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ふたりの幼馴染

作者: たま
掲載日:2026/03/03

いつも読んでいただきありがとうございます。

他にも作品がありますので読んでもらえたら嬉しいです。

宜しくお願いします。

高校入学の日、コンビニで風香に会ってから、ちょうど一年が経った。

あの日、彼女が「好きな人があなたと同じ学校に入学するから」と、少し切なそうに笑った顔を、私は今でも覚えている。

きっと洸平のことだ。

私たち三人は幼い頃から一緒だった。風香がお金持ちの私立へ行き、私と洸平が地元の公立へ進んでも、その三角関係——いや、私が一方的に感じているだけの三角——は、形を変えて続いているような気がしていた。


でも、連絡先を交換したきり、風香からは何の連絡もなかった。

私もあえてしなかった。

洸平とはクラスも違い、挨拶程度の関係。

私はただ、日々を平凡に過ごし、唯一の楽しみは、図書室で借りる異世界転生ものの恋愛小説を読むことだった。現実が色あせて見えるほど、物語の世界に没頭していた。


そして今日も、放課後の教室で一冊の文庫本に夢中になっていた。

『竜王の花嫁』という、どこにでもあるようなファンタジーだ。

主人公の少女が謎の魔法陣に召喚され、冷徹な竜王と心を通わせていく——そんなくだりを読んでいる時だった。


足元が突然、暖かくなった。


見下ろすと、床から青白い光が漏れ出している。

教室の古いリノリウムの上に、複雑な幾何学模様が浮かび上がった。

それは、今読んでいる本の挿絵にそっくりな魔法陣だった。


「え…?」


驚きの声も喉に詰まる。

光は一気に輝きを増し、私の視界を白く染め上げた。

体が軽くなり、床が消えていく感覚。本が手から滑り落ちるのが、ゆっくりと感じられた。


そして、次の瞬間。


ひんやりとした石の感触が背中に伝わり、見知らぬ天井が広がっていた。

高い、ヴォールト天井。

色とりどりのステンドグラスから、優しい光が差し込んでいる。

どこか教会のようだ。


「おお…ついに現れましたな…『選ばれし者』が!」


甲高い、興奮した声が響く。

振り向くと、長い白髭をたくわえた老人が、分厚いローブを翻して近づいてくる。

その周りには、鎧をまとった衛兵たち。

皆、私を好奇と期待の眼差しで見つめている。


「あの…ここはどこですか? 私は楓です、高校一年生で…」


「ふう…? 妙なお名前ですが、構いません。ようこそ、ルミナリア王国へ! 我々は、古の予言に記された『異界より来たりし、闇を祓う光の巫女』を、百年の時を経てついに召喚することに成功いたしました!」


老人——どうやら宮廷魔導師というらしい——は嬉しそうに言った。


巫女? 私が? 冗談はやめてほしい。

運動も苦手だし、人前で話すのも得意じゃない。

ただの、どこにでもいる女子高生だ。


「きっと何かの間違いです。私はただ、本を読んでいて…」


「その『本』こそが、媒介の書であったのです! 貴女の世界に散らばった、我々の世界の断片。

それに触れし者の中から、最も純粋な心の持ち主が召喚される…予言はそう告げております!」


魔導師の言葉に、衛兵たちがどよめいた。

純粋な心? 私の心の中には、風香への複雑な想いや、洸平への淡い恋心でいっぱいだ。

とても「純粋」なんて呼べる代物じゃない。


混乱と戸惑いの中、衛兵たちに囲まれるようにして王宮の大広間へ連れて行かれた。

玉座には、威厳に満ちた王と、優しげな王妃。

そして、その傍らには——


息をのんだ。


銀色の鎧を身にまとった一人の騎士が立っていた。

颯爽とした背筋。

深い碧の瞳。

口元は厳格に結ばれているが、その顔立ちは、私の知る誰かにそっくりだった。


「こちらは、我が国の第一王子であり、近衛騎士団長、カイペル殿下です」


魔導師が紹介する。


カイペル…? その響きが、胸の奥でくすぶっていたある名前と重なる。


洸平こうへい


違う。


別人だ。

この人は王子様で、目の色も違う。

でも、何故か…佇まいが、あの幼馴染の、無口で少し不器用な少年と重なって見える。


カイペル王子は一歩前に出ると、私をじっと見下ろした。

その目は探るように、私の瞳の奥を見つめようとしている。


「異界の者か」


低く響く声も、どこか耳馴染みがある。


「はい」


「名は?」


「楓です」


一瞬、王子の眉が微かに動いたような気がした。


「楓、我が国では『カエデ』は、希望の象徴である。良き名だ」


彼はそう言うと、王に一礼して、再び私へ視線を戻した。


「ならば、希望の巫女よ。我が国は今、北の闇の森より湧き出る魔物に侵食されつつある。

貴女の力が必要なのだ。

予言によれば、巫女の加護を受けた者が、『光の剣』を揮う時、闇は退散する」


私はただ、ぼう然と彼の言葉を聞いていた。

巫女の力? 私にそんなものがあるはずがない。

でも、この状況で「できません」と言える雰囲気ではなかった。


「…お手伝いできるかどうか、わかりません。でも、もし私にできることがあるなら…」


本の世界に憧れていたのは事実だ。

でも、いざ自分がその主人公の立場になると、足が震えるほど怖かった。


「それで十分だ」


カイペル王子の口元が、ほんの少し緩んだ。

それは、まるで昔、洸平が私の拙い折り紙を見て、こっそり微笑んだ時のようだった。


「訓練は私が付きっきりで行う。心配するな」


その言葉に、周りの魔導師や大臣たちがざわめいた。

王子自らが、などと。

しかし、カイペルは彼らを一瞥で制した。


こうして、私はルミナリア王国に滞在することになり、王子直々の「巫女訓練」が始まった。

訓練といっても、魔法の詠唱や剣の振り方ではなく、まずは王国の歴史や、この世界の魔力の流れについての講義からだった。

カイペルは厳しいが、不思議と私の理解の遅さに苛立つ様子はなく、時折、本の世界ではありえないようなユーモアを交えて説明してくれた。


日が経つにつれ、彼の何気ない仕草——考え事をする時に眉のあたりを触るくせ、真剣な時に唇を堅く結ぶ様子——が、記憶の中の洸平と重なっていく。

ある夜、中庭で彼が星空を眺めながら呟いた。


「私にも、失ったものがある」


「王子様でもですか?」


「ああ。幼い頃、とても大切な『宝物』を、この手で逃がしてしまった」


その側顔は、どこか寂しげだった。私は、彼の「宝物」が何だったのか、聞くことができなかった。


そして、訓練開始から一月が経った頃、ついに実戦を兼ねた北の辺境への巡視が命じられた。

馬車で揺られる道中、カイペルは突然、口を開いた。


「楓。楓の世界には幼馴染という存在がいると聞いた」


「はい。子供の頃から一緒に育った友達のことです」


「ふむ。…その幼馴染は、今も楓のそばにいるのか?」


その質問に、私は胸が少し痛んだ。


「一人は遠くに行ってしまいました。もう一人は、近くにいるのに、遠いです」


「そうか」


彼はそれ以上何も言わず、窓の外の景色を見つめた。


辺境の村は、魔物の襲撃に怯えていた。

私たちが到着した夜、ささやかな歓迎会の最中、村の外から不気味な咆哮が響いた。

闇夜から、影のような魔物の群れが襲来したのだ。


衛兵たちが応戦する中、カイペルは剣を抜き、私の前に立った。


「楓! 予言の言葉を思い出せ! 巫女の加護とは、強力な魔法などではない! それは——」


彼の言葉が続く前に、一匹の魔物が死角から私に襲いかかってきた。

反射的に目を閉じた。


その時、私の胸の奥で、温かな光が灯った。


「想いが形となることだ!」


カイペルの叫びと同時に、私の体から柔らかな光が拡がり、彼の剣を包み込んだ。

銀の刃が黄金に輝き、一閃のもと、魔物は塵と化した。


周囲が静まり返る。

魔物たちも光を恐れ、退却していった。


私は自分の手の平を見つめた。

何も変わっていない。

でも、今、光を放ったのは確かに私の中からだった。

それは、魔法でも何でもない。

ただ、この人を守りたい、この村の人々を助けたい、という一心から湧き上がったものだった。


「よくやった」


カイペルが息を整えながら、私の方を振り向いた。

汗で濡れた額に、月明かりが当たっている。

その顔は、疲れているのに、どこか安堵に満ちていた。


「王子様 私できました。」


「今の加護は、確かに本物だ。だが、楓。楓が光を放った時、何を想っていた?」


彼の問いに、私は答えた。


「王子様が、傷つきませんように、この村の人々を助けたいと」


一瞬、カイペルの目が大きく見開かれた。

そして、ゆっくりと、まるで長い間忘れていたことを思い出そうとするように、彼は口を開いた。


「私は、かつて『洸平』という名で呼ばれていた」


時間が止まった。


「幼い頃、私はこの世界の狭間を通り、偶然、貴女の世界に迷い込んだ。記憶も力も失い、ただの少年として、数年を過ごした。そして、二人の少女と出会った。一人は、太陽のように明るく、強い少女。もう一人は」


彼の碧の瞳が、まっすぐに私を見つめる。


「少し臆病で、本が好きで、でも、誰よりも優しい心を持った少女だ」


涙が、私の頬を伝い始めていた。嘘みたい。夢みたい。


「風香と私?」


「ああ。太陽の少女の名は、確かに風香だった。彼女は、私がこの世界の者であることを、最後の最後に、薄々感づいていた。だからこそ、あの日、コンビニで貴女に会った時、『好きな人があなたと同じ学校に』と言ったのだ。彼女が待っていたのは、私がこの世界に戻り、再び『カイペル』として目覚める時。そして、必ず風香を呼び寄せると約束した時を、待っていたのだ」


「でも連絡がなかったのは…」


「この世界と風香の世界との時間の流れは、常に一定ではない。彼女には、私からの伝言が届かなかったのだろう。あるいは、届くのを待つ間、彼女自身も何かを成し遂げているのかもしれない」


カイペル——洸平は、一歩近づいた。


「私は、力を取り戻し、この世界に戻らねばならない使命があった。しかし、記憶を取り戻した時、失った宝物が何だったか、ようやくわかった。それは、楓の笑顔だった。だから、百年に一度の『狭間』が開く時を待ち、古の予言を利用し、楓をこの世界へ呼び寄せた。『純粋な心』とは、他者を想う優しさのことだ。楓、貴女はまさに、それを持っていた」


彼の手が、私の涙を拭おうと伸びてきた。その手は、幼い頃、転んだ私を何度も起こしてくれた、あの手の感触と変わらなかった。


「ずるいよ。全部知ってて、何も言わないなんて」


「許せ。だが、今の私は、王子としての責務と、洸平としての想い、両方を背負っている。楓を危険に巻き込んだことは、償いきれない。…もし、貴女がこの世界が嫌だと言うなら、帰す方法を探そう。元の世界の時間は、ほとんど進んでいないはずだ」


私は首を振った。震える声で、言った。


「私、本の世界に憧れてた。でも、今は違う。ここは、私が知ってる誰かがいて私を必要としてくれる場所がある。それに…」


顔を上げ、涙で滲んだ視界の中の彼を見つめた。


「私の幼馴染は、ここにいるから」


カイペルの目に、揺らめく光が宿った。彼は深々と一礼すると、騎士としての、そして少年としての誓いを込めて、言った。


「ならば、楓。我が光の巫女よ。これからは、私が貴女を守る。二度と、貴女を迷わせたりはしない」


夜空に、二つの月が並んで輝いていた。

一つは銀色、一つはほんのり赤い。

この世界の月は、私の知っているものとは違う。

でも、隣に立つ彼の温もりは、紛れもなく、あの日のままであった。


遠い世界で、風香は今、何をしているだろう。

きっと、どこかで笑っているに違いない。

そして、いつかまた、三つの光が交わる日が来ることを、信じている。


私は、新たな世界で、失われた時間を取り戻す旅を始めた。

それは、王子と巫女の物語であると同時に、かけがえのない幼馴染同士が、紡ぎ直す恋の物語。


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