58.苦情と好感
「寝たきりだからなんですか!予定通り、数年内に籍を入れなさい。アメリア嬢の過ごしやすい部屋を整えておきます」
「お前……先方の都合も」
「何です?まさか反対だなんておっしゃるわけでは」
「ない!ないから、頼むから二人してそんな目で見るなっ!黒々とした目がそっくりで怖いんだよ!」
「では、何が言いたかったのです?」
「先方も病気の娘を家から出すのは不安だろう。時期については両家で話し合いをするべきだ」
「それはまぁ……そうかもしれませんね」
渋々同意した母上に、父上がほっとしたように息を吐いた。
「まぁ、うちとしてはいつ越してきてもらってもいいんだが。お前がそれほどまでに執着するのも、アメリア嬢以外にありえないだろうし」
「よくわかってるじゃないですか」
「……お前は本当に……っ。はぁ、まあいい。子爵との話し合いはこちらで進めておくから、お前は少し行動を控えなさい」
「行動を?」
「毎日のように子爵の部署に行こうとしたり、屋敷を訪問したりすることを控えろと言ってるんだ。もう本当、苦情が……苦情がすごいんだぞ?子爵家からだけじゃなくて、お前の同僚からもちゃんと仕事をしなくて困るとか」
「してますよ?」
「いや、それはしてるんだろうけど……そうじゃなくて、お前がすぐいなくなるから連絡が取りづらくて困ってるらしくて」
「それはあちらの都合でしょう。俺の知ったことじゃありません。自分に課せられた仕事は完璧にこなしていますし、何なら魔法省で一番仕事量が多いのは俺ですし」
「そうだけど、そうじゃなくて……はぁ~」
がっくりとうなだれた父上は諦めてくれたらしい。
父上が何と言おうと、俺はアメリアに会うためならなんだってするつもりだし、根競べに負ける気はない。
待ってて、アメリア。
「そうだわ、セオル」
両手を軽く合わせて、母上が言う。
「アメリア嬢の好みはわかるかしら?今ね、枕カバーを作っているのですけど、どうせなら好きな柄のものを用意したくって」
「枕カバー……ですか?」
思いがけない言葉に困惑して、首を傾げる。
母上はにっこりと微笑み「ええ」と頷いた。
「ベッドで過ごすのなら、寝具に力を入れるべきでしょう?アメリア嬢が病に臥せっていると聞いてから、コツコツ刺繍を入れているのですが、3枚目の図案に悩んでいて」
「先の2枚はどんな柄なのですか?」
「1枚目はフリージア、2枚目は小鳥をモチーフに仕上げました」
「ああ、いいですね。気に入ってくれると思います」
「本当ですか?あぁ、よかった」
ベッドで過ごす時間が多いから、可憐な寝具を用意する。
言われてみれば当然なのに、思いつかなかった自分が情けない。
それと同時に、母上のアメリアへの配慮を嬉しく思う。
「次はお花畑なんてどうでしょう?」
そう提案しながら、俺は在りし日のアメリアの姿を思い出していた。
「お花畑?」
「ええ、花吹雪というアメリアの得意な魔法があって」
「ああ、花びらを宙に舞わせる魔法ですね」
「はい。あの魔法を使うアメリアはまさに、花の精そのもので」
うっとりとそう呟く。
魔力が少なく、魔法は不得手だと話していたアメリア。
その彼女が、唯一自信があると言っていた魔法を、一度だけ見せてもらったことがある。
本来花吹雪は、無造作に花びらを舞い上がらせる魔法だ。
舞台の演出やちょっとした目くらましなんかに使われることのある、珍しくない魔法。
しかしアメリアのそれは、特別だった。
個々の花びらが、まるで意思を持っているかのように可憐に舞うのだ。
旋律を奏でるように、筆を滑らせるように、美しい芸術品と言って相応しいその光景に、俺は心の底から感動して胸を震わせた。
花びらの中心で、まるで蝶のようにくるりと回って見せた彼女を思い出して、苦しいほどの愛情が溢れてくる。
「素敵ですね、採用します。喜んでくれるといいのですが」
「ええ、きっと」
母上の言葉が、素直に嬉しい。
母上がアメリアに好感を抱いているのはわかっていたが、社交に家の管理、領地の仕事など、伯爵夫人である母上が忙しくしているのは知っている。
そんな忙しい合間を縫って、そんなことをしてくれていたとは。




