56.怒り
おかしい。
絶対におかしい。
あれから事あるごとに子爵のもとへ足を運び、アメリアとの面会を希望したが、許可が下りることはなかった。
仕事終わりや休日に屋敷まで行ってみても、敷地内にすら入れてもらえず追い返される。
中に入れてもらえるまで何時間でも外で待つ覚悟を決めて座り込んでいたら、父上に家まで回収されてしまった。
部屋に入れないなら、窓の外からでもいい。
一目でいいから顔が見たい。
そもそも婚約者なのにひと時の面会も許されないなんておかしい。
他人じゃない、婚約者だよ?
もう家族みたいなもんでしょ?
子爵家から苦情が入ったようで、父上に護衛という名の見張りをつけられてしまった。
職場にまでついてくるから、子爵のもとへ突撃することもできない。
「くそっ」
壁を殴りつけて低く呟く。
絶対に聞こえているはずなのに、護衛は無反応だ。
本気になったらこんなやつ制圧して、子爵家に力ずくで押し入ることだってできるのに。
強硬手段に踏み切れないのは、それを知ったアメリアに嫌われたらと思うと死にたくなるからだ。
花の綻ぶような、あの可憐な笑顔が見たい。
美しいアメジストの瞳に俺を映してほしい。
風にたなびく柔らかな菫色の髪に触れたい。
アメリアが足りなくて、気が狂いそうだ。
「せめて病状だけでも知ることができれば」
今のところ命に別条はない。
子爵はそう言っていたけれど、どこまで本当なのかわからない。
父上はうちの主治医も送ったと言っていたが、大した結果は得られなかったらしい。
詳しい様子を聞かせてほしいと頼んだが、守秘義務がどうのと言ってろくに教えてはくれなかった。
いっそ脅してでもと思ったが、今後医者の手助けが必要な場面も出てくるかもしれない。
アメリアの助けになれなかった役立たずとはいえ、軽率に敵に回すのは利口な判断だとは思えなかった。
※
「アメリア嬢の容態について、子爵家から新しい報告はないのですか?」
夕食の席で、母上が父上に問いかけた。
父上は食事の手を止めて、眉間にしわを寄せる。
「芳しくないらしいとは聞いているが」
「そう、心配ね……。せめて原因がわかればよいのだけれど」
「多くの医者に診せているようだが……」
その医者たちは、真面目に診察を行っているのだろうか?
専門家が揃いも揃って、原因ひとつ突き止められないなんて怠慢じゃないか。
「セオル」
難しい顔をしたままの父上に名前を呼ばれて、顔を上げる。
しかし父上は俺をじっと見つめたまま、なかなか続きを口にしようとしない。
「どうしたのです?」
「いや、その……だな」
「はい」
「怒らずに聞いてもらいたいのだが」
「はぁ」
急に叱られる前の子どものような口ぶりになった父上に困惑しながら、こくりと頷いて見せる。
父上が深々とため息をついてから「アメリア嬢のことなのだが」と言ったので、思わず身を乗り出すと、父上が少しだけ肩を揺らした。
息子相手に何をビビっているのだか。
まさか、それほどヤバいことを口にしようとでも言うのか。
いやまさか……しかし、もしかしたら。
最悪の予想が頭をよぎって、自分の優秀な頭脳を恨みたくなった。
しかし―――
「子爵家から……婚約を、解消したいと」
「は?」
父上の口から出たのは、ついさっき浮かんだ最悪の予想通りの言葉だった。
病床に伏せた娘、回復の兆しがみえない状況……となれば、こういう話が出るのは十分理解できる。
しかしそれは他人の話であればこそだ。
俺とアメリアのあいだに出てきていい話じゃない。
「お、怒らないと言っただろ」
少し涙目で父上が抗議するが、そんなこと知ったものか。
俺は父上を睨みつけたまま「それで?」と続ける。
「まさか了承したなどと馬鹿なことを言うつもりじゃないでしょう?」
「ま、まさか」
「本当に?」
「本当だ!そんな恐ろしいこと出来てたまるか!」
悲鳴を上げるように叫んだ父上に、ひとまず胸を撫で下ろす。
婚約は家同士が結ぶもの。
当人の了承がなくとも、両家の当主が同意すれば婚約は簡単に解消されてしまう。
「……お前からアメリア嬢を取り上げるつもりはないから、落ち着きなさい」
父上の言葉に、渋々頷く。
しかし「圧をかけるのをやめろ。そんな怖い顔でこっちを見るな」なんて立て続けに言ってくるものだから、鬱陶しい。




