57.裏目
涙目の父上の頭を母上がよしよしと撫でる。
いくつになっても仲の良いふたりを普段は微笑ましく思っているが、アメリアに会えない現状では妬ましくてたまらない。
「と、とにかくだ。婚約の解消には両家の同意が必要だから、一方的に破棄されるようなことにはならない。子爵家にも婚約は継続すると返事をしたが、向こうはこちらが遠慮していると思っているようでな……その、代替案として」
「代替案?」
「断った!ちゃんと断ったからな!!」
「わかったから詳細を教えろ」
「お、親に向かってなんだその口の利き方は~~。怖いからほんとにやめろ」
「じゃあさっさと答えてください」
この人には、父親の威厳ってやつがないのだろうか。
実の息子相手にビクビクと、情けない。
イライラして舌打ちをすると、母上に「こら」と窘められた。
「どんな代替案だったのです?」
「その婚約相手をな……に、変えたらどうかと」
「は?」
「だから、アメリア嬢の妹の、イレーヌ嬢に」
「あ゛?」
ピキッと額に青筋が浮かんだのがわかった。
怒りで頭が沸騰しそうになるのを、必死に押しとどめる。
父上は断ったと確かに言った。
そもそもそういう発想が出ること自体許しがたいが、ここは我慢、我慢だ。
「でもどうしてそんなお話になったのかしら」
頬に手を当て、母上が首を傾げる。
「婚約はセオルとアメリア嬢だからこそ成立したものでしょう?病にかかったからといって、妹に切り替えろなどと」
「それなんだがな」
「はい?」
「どうやら子爵は誤解しているようで」
「誤解ですか?」
「ああ。婚約の目的が家同士のつながりにあるものだと。だからこそ、病に臥せた長女ではなく健康な次女と婚約を結びなおすことが両家の利になると思っている節がある」
そこまで言って、父がゆっくりと俺に視線を向けた。
確実に恐怖に染まった視線を無視して、俺は頭を抱えた。
伝わってない。
まったく伝わってない。
薄々勘づいてはいたが、由々しき事態だ。
かっこつけていた自覚はある。
それはそうだろう、愛する婚約者にはカッコいいと思われたい。
ぐいぐい攻めすぎて「え、何コイツ、必死すぎてダサい」なんて引かれてしまったら耐えられる気がしない。
だから本当は毎日会いに行きたいのに我慢していたし、無遠慮にその身体に触れることもしなかった。
キスくらいしてもいいんじゃないかと葛藤しながら、結婚式まではと堪えてきたのだ。
それがこんな形で裏目に出ることがあっていいのか。
スマートな男を演じていたつもりが、上辺だけの婚約関係だと思われていたってこと?
子爵は別にいい。
いや、婚約をどうこうする権利を有している以上どうでもよくはないけれど、別に子爵にどう思われても構わない。
問題はアメリアだ。
もしかして、アメリアにも俺の愛情って一ミリも伝わってなかったりする?
それなりに仲良くやってきたつもりだけど、俺といるときのアメリアはどこか他人行儀だったし。
「セ、セオル?大丈夫か……?」
父上が恐る恐る声をかけてくるが、そんなものを気にかけていられる心境ではなかった。
呻き声を漏らしながら悶絶していると、いつの間にか傍に来ていたらしい母上が俺の肩にそっと手を置いた。
「セオル」
「母上……」
「母はあなたがいかにアメリア嬢を想っているか、よく知っています。正直重すぎてどうかとも思うし、あなたの部屋を埋め尽くしているアメリア嬢の肖像画の数々を見るとゾッとするけれど、その愛が本物だということはわかっています」
「母上?それって褒めてます?それとも貶してます?」
「とにかく!私はいつでも二人を応援していますからね」
母上は気合を入れるように、両手の拳をぎゅっと握って見せた。




