昔の蒼夸と苫部の答え
結局、学校の始業には間に合わなかった。
放課後、担任に小言を小一時間ほど言われ、漸く釈放された。
「聞いてみるか…蒼夸に…」
勿論、今朝のことだ。あれはもう、俺の中で現のことだと決着が着いた。その上での話だ。
誰が俺を気絶させたのか。蒼夸の言いたかった二つ目のこととは何か。
…しかし、あまり気が向かない。告白されておきながら、返事もせずに違う話をするのは、人としてどうなんだろう。
付き合う…か…
蒼夸と買い物行ったり、手繋いだり、
デ、デートとかしたり…
「うわぁぁぁぁぁ!!」
思いっきり頭を掻きむしる。
なに考えてるんだ!!俺は!!思い上がるな!!
それに、蒼夸だぞ!?
『昔からの思い人で』
永久子の言葉を思い出す。
昔から…
最低でも小二より前。
八年間、ずっと片思い。
どれだけ辛かっただろう。
どれだけ苦しかっただろう。
正直いって、蒼夸は凄く可愛いと思う。
ルックスもスタイルもいい。性格もいい。
あれで、モテないとはとても考えられない。
「そうだよー。蒼夸、凄いモテるよー。」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
永久子がすぐそこにいた。
「気配消して近づくなぁぁぁぁぁ!!」
「消したつもりはないよ!?」
呼吸が落ち着くのを待つ。
「…で、何故考えてることが分かった…」
「あれ?図星だった?」
「あぁ、そうだよ!思考回路が単純で悪うございました!!」
「まぁまぁ、自棄にならずに。ただ、蒼夸から、告白したってこと聞いたから…陸くんどんな反応するかなぁ、って気になって来てみただけだよー。」
「…成る程。」
まぁ、取り敢えずこれで今朝のことは現で確定した。
「あ、それで、さっきの話だけどね。蒼夸、昔っから凄いモテるのよー。凄いときは一月に告られ回数二桁いったこともあるし。」
「そんなにか!?」
「うん。中学の頃人気No.1の男子に告られた時もあってねー。」
「そんなにか…」
「でも、全部断ってたわ。『ご免なさい。私には好きな人がいるから。』って。そしてついに運命の出会いが!!って感じで君がこっちに越してきたって訳なの。」
「はぁ…」
「ま、そういう訳で、じっくり考えなさいな。
ただ…」
「ただ?」
永久子は音も発てずに俺のパーソナルスペースの境界を越えてくる。相変わらず動きの初期動作は読めない。
「引き返せなくなるのは覚悟しなさい。」
そう呟き、永久子は離れていった。
「?」
なにが言いたいのか、全く分からない。
もしかしたら、永久子は本当の電波系か中二病なのかもしれない。
決心が固まったところで、俺は教室に戻った。
まだ、クラスメイトが多数残っている。そこから蒼夸を探しだし、声を掛けた。
「蒼夸。」
「は、はい!」
かなり緊張しているのが、目に見えて分かる。
こっちも十分緊張しているけど。
「今朝の事なんだけど…」
蒼夸の唾を呑み込む音が聞こえる。
「…」
「…」
蒼夸を直視出来ない。
状況としては俺が立ってて、蒼夸が座っている、つまり今、蒼夸は俺のことを上目遣いで見ている。緊張してか恥ずかしさからか、顔はいつもより赤めだ。髪が蒼と補色のため、より赤が際立っている。
可愛い、けど、これは反則だろ!!
「…ゴホン。」
取り敢えずこの状況を打破するため、俺も近くの椅子に座る。これで上目遣いは無くなった。
「で、返事なんだけど…」
「う、うん。」
「正直、蒼夸は凄く可愛いと思う。俺と付き合うなんて勿体ないくらい。」
「…」
蒼夸はただじっとこちらを見ている。
「俺も考えたんだよ。色々と。でも、俺はあんまり蒼夸のこと、知らない。」
「…」
蒼夸は何も言わないが、微かに落ち込んだ表情になったように見えた。
「蒼夸は昔の俺のことを覚えていてくれたけど、俺は覚えてなかった。親父から聞いて、初めて昔ここにいたことを思い出した位だ。」
「…」
蒼夸の目は少し潤んできている。
「はっきり言えば、俺は蒼夸を幸せに出来るか分からない。それに、蒼夸は俺と出会わなくて、綺麗な記憶の中の俺をそのままにしておいた方が良かったのかもしれない。そう思ったんだ。」
「…」
蒼夸が少し下を向いた。
「…でも。」
「…!」
まだ話が続くということに驚いたのか、蒼夸が顔を上げた。すでに涙は溢れそうなほど目頭に貯まっている。
「その気持ちを抑え込むくらいに、蒼夸が好きだっていう気持ちがあった。一緒にいたい、そんな気持ちがとても強かった。転校してきて間もないのにこんなこと言うなんて可笑しいと思うかも知れないけど…」
蒼夸はふるふると首を横に振った。慣性が働き、勢いに任せて涙が飛び散る。
「…さっきいった通り、俺は蒼夸を幸せに出来るか分からない。だけど、幸せにするための努力は惜しまないつもりだよ。俺も彼女とか作ったことないから、全然そういうの分かんないし、お互いに試行錯誤しながらみたいになっちゃうけど…それでも良かったら、俺と付き合ってくれないかな?」
さっき、必死になって考えた返事を何とかいい終えた直後、蒼夸は涙ぐんだ顔を上げ、とても幸せそうて自然な笑顔で頷いた。
俺がほっと胸を撫で下ろした所で、蒼夸が俺に飛び付いてきた。
「良かった~!!」
「ちょっ、蒼夸!?」
「だって、最初の方だけ聞くと、振られてる感じだったんだもん!!」
む、そこまで考慮してなかった。
「ごめんごめん。」
そういって、地毛だという、蒼穹と言い表せそうな真っ蒼な髪をゆっくりと撫でた。
「おぉー。」
歓声が上がった。
教室に残っていたクラスメイトは、一人残らずこちらを向いて、拍手していた。
「ちょっ、恥ずかしいから止めて!!ねっ、蒼夸!!」
蒼夸に同意を求めた、が返事はない。
「蒼夸…?」
そっと顔を覗いた。
とても幸せそうな顔で眠っていた。
俺は少し唇を綻ばせて、蒼夸の家の場所をクラスメイトに尋ねた。