転生令嬢のたこ焼き外交 〜高飛車令嬢を岸和田魂でオトした件〜
鳴尾浜の潮風が、テレビの画面越しに吹いてきた気がした。
九回表、二死三塁。放たれた白球が、美しい弧を描いてレフトスタンドへ消えていく。
「……よっしゃあああ!! 二点先制! 今日はもろたで、これ!!」
私はリビングで万歳三唱した。ビール片手に、特売のイカ天を頬張る。
これや、これが阪神タイガースや!
「お父ちゃん見てみ! 違う、たこ焼きの焼き具合やないで!ホームランや、ホームラン!これで明日から首位や! 優勝セールどこでやるか調べとかんとなぁ!」
しかし、喜びも束の間だった。運命の九回裏。勝利の方程式が狂い始める。
フォアボール、ヒット、さらに内野安打。
あれよあれよという間に、一死一、三塁。
さらに、追い打ちをかけるように盗塁をされて、一死二、三塁。
そして迎えるは、宿敵・巨人の四番。
「……あかん。敬遠や。ここは歩かせなあかんって! なぁ、父ちゃん、ここは満塁策やろ!!」
「せや。次で勝負やで!しかしうまいなこれ」
夫は一夜干しのスルメイカを焼いて、自作の醤油とわさびとマヨネーズを混ぜたソースをつくって、ビールで流し込んでいる。
テレビの中のピッチャーが、大きく振りかぶる。
吸い込まれるような甘いコース。乾いた打球音が、静かなリビングに響き渡った。
「……は? 嘘やろ?」
白球が、夜空の彼方へ消えていく。逆転サヨナラ満塁ホームラン。
「……何さらしとんねんボケーー!! だから言うたやろが!! 敬遠せぇ言うたやろ!!」
私はテレビの前で立ち上がり、血管がちぎれんばかりに絶叫した。
その瞬間、視界に無数の火花が散る。
「……あ、これ、あかんやつや……」
「お,おい! お母ちゃん! しっかりせぇ! 文句言うてる場合ちゃうぞ!」
慌てふためくお父ちゃんの顔が、スローモーションのように遠ざかっていく。
「ごめんやでお父ちゃん。優勝するまでは……。」
そこで私の意識は、深い闇へとブラックアウトした。
◇◇◇
「……あれ? 阪神、負けたんか? ……夢か? ……ちゃうわ、ここどこや。
こんなん豪華なところ父ちゃん金出しすぎだわ。しかしえらい静かやなぁ。
誰かー! 誰かおらへんのー!! 」
私がベッドの上で絶叫した瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。
なだれ込んできたのは、見たこともないフリフリの服を着た若い女の子たち――侍女たちだった。
「マリア様! お目覚めになられたのですか! おお、神様……!」
「マリア様ァァ!! よかった、本当によかった……!」
侍女たちは私のベッドに泣きつき、涙ながらに神に感謝を捧げている。
……誰やこの子達。皆かわいいメイドのかっこして、新喜劇の冒頭か?
「……自分ら、誰や? うちの家、大勢の人おったっけ?
それよりもトイレは? 突き当たりを右やったっけ?」
「安静? 何言うてんの。今は絶好調やで!
せや、ここどこなの。せっかくやからすぐに着替えて家の中探検や! じっとしてたら、健康に悪いわ!」
テレビ大阪の昼番組でもいうとった。寝とったらあかん。歩いてなんぼ。
足腰が弱ったらあかんで。
鏡の前に立つと、そこには黄金の髪をなびかせる美少女がいた。
「……誰やこれ。めちゃくちゃ可愛いやん。……ん? 待てよ。この髪……金ピカやんか!
完璧なタイガース・イエローや! わかっとるやんこの子。
全身で優勝をお祝いしてるみたいでかっこええやん。」
私はペタペタと自分の腹を触る。……ない。あの「立派な浮き輪」がどこにもない。
あまりの心許なさに、私は思わずドレスの襟元をガバッと広げ、中を覗き込んだ。
「……自分、胸、盗まれたんと違うん? 警察に盗難届出さなあかん。
なんなん、この貧相な体。栄養足りてへんのとちゃう?」
そこへ、豪華なトラの毛皮を肩に羽織った紳士――ローゼス男爵が入ってきた。
「おお、マリア。倒れたと聞いて、この父。いてもたっても居られなくて。本当に良かった。本当に」
「……ちょっと待ってや、お父ちゃん。そのトラ、めちゃくちゃシブいやん!
阪神百貨店で買うたん? 派手やなぁ、かっこええわぁ。
……でも自分、そのトラ、いくらで買うたん?」
「は?いや、これは我が領民が命がけで仕留めた伝説の魔獣・シャドウタイガーの……」
「父ちゃん。まさかこれ、言い値でこうたりしてへんよな。
次からはうちが付いてったる。言い値で買ってたりしてたら怒るで、ほんま。
うちなら、そのトラの尻尾くらいオマケでつけてぐらい言ってやるわ。」
父は呆然と立ち尽した。無理もない。
命がけの戦利品を「コスパの悪い買い物」扱いされたのだから。
◇◇◇
転生から一ヶ月。マリア嬢のティールームからは、貴族の館には相応しくない「出汁とソースの焦げる匂い」が漂っていた。
と言うのも目が覚めてから仲の悪い隣の領地の紹介でお茶会をしろとの手紙が。
そして私は、近隣の令嬢たちを「たこ焼き」の鉄板で返り討ちにしていた。
「……マリア様、これ、一体どうやって食べればよろしいの?
中から熱いドロリとしたものが……! まるで溶岩のようですわ!」
「溶岩て、自分らえらい大げさやなぁ。……まあ、しゃあない。
そしたら『明石焼き風』でいったろか。アンナ、特製の出汁持っておいで!」
私は、たこ焼きを温かい出汁に浸して食べるよう促した。
「出汁ごと一口でいくんや。口の中でハフハフ転がすんが醍醐味やで」
令嬢たちは「なんて上品なお味かしら!」と目を輝かせ、いつの間にか人生相談が始まる。
「自分、何弱気なこと言うてんの。女は度胸、女は愛嬌。
男なんてな、胃袋掴んで、たこ焼きみたいにコロコロ転がしたらええねん。
もし自分を泣かせるような真似したら、うちに任せとき。
うちがええ感じに丸めたってたこ焼きにしたるわ!
串でブスブス刺して、ソースまみれにして、最後はおいしく、いただきますっ!てな感じや」
そんな噂は、すぐに社交界の頂点、エレオノーラ伯爵令嬢の元へと届く。
届いた手紙には、こうあった。
『わたくしにも、貴女がいつも皆に出している「いつものおもてなし」をお願いしますわ』
私はパインアメを一粒口に放り込んだ。
「……ふーん。わざわざ指定してくるなんて、自分もたこ焼きが食べたくてしゃあないんやろ?
素直に『うちもタコパ混ぜて』って言えばええのに。……自分、ほんまいけずな子やわぁ」
◇◇◇
運命のお茶会当日。青色に黒いメッシュが入った長い髪を揺らしながらエレオノーラ伯爵令嬢は、女王のように鎮座していた。
「おほほほ。噂に聞くおもてなし、興味がありましてよ。今日はお願いしますね」
「ええよ、待たせたな。自分がいけずして『同じの出せ』って言うから、特注の鉄板用意したで。ほんま難儀したわぁ。」
私がドンッ!と置いたのは、無骨な穴だらけの金属板――「たこ焼き機」だった。
ジュゥゥゥ……ッ! 庭園に立ち込めるのは、甘美なソースの香り。
エレオノーラの顔色が劇的に変わった。瞳は鉄板に釘付けだ。
「ほれ、自分も焼いてみ。……あら、 火力強すぎるわ! たこ焼き器が溶けてまうやんか! あかん、生地が焦げ付いて……!」
「……ああっ、違うわよ! 火力は中火! 生地の淵が固まってきたら、細い棒でクルッと! 穴に生地を押し込んで、丸く形を整えるのよぉ!!」
エレオノーラは絶叫し、私の手から竹串をひったくると、目にも止まらぬ速さで生地をひっくり返し始めた。手首の返し、生地の押し込み方……。その動きには一切の無駄がない。
(……ちょっと待ち。この手つき、熟練の屋台の動きやんか。こいつ……)
私は、彼女の集中力がピークに達した瞬間を見計らって、罠を仕掛けた。
「……あ、自分。ソース忘れてたわ。『イカリ』でええ?」
「は!?あなた 何言ってるの、たこ焼きっつったら『オリバー』か『ヘルメス』に決まってるでしょ! 泥ソースの旨みも知らな――」
エレオノーラがハッとして口を抑える。しかし、私の追撃は止まらない。
「ほな、これ食べる? 『パインアメ』やけど」
「……ッ、それ、鳴らそうと思っても、鳴らへん……」
もはや彼女の防衛線はボロボロだ。私はトドメに、指を刀の形にして一閃、「斬る動作」をした。
「……!! ……うっ、や、やられたぁぁ……ッ!!」
膝から崩れ落ち、胸を押さえて悶絶するエレオノーラ。完璧な「斬られ役」だった。
「……うち、岸和田なんやけれど、あんたどこの人?」
私がそう問い詰めると、エレオノーラは顔を真っ赤にして、何かを言い淀むように視線を泳がせた。
「………………。……た、高槻よ。……あ、いえ、その……」
「やっぱりか! はぁ? あんたどっち側なん? 阪急? JR?」
エレオノーラは、一瞬「阪急側と言って上品に見せるか、JR側の利便性を取るか」という究極の選択を迫られた顔をしたが、最後にはすべてを諦めたように吐き捨てた。
「………摂津富田よ! ダイエー(現・イオン)の近くに住んでた、生粋の高槻市民よ!!」
「やっぱりか! 自分、摂津富田か! 道理で手つきに『JRと阪急の両方が使える利便性』が溢れ出とると思ったわ!」
「うっさいわね。」
◇◇◇
「……まあええわ。二人、同郷として仲良くやってこや」
「ふん、勝手にしなさい。……でも、一つだけ言っておくわよ」
エレオノーラは焼き上がったたこ焼きを口に放り込み、ハフハフと悶えながら、私を睨んだ。
「あんた、タイガースファンでしょ? 悪いけど、わたくしは魂の色が違うの。
わたくしはね、万博を聖地と仰ぐ、熱狂的なガンバ大阪ファンなのよ!」
「……は!? ガンバァ!? 自分、サッカー派か! 虎と青黒が仲良くできる思てんのか!」
「いいじゃない、青と黒の方が格好いいわ! ユニフォームだって、わたくしたちはシュッとおしゃれに着こなすのがプライドなのよ! 貴女みたいにハッピ着てメガホン叩くのとは訳が違うんだから!」
「……自分、えらい言うてくれるな。ハッピこそが正装やろがい!」
「嫌よ! 貴女、巨人に負けるのが一番嫌なんでしょ?
わたくしだって同じよ。多摩川ら辺にあるチームにだけは絶対に負けたくないの!
あの水色の軍団にだけは!!」
私は思わず笑い飛ばした。
「なんや、結局一緒やんか! 野球だろうがサッカーだろうが、東京方面の強い奴らには勝たんとあかん。
それが大阪人のプライドやろ?」
「……ふん。それだけは同意してあげるわ。」
手を取り固く握手をする二人。
異世界の庭園に、のちに「たこ焼き会談」と呼ばれる、何に合意したのかよくわからない会談があった。
歴史が大きく歪み始めた気がしたが、まあ、なんとかなるやろ。
知らんけど。
読んでいただいてありがとうございます。いかがだったでしょうか。
思いついてしまったので、つい勢いだけで書いてしまいまいました。
楽しんでもらえたら嬉しいです。




