8.ふたりきり
私はしばらくうんうんと頭を捻ったあと、ぐっと拳を握って覚悟を決めた。
たとえ変態であっても、彼は私が見える唯一の人だ。
それに若干恐怖心を煽られたとはいえ、生涯を共にしたいと思った相手。
逃げる必要はないのかもしれない。
そもそも恐れをなして逃げるなんて、なんか負けたみたいでカッコ悪い。
キッと眉をつり上げて、それでもおっかなびっくりふわふわとついていく。
両親と挨拶を交わして馬車に乗り込む彼が、私に向かってそっと手を差し出した。
まっすぐ見据える瞳に、私は首を傾げる。
なんなの、その手。
触れられないのにエスコートのつもり?
変なの。
差し出された手を華麗にスルーして、そのままふわりと馬車に乗り込む。
うっかりすると身体がすり抜けそうだ。
そんなことを考えながら恐る恐る座席に腰掛けると、すんなりと座れた。
馬車には触れられるのかと手を伸ばせば、すっとすり抜ける。
よくわからないが、おそらく私は実際に座れているのではなく、座席に取り憑いているようなものなのだろう。
何を言ってるかわからない?
大丈夫、私もわからない。
理解の範疇を超えた超常現象に思考を放棄して、誰とも知らない誰かに頭のなかで話しかけていると、いつの間にか馬車に乗っていたらしい彼が口を開いた。
エスコートを無視した件については、触れないつもりらしい。
「ようやく2人になれたね」
甘ったるい声で話しかけられ、思わず身じろぐ。
普段とあまり表情は変わっていないはずなのに、まるで背景に花でも背負っているかのように嬉しそうな顔をするものだから、妙な居心地の悪さを感じた。
『ほんとーに私が視えるのね』
気を紛らわせるようにぶっきらぼうに言うと、彼はこくりと頷いた。
「視えるよ。声も聞こえる。触れられるかどうかは……試してみようか?」
そう言って、さっきはスルーした手のひらをもう一度差し出される。
そうか、彼にだけ姿が見えるし会話もできるのなら、触れることもできるかもしれない。
さっきどうせ触れられないと決めつけて無視してしまったことに、少しだけ罪悪感を覚えるーー……が、彼の不埒な行動を思い出すと、そんなもの跡形もなく吹き飛んだ。
意識のない(実際はめちゃくちゃあったけど)女性にみだらな行為をしようとした変態相手なら、当然の選択だ。
それでも、実際に触れることができるかどうかはやはり気になる。
ドギマギしながら、そっと手を伸ばした。
しかし手と手が重なり合う瞬間、私の手はあっさりと彼の手をすり抜けてしまう。
やっぱりだめか……わかってはいても、へにょりと眉が下がるのがわかった。
「残念」
そう言って、彼がふっと微笑む。
さっきまで情けなく鼻血を出していたくせに、急に大人の色気を出してくるなんてずるい。
こいつは変態、こいつは変態、こいつは変態!
そう自分に言い聞かせながら、平成装って話を続ける。
『どうして私が見えるの?』
「どうしてと言われても」
『イレーヌには見えなかったのに』
「でも彼女は君を感じてた。アメリアらしい素敵な魔法だったよ」
『あ、ありがと……』
予想外に褒められて、思わずお礼を言ってしまった。
ニヤけそうになる頬を必死で引き締めていると「ところで」と彼が私を見つめる。
そんなに見られたら穴が空きそうだ……なんてことを思いながら、続きを促すように首を傾げた。
「普段のおすましさんはもういいの?」
『へ?』
「心を許してくれたってことかな?嬉しい」
なにいってんだこいつ。
素直にドン引きしながら、じとりと彼を睨みつける。




