹木一本を切り倒す程度である。記録では、家一軒を衝撃波で破壊した魔法使いがいたが、その反動で精神が消耗し、二度と意識を取り戻さなかったという。

 ましてやヤーナの壊したものは、堅牢な石造りの巨大な城だ。魔法だけで破壊することなど不可能だ。魔法使いが1万人集まって複合魔法を成功させればあるいは可能かもしれない。

 それを軽々とやってのけたヤーナ。本人は空を飛びながら無邪気な笑顔を

浮かべている。


「お腹空いたね。そういえばもう夕飯の時間だよ。お母さんに美味しいご飯作ってもらおうよ」

「あ、ああ・・・」

 

 父は驚愕の中にいて急には反応できなかった。ヤーナの言葉もほとんど耳には入っていなかった。

 「天才」という言葉では収まらない。もはや万能の神に近い。向かうところ敵なし。富も権力も思うがままだろう。


* * *


 3人はふわりと着地した。自宅の庭である。


「ヤーナ、もう魔法を使ってはダメよ」

「どうして?」

「どうしてもよ」

「意味わかんないよ、どうしたのお姉ちゃん?」

「じゃあこうしなさい。魔法は誰かを助ける時だけ使うこと。そうすれば、お姉ちゃんはヤーナのことがもっと好きになるから」

「うん、わかった!」


 嬉しそうな顔をして素直な返事をする。


リュシーが言ったことはおそらく正しい。これほどまでの力だ。大陸を制することも夢ではないだろう。しかし、それはヤーナが孤独になることを意味している。その力を狙い謀略を仕掛けてくる者もいるだろう。

 力に従い、そして従われるだけの関係は、誰にも心を開けないということだ。強すぎる力は、どんなものであっても自分も周りも不幸にする。

 父もヤーナに魔法を使わないようきっちり念を押した。

その日以降、父は魔術研究を辞めた。家族とともに平凡に、そして幸せに生きて行こうと決心した。

 だがその幸せな生活は、長くは続かなかった。街で大規模な粛清が始まったからだ。

長い歴史の語りの章に入りました。

謎もいろいろと解けて行きます。ご期待ください。

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