語部さま
わたしの町には語部さまの噂がある。
語部さまは夢に出てくるお化けで、色んな怖い話を聞かせてくる。そしてその話を最後まで聞いて「お話ありがとうございました」って言うと、ちゃんと現実に帰してくれるけど、途中で逃げたりお話を遮ったりすると良くないことが起きる。
なんでそれを知ってるのかっていうと、四年生のときに色んな人に語部さまの話を聞いて調べ回った挙げ句「今度わざと語部さまの話を無視してみるんだ」って言った子がいたから。
そしてその子は、二度と帰ってこなくなったから。
死んだとか、行方不明になったとかじゃない。
でも大人たちはその子のことを「もう帰ってこない」って言っていた。
わたしはその子とご近所さんだったから知ってるんだ。ある朝お母さんが起こしに行ったら、ベッドの上に赤ちゃんみたいに足を投げ出して座ってて、ゲラゲラ大声で笑いながらよだれを垂らしてお漏らしまでしていた。聞き取れなかったけど、なにか譫言みたいに喋ってた。
救急車に乗せられて運ばれていくあいだ、その子のお母さんも小さい子供みたいに大声で泣き叫んでいたのを覚えている。いまでもそうだけど、わたしにとって大人は子供みたいに泣いたり喚いたりしないものだった。笑ったり怒ったりはするけれど、大人が泣くっていうのは滅多にないことだから、凄く衝撃的な出来事だった。周りにたくさん人がいるのに、お構いなしに縋り付いてて。わたしの目にはお母さんも変になってしまったように見えた。
「あの子は語部さまに反抗すると息巻いてたそうだ」
「馬鹿なことを……連れて行かれたらもう帰ってこん」
様子を見に来たお年寄りの言葉は、いまでもはっきり覚えている。
だからわたしたちは語部さまと夢で会ってもお話を聞くだけで、話しかけたり話の邪魔をしたりはしない。
皆、語部さまがお話ししたいだけのお化けだって知ってるから。
* * *
五月十二日、東京から転校生がきた。
オシャレで可愛くて明るい子。だけど、二言目には「東京では~」って言うから、女子からはちょっと嫌われてた。わたしも話しててダサい田舎者って思われてるのが伝わってくるから、あまり好きじゃなかった。
父親の仕事の都合で仕方なく転校してきたって言っていたし、ふてくされたような態度からもこんな田舎には来たくなかったって雰囲気が出てたから、皆して転校生を遠巻きにしてた。
イジメにまではならなかったけど、見てればわかるくらいハブられてて。でも一応話しかけられたら答えるし、グループ学習のときは入れてあげてるし、挨拶まで無視したりはしないから、先生も注意できないみたいだった。
そんな、クラスの空気がちょっと微妙になってきたある日のこと。
「昨日、語部さまに会っちゃった」
「それ、話しちゃだめだよ? 特にあの子にはね」
転校生が来るまではクラスで一番可愛いって言われていた子が、語部さまのことを話した。
「だって余所者だもんね」
「語部さまを知らない子はうちらの仲間じゃないからね~」
「でも、別にいいんじゃない? 田舎者の仲間入りなんてしたくなさそうだし?」
「あ、そっかぁ」
そう言って、わざとらしくクスクス笑う。
わたしたちは皆、転校生に一番を取られて悔しいんだろうなって気付いてた。でも話しかけても田舎者扱いされるだけだから、助けたがる子はいなかった。わたしも、皆と同じ。いじめる気はないけど、関わりたくもない。馬鹿にされてまで庇う意味もないし。
うっすらとしたバリアがある感じの空気感。それはきっと転校生も感じてたんだと思う。教室にいるあいだ、ずっとつまんなそうな顔をしていたし、授業が終わったら誰とも話さないですぐに帰っちゃってたから。
でも、自分でこんなところ来たくなかったって言ってたんだから仕方ないと思う。誰だって住んでるところをつまんない田舎だなんて言われたら、仲良くしようなんて思えないもん。
「ねえ、語部さまってなに?」
先生のお手伝いでプリントを特別教室に運んでいたら、転校生に話しかけられた。周りに誰もいない、夕暮れ時のことだった。
いつもは黙ってすぐ帰っちゃうのに、なんで今日に限っているんだろう。
「……ただの噂だよ」
無視して通り過ぎようとしたら、わざと立ちはだかって邪魔をされた。無理に横を通り抜けようとしてプリントを落としちゃっても嫌だし、仕方なく足を止める。
「でも、皆知ってるって」
「この町に住んでる人はね」
「あ、じゃあやっぱり、私が余所者だから教えてくれないの? 田舎者って陰湿ぅ。そうやって余所者扱いして仲間外れにするんだ」
「そういうわけじゃ……」
何だかわたしまであの子たちみたいな意地悪でハブってるって言われたみたいで、つい反論してしまった。そしたらやっぱり教えてほしいって粘られて。田舎者だって馬鹿にするくせに、その田舎者の噂なんかが気になるなんて変なの。
言っても言わなくてもやたらと馬鹿にしてくるし、話すまで解放してくれなさそうだったから、わたしは語部さまの噂を話した。
語部さまは夢に出てくるお化けで、怖い話を聞かせてくるだけの存在だって。
「大昔に惨殺された人とかそういうのじゃないの?」
「そんな話は聞いたことないけど……」
別に、そういったいかにもホラーらしい逸話はなかったと思う。
わたしが知らないだけの可能性もあるけど、たとえそうだとして夢で会ったら話を聞くってことに変わりはないし。
「ふぅん、変なの。やっぱ田舎って意味わかんない」
偉そうな一言と共にやっと解放されたわたしは、転校生と別れて家に帰った。
自分で話してみて思ったけど、語部さまの噂って怖がらせるために作られた怪談とちょっと雰囲気が違う。当たり前に身近にあって、言われたことを守っていれば別に悪いことも起きない。確かに語部さまのお話は怖いけど、聞きたくないって邪魔するほどでもなかったし。
「……? こんな時間に何だろ……」
晩ご飯を食べてお風呂に入っていたら、外が何だか騒がしくなってお父さんが外に飛び出していった。何事かと思ってじっと耳を澄ませていると、遠くからあり得ないくらい大声で笑う声がして、お湯に浸かっているはずなのに寒気がした。
去年に見た、あのときの光景が蘇る。忘れたくても忘れられない。わたしはあの日よく知るクラスメイトが別人に変わってしまったのを見たから。
ビクビクしながら体を拭いてパジャマを着てから居間に出ると、不安そうな顔したお母さんが寄ってきた。
もうその頃には、わたしは転校生との会話なんて忘れてたんだけど。
「あの、余所の子が語部さまに連れて行かれた」
お母さんの一言で、全身に鳥肌が立った。お風呂上がりで温まってたはずなのに、体温が一気に下がったみたいに感じた。
外からは悲鳴にも似た笑い声が聞こえてくる。
前に連れて行かれた子と違って、外に出てきているみたい。だから、色んな家から大人たちが出てきて取り押さえようとしていた。だけど女の子とは思えない凄い力で暴れて、結局警察が来るまで転校生はずっと暴れっぱなしだった。
開きっぱなしの玄関から、恐る恐る外を見た。通りの先、誰かが暴れている。上を向いて笑い声を上げて、そうかと思えばなにかを叫ぶ。
クラスで一番可愛かったのが嘘みたいに髪を振り乱して、口からは泡を吹いてて、パジャマのズボンが濡れてて。誰よりもオシャレだったのに見る影もない。
「お母さん……誰もあの子んちに語部さまのこと言わなかったの?」
「言ったわよ。でもあの子のお母さんは馬鹿にしたように笑って『田舎っていまでもそういうことあるんですね』って言ってたから、きっと信じてなかったのね」
「自治会長さんのところへ挨拶にもいかなかったようだしねえ……親子揃って田舎だなんだと態度が悪くって。誰も関わりたがらなかったよ」
お母さんとおばあちゃんが、呆れたように言った。
まさか大人である彼女のお母さんまでもが田舎だって馬鹿にしていたなんて。人の住んでるところを馬鹿にしたら嫌がられるなんて当たり前なことを、大人になってもわからない人がいるなんて。
わたしと同い年の転校生が田舎を嫌がるのはまだわかる。わたしだって、いきなり明日から東京で生活してくださいって言われたら上手く馴染める気がしないし。でも大人はそういうの、もっとちゃんと出来ると思ってた。
「わたしも、今日の放課後あの子に語部さまのこと聞かれたから教えたんだけど……田舎って意味わかんないって言われて終わりだったよ」
「外の人なんてそんなものなのかしらね」
お母さんの溜息交じりの声には、呆れと諦めが滲んでいた。
わたしはちゃんと語部さまに会ったら話を聞くって言ったのに、彼女は語部さまの話をわざと遮ったんだろうか。あの子のお母さんと同じように田舎の下らない噂だと思って、本気にしていなかったのだろうか。
語部さまはお話を聞いてほしいお化けだから、邪魔したらだめなのに。
「聞いて! 聞いて! 聞いて! 聞いて!」
パトカーに詰め込まれているあいだ、彼女がずっとそう叫んでいたのがいつまでも耳について離れなかった。
* * *
翌朝、学校についたら何だか賑やかだった。
なにかと思ったら、転校生が病院に送られたことを話しているところだった。でも前のときとは違って、皆何処かうれしそう。
その理由は、教室に入ってすぐにわかった。
「あの子いなくなって良かったね」
「語部さまのこと必死に聞いてきて面白かったぁ」
「あたしも聞かれたんだけど、夢で会ったら話を聞くだけって言っといた」
「あたしもー」
クラスの真ん中ではしゃいでいるのは、最初に転校生に語部さまのことを聞かせた子たちだ。ついでにシール交換をしながら、好きな動画の話をするみたいな楽しげな声で転校生の話をしている。
「ていうかさ、誰もお話の邪魔しちゃだめって言わなかったよね?」
「言わなかったよ。聞かれてないし。てか町の人なら知ってて当然だし?」
「だってさ、わざと嘘を教えたらうちらが悪くなっちゃうけど、聞かれてないことを答えてないだけなんだから誰も悪くないよねー」
「言えてるー」
いまにもざまぁみろと言い出しそうなテンションで、彼女たちははしゃぐ。地元をつまらない田舎と馬鹿にして、クラスメイトを田舎者と拒絶した転校生は、田舎者の仲間入りが出来ずに追い出されてしまった。噂のことを聞きに行った誰からも禁忌について教えてもらえなかったんだ。
あの日の放課後、わたしが言わなかったように、彼女たちも。
わたしはあのとき、少しも悪意がなかったと言えるだろうか。
転校生のことを疎ましく思って、いなくなればいいと思って、わざと肝心なことを黙っていたわけじゃないと心から言い切れるだろうか。
話を聞くだけでいいんだよ。そう伝えたから、きっと最後まで話を聞いてくれる。そう思い込んでいたけれど、実際は皆みたいに仲間外れにしただけなんじゃないか。
「だいたいさ、先にうちらのこと馬鹿にしたのは向こうじゃん。なんでうちらが我慢して歩み寄ってやんなきゃいけないの? そんな必要ある?」
「ほんとだよねー」
きゃはは、と明るい声で彼女たちは笑う。
悪意に満ちた無邪気な言葉に、わたしは少しだけ救われた。




