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ベルナルディーナの不文律  作者: 文乃 優
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第1話 惨劇の姫

複数のストーリー性のある小さな物語を並行させ、それぞれを書きながら、上手くつなげる実験を兼ねて書いています。

 全体的なストーリー展開に一本筋を入れてから書き始めるやり方ではなく、プロットが浮かんだシーンから順に書下ろし、後でグランドデザインに

はめ込んでいくのが、割と性にあっているようです。

 最後のオチを置かずに筆を進めるのは初めてです。手際の悪いところもあると思いますが、この世界にお付き合い頂けたら幸甚です。

人は死んでも蘇ることができるのだろうか?

答えは否だ。滅んだ肉体を修復できたとしても、そこには魂が宿っていない。

しかし、いつの時代も死んでしまった人間を蘇らせることに挑戦をするのが人の性だ。

 この禁忌を体現した者がいる。公国連盟の盟主、カサブランカ公である。


カサブランカ公と一人娘のロキは、馬車で街に買い物に出ていた。その日は雨で肌寒い日だったが、かわいい娘のおねだりに負けて、朝から街に繰り出すことになったのだ。

 ロキは大層美しく自慢の娘だった。年は今年で18才。聡明で気の利く優しい娘だった。明るく屈託のない性格でそれを慕う者も多かった。貴族階級に友人も多く、将来はさぞ高貴な身分の家へ輿入れするものと思われていた。

 親子で腕を組んで街を歩く。カサブランカ公はご機嫌だった。普段なら供の者が護衛のためにつく。だが今日は親子水入らずを決め込み、あえて従者をつけていない。公みずから娘をエスコートしていた。いわゆる「お忍び」だ。

 目の前のショーウィンドウには多くの陶器が並ぶ。どうやら親子の目当ては食器のようだった。


「お父さま、あのハートが付いたティーカップ、造りがとっても美しいと思いません?」

「そうだね。今まで使っていた紅茶用のカップにも飽きていた。よし一つ買って行こうか」


ロキがパッと顔を明るくする。この分だと、おねだりしなくてもカサブランカ公は店ごと買ってしまうかもしれない。まさに目に入れても痛くない愛娘である。

 ただ悲劇は唐突に訪れるものである。


カサブランカ公が店に入ろうとドアノブに手をかけた。その刹那、銀色に光る筋が奔った。光はロキの肩をかすめると、スッと消えた。カサブランカ公たちの前には、真っ赤なローブを目深に被ったみすぼらしい男が立ちふさがっていた。


「な、なんだね君は。私は店に入りたいのだ、どいてくれないか」


男は素早く横に避け、親子に背を向けて通りを歩き始めた。


「貴方と娘さんに大いなる祝福を!」


捨て台詞を残して街の雑踏に消えていった。


「ああいう妙な輩が居るからお前を一人で街に出す訳にはいかんのだ。なぁロキ」


愛しの娘の肩に手を置く。公は違和感を感じた。妙に軽い。

 「ポロリ」と娘の首が落ちた。まるで壊れた人形のようだった。店舗前の道に落ちたロキの首は、ころりころりと転がり公と目があった。娘はいつもの優しい顔をしていた。

 あまりに突然で何が起きたのか理解できない。現実に頭が全然ついていっていなかった。まるで出来の悪い冗談のようだった。

 娘の胴体から噴水のように血が噴き出す。赤い液体でカサブランカ公が頭からずぶ濡れになる。


「あぁ、あぁぁっー。娘が漏れてしまう、漏れてしまう」


慌てて胴体に縋りつき、血が噴き出さないよう必死で押さえる。辺りに強い血の匂いが立ち込める。街を歩く婦人たちから悲鳴が上がる。

 首を斬られて立ち尽くす娘の胴体。漏れだす血を押さえる父親。その様子を地面から優しい笑顔で見上げる娘の首。この世に狂気の絵があるとすれば、これだろう。


カサブランカ公は娘を失って以来、屋敷に籠り切りになった。多くの使用人達にも暇を出し、古くから仕える執事だけを残した。執事たちにはある仕事を命じた。回収した娘の遺体の扱いについてだった。

 斬り落とされた首を胴体と丁寧に縫い合わせてつなげさせた。そして永遠に娘と居られるようにと最先端の防腐処理を施し、屋敷の一番大きな部屋に娘を置いた。

 秀麗な装飾の椅子にチョコンと座るロキの姿は、生前のそれと変わらない。ただもう娘は自分で動くことはない。

 この行為自体、狂気の沙汰である。国の風紀を乱す行為であった。しかし、カサブランカは盟主である。権力と財力で隠ぺいすることは簡単だった。


街では美しき令嬢が非業の死をとげたことで、様々な憶測や噂が飛びかった。痴情のもつれ、未知の奇病、怨恨による暗殺・・・噂が噂を呼び、尾ひれがついて隣国まで流布されていた。一部には「カサブランカの首なし姫」と呼ぶ者さえ現れた。


カサブランカ公は、どうして娘が死んだのか、悲劇の原因には関心がなかった。ショックがあまりにも大きすぎて、毎日悲嘆にくれるばかりであった。

だが半年も過ぎると、娘に死をもたらしたものの正体が気になっていた。


「・・・銀の光」


そうだ、あの時の赤いローブの男。そして銀の光。去り際の台詞。アイツがロキを殺したのだ。直観的にそう思った。

 カサブランカ公は持てる人脈のすべてを駆使してローブの男と銀の光、そして娘の奇異な死に方を手掛かりに探索を行なった。

 しかし手がかりは一向に見つからなかった。諦めかけていたある日、屋敷を訪れる者がいた。男は神聖帝国の司教シストと名乗った。その名には聞き覚えがあった。


神聖帝国は、公国連盟の西に位置する宗教国家である。教皇を中心とした一神教であり、この世界を創造したと言われる女神マルグレットを信仰していた。穏やかな布教活動を旨とする古い国家である。創造神は慈愛と豊穣の象徴であり、他人を助け、誰もが豊かに暮らせる和平の教えを説いた。その穏やかな教えが、太平の世にあっていたせいか、今や大陸全土の9割は創造神の門徒である。

 カサブランカ公も熱心な創造神の信者であった。教会にも多額の寄付をしており、毎週末の祈りも欠かさなかった。

 シストはカサブランカが多額の寄付をしている教会の大司祭の上役に当たる人物だ。祈りの場で何度か説教をしていたのを覚えている。


「カサブランカ公、このたびはお悔やみ申し上げます。神もきっとお嘆きです」

「しかし未だ犯人の尻尾すら掴めません。ロキを無残にも殺害した者は地獄に堕ちるべきです!」


ワナワナと震えながら公は口角に泡して椅子の肘掛を激しく叩く。カッと見開かれた眼には半分狂気が宿っている。あまりに惨たらしい娘の死を目の当りにしてしまったのだ。無理もないだろう。


「どうか落ち着いてください。私は貴公の娘に【神の祝福】があることを知らせに来たのですよ!」

「・・・どういう事でしょう?」

「教会まで来ればわかります。これから参りましょう」


教会は街から外れた農村部にある。馬車を駆っても2時間はかかる。

 教会に何があるというのだろう? 死者に対する【神の祝福】とは何だろうか? 幼い頃から教会で散々聞かされてきた【神の祝福】。女神様がどのような厄災も取り除いてくれるという奇跡。病に倒れた者、貧しい者、悩める者・・・あらゆる者を救ってくれる最高の救済とされている。しかし、それはあくまで”生者”に対するものである。”死者”に対するものではない。

 だが、わざわざ隣国から司教が訪れて来るくらいだ。単に娘の鎮魂をしに来たというわけでもないだろう。もしかしたら、娘の死の手がかりが掴めるかもしれない。公は執事に命じて馬車を用意させ、シストと共に教会へ奔った。

 これが公国連盟はおろか、大陸全土を巻き込む動乱へと激変を引き起こす巨大な陰謀の始まりとも気づかずに。


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