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60.限界

「ほら、これを見てみろ。アメリア嬢によく似合うと思わないか?ほら、これなんかも」


 差し出されたオルゴールは、確かにいいセンスをしている。


 クリスタルの小鳥が音楽に合わせて舞う仕掛けのもの

 スノードームのような形で、音だけではなく光が溢れて室内を満天の星空に変えてしまうもの。


 アメリアが見たら、きっと目を輝かせるだろう。

 これを贈るのが父上だというのは悔しいが、アメリアを喜ばせるものはいくつあってもいい。

 それに何年たっても母上に一途な父上ならば、アメリアに邪な思いを向けることはないはずだ。


「おふたりとも、ありがとうございます」


 正直にお礼を告げると、父上はほっとしたように頷いた。

 アメリアは、この部屋を見たらなんていうだろう。

 やりすぎだって引いちゃうかな、それとも驚いた顔をして、でも笑ってくれるだろうか。


 あぁ、アメリアに会いたい。

 その美しい瞳が煌めく様を見たい。


 締め付けられるような胸の痛みに顔を顰めると、母上が俺の頬にそっと手を伸ばした。

 そして幼い子どもに言い聞かせるような、優しい声で語り掛ける。


「……アメリア嬢はいい子ですから」

「はい」

「きっとよくなります。たとえどんなに時間が掛かっても、またいつかきっと、目を開けてくれるはずです」

「はい」

「だから気を強く持つのですよ。私はあなたのことも心配なのですから」


 頬に添えられていた手が、ゆっくりと背中に回される。

 母上の細い体に抱きとめられて、どこか気恥ずかしいのに振り払うことはできなかった。


 正直に言うと、参っている自覚はある。

 鏡に映る自分の顔色の悪さも知っているし、最近は食事や睡眠もおろそかにしがちだ。


「はい……申し訳ありません」


 ぽそりと呟いた俺の背に、父上がそっと手を添えた。

 その手の大きさはさほど俺と変わらないというのに、むしろ今では俺よりも小さいかもしれないのに、不思議と心強く思えたのは内緒だ。





 子爵家への訪問は、いまだ叶わないまま時間ばかりが過ぎていく。

 最近ではあいさつ代わりに訪問の打診をし続けるせいか、子爵は俺の姿を見ると走って逃げていくようになった。

 俺の方が断然足が速いし、絶対逃がさないけど。


 ちなみに父上につけられた見張りはいまだついて回っているけど、上手く撒くことに慣れたから、子爵を追い回すのに何の支障もない。

 今頃はきっと、姿をくらました俺のことを探して省内を走り回っていることだろう。


「いい加減勘弁してもらえないでしょうか」


 俺に壁に押しやられながら、子爵が言う。

 何が悲しくてこんなおじさんを壁ドンしないといけないんだ。

 いくら子爵を逃がさないためだといっても、腕の中に閉じ込めるならアメリアがいいに決まっている。


「ではいい加減、諦めてはいただけませんか?」


 同じような言葉を返すと、子爵は小さく呻き声を漏らした。


「娘へのご心配はありがたく思います」

「なら会わせてください」

「そういう状態ではないのです」

「どんな状態でも構いません」

「娘もあの姿を見られるのは本意ではないでしょう」

「それはあなたの決めることではないでしょう。病床の婚約者を見舞う権利はあるはずです」

「こ、婚約はいずれ」

「あ゛?」

「ひっ」


 いずれなんだ。

 解消するとでも言いたいのか?言わせるわけがないだろ。


「伯爵にもこのような振る舞いはしないよう窘められているでしょう?」

「忠告はされますが、従うかどうかは別の話です」


 きっぱり言い切ると、子爵は絶句していた。

 以前の俺なら当主を立てる殊勝な姿を見せていただろうが、最近ではそんな余裕はなくなってしまった。


「と、とにかく!面会は許可できません。仕事があるので、これで失礼」


 子爵が俺の腕の中からするりと抜け出して、逃げていく。

 アメリアの病状は回復の兆しを見せず、子爵の態度も軟化することはない。

 完全に詰んでいる状態だ。


 まさか、すでにアメリアは―――?


 そんな不吉な想像が頭をよぎり、急いで追い払う。

 あぁ、アメリア、アメリア!

 会えない時間に膨れ上がった不安と焦燥は、もう破裂寸前だ。

 このままでは俺は、きっと壊れてしまう。


 もうだめだ。

 そう思ったら、覚悟が決まった。


「会いに行こう」


 もうすぐ昼の休憩時間が終わる。

 今すぐここを飛び出していきたいものだけど、仕事が再開する時間になっても俺が戻らなければ、さすがに怪しまれるだろう。

 ならばチャンスは、終業後すぐか。


 俺は足早に部署に戻り、書類に手をかけた。

 定時になったらすぐにここを出られるように、仕事を早急に終わらせる必要がある。

 昼休憩中俺を探し回っていたであろう見張りは疲れ切った顔をしていたが、俺の姿を見つけて安堵のため息をついていた。

 終業後も苦労することになるとわかっているのかいないのか、どちらにせよ、俺にとってはどうでもいいことだ。

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