家庭の事情と大事な話
家の遠さもあって、結局自宅に帰ったのは十時すぎだった。まぁ、別に門限とかはないので気にすることは無いのだが。
「ただいまー。」
「おう、陸か。今日は遅かったな。蒼夸ん家行ってたのか?」
「うん。まぁ…て、何で知ってんの!?」
「親をなめるなよ。」
恐ろしい親だ…
「結局蒼夸とは離れなかったのか…」
「…」
「…まぁ、気にするな。」
「え?」
「こうなっちまったんじゃしょうがない。頑張って蒼夸を幸せにしてやれよ?あいつ、一人なんだから。」
「…え?」
「えって何だよ、えって。」
「一人ってどういう事だよ…」
「あ?話してないのか?あいつ。」
「どういう…」
「あいつ、親に捨てられてんだよ。」
「…」
それでか。家がああなってたのは…
「どこ行く気だよ。」
今さら誤魔化せないだろう。
「蒼夸ん家。」
「止めとけ。」
「何でだ。」
「聞かなかったことにしろ。」
「は?」
「蒼夸を傷つけたいのか?」
「…」
「いずれ蒼夸から話が有るだろう。それまでは耐えろ。」
「…だ。」
「?」
「いつからだ…?」
「知らん。」
「嘘つけ。」
即答した。確証は無かったが。
「…八年前だ。」
珍しく父が押し負けた。いや、もしかしたらこれ以上は詮索するなという忠告かもしれない。
「俺が引っ越した時か。」
「…」
「俺が関係してるのか?」
「…」
一向に答えは帰ってこない。
「…陸。」
「何だ?」
「交渉だ。」
「は?」
「俺は一個だけ質問に答えてやる。その代わり、俺の質問にも一個答えてもらう。」
「構わない。それで、さっきの質問は?」
「答えは『YES』だ。」
「…!!」
俺が悪いのか。ということは、その代償として俺はこの地を去ったのか。そして、蒼夸は親に捨てられた。じゃあ何故俺たちは此処に戻ってこれた?
「親父…」
「質問は一個までだといっただろう。次は俺の質問に答えてもらう」
「…」
「蒼夸に親しい奴で、怪しいやつは居ないか?」
「?」
どういうことだ?うちのクラスに、怪しい人なんて…
『早くなさい。蒼夸が死ぬわよ。』
『引き返せなくなるのは覚悟なさい。』
「あ…」
「誰か居るのか?」
「永久子かな…」
「…本名は?」
「鳥羽永久子。」
「…」
「親父?」
「分かった。有り難う。」
そう言い残し、親父は自分の部屋へと戻っていった。
翌日
「おーい、陸ー。」
親父の声だ。昨日の事などなかったかのように、声を上げている。
「何だー。」
「蒼夸ちゃん来てるぞー。」
「!?」
今日は休日。そして、まだ朝六時。
仕方なく、パジャマのままで玄関を出る。
「…どうしたの?蒼夸。」
「これから暇?」
朝六時に言われる台詞ではない。
「まぁ、暇だけど。」
「じゃあ、ちょっと出掛けない?」
蒼夸が少々赤くなりながら話す。
「別にいいよ。すぐ支度するから待ってて。」
そう言い残し、もう一度家のなかに戻る。
「陸。」
「んぁ?」
「あの事だけは話すなよ?」
「ん。」
あのときは冷静じゃ無かったのであんな行動に出たが、よくよく考えれば、それを隠している蒼夸に話せる訳がない。
私服に着替え、家を出る。
特に行き先は決まっていないらしく、どこ行こっかと声をかけてくる。取り敢えず、無難にカフェに行くことにした。
やたら長い名前のものを注文する勇気も気力もないので、普通にブラックコーヒーを頼む。蒼夸も同じだった。客は殆どおらず、テラスに数人いて、店内は俺達だけだった。
コーヒーを一口すすり、ふと蒼夸の方を見る。
蒼夸が少し泣きそうになってた。
「どうした!?」
「苦い…」
ブラックコーヒーを初めて飲んだようだ。急いで机の上のミルクと砂糖を入れてやる。蒼夸がもう一度ミルクをすすり、少し笑顔を綻ばせた。
「ビックリしたぁ…」
「こっちの台詞だよ。何でブラック頼んだの?」
「いや、知らないのしか無かったから、陸が頼んでるやつだったら大丈夫かなぁって。」
「ダメだったね。」
「うん。ダメだったよ。」
二人で笑った。
他愛のない会話が弾む。続く。
でも、本当に話したいことはそんなことじゃないんだろ?
顔色を見ていれば分かる。これはあくまで余興に過ぎない。今日、俺の家に来たのは出掛けたかったからじゃない。話に来たんだ。
「蒼夸。」
「ん?」
「話したいことがあるんだろ?」
「…お見通しかぁ。」
蒼夸は静かに微笑んで会話を切った。
「正直、話そうかどうか悩んでるの。陸を巻き込んでいいものか。それに、貴方にこんな話して、引かれないか…」
俺はそっと、机の上にある蒼夸の手に手を添えながら、返した。
「俺は蒼夸を信じてる。」
すると、蒼夸は涙目になって、返した。
「やっぱり、敵わないなぁ。」
すぅ、と蒼夸はゆっくり息を吸った。そこにいたのは、同い年とは思えないほどの貫禄をもった少女とも思えるような、真面目な蒼夸の顔だった。
「あのね…」
ずん。
衝撃が走った。
精神的なものではなく、身体的な方だった。
身が空に投げ出された。机は飛び、窓ガラスは割れていた。
俺は蒼夸の位置を確認し、手で引き寄せ、抱き抱えて自分が下になるよう、向きを調節した。
死を覚悟した。
しかし、その数秒後には蒼夸は俺を抱き抱え、着地していた。何という運動神経だろう。そう言えば、前も俺を抱き抱えて窓から飛び降りてたっけ。ともかく助かった。
俺は衝撃の震源の方を見た。そこには、朱い髪に朱い目をした、少年と少女が突き破った天井の真下に立っていた。
「あの子かな。」
「多分。隣の男はどうする?」
「殺っちゃおっか♪」
「だねー♪」
何やら恐ろしい会話をしている。
「とことん邪魔が入るなぁ…」
蒼夸は静かに呟いた。
「じゃあ、その子を捕らえれば、焔守軍の人員をぐっと増やす方法を教えてもらえる訳ですか。」
「あぁ、多分な。」
「試してみる価値は有りそうですね。
苫部さん。」
「しかし、今さら焔守軍の人員を増やす必要、あるのか?もう、水守軍は壊滅的どころか、あいつで最後なんだろ?」
「いえいえ。利用するのは次回ですよ。次の戦いに備えるんです。」
「なるほど。」
「しかし、何でまた一度裏切ったあなたがまた此方に?」
「ちょっと事情がありまして…此方も信じていただけて助かりますよ。」
「困ったときはお互い様ですわ。」
「ははは…」
陸の父の苦笑が、とても静かな冷たい部屋に響いていた。