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53.懺悔

「……あなたには、本当に娘の姿が見えているのですね」


 お母様が諦めたように呟いた。

 しかし続けて「おかわいそうに」と小声で呟いたことから、どうやら幻覚や幻聴の類だと判断したらしい。

 憐みの色を帯びた表情で、お母様はセオルに言い聞かせるように口を開いた。


「娘を大事に思ってくださってありがとうございます。ですがこのままでは共倒れになりかねません。どうかあの子のことは」

「それ以上は怒りますよ」

「……婚約を継続したいと言っていただけるのはうれしく思います。しかし」

「リリーを手放すつもりは微塵もありません」


 語気を強めるセオルに、お母様は困ったように眉を下げた。

 そしてお父様にちらりと視線を向ける。

 お父様はどう口を挟んでいいものかわからないようで、両手で顔を覆って天を仰いでいた。

 いや、そこは諦めずに頑張ってもらいたいところなんだけど。


「それに、彼女が精神体となり肉体から離れて活動できることは紛れもない事実です。どうぞこちらを」


 セオルが上着の内ポケットから、封筒を取り出してテーブルの上に置いた。


「うちの上司からです。リリーの姿はおそらく魔力の多い人物だけが視認できるだろうことと、今後リリーについて魔法省で調査をしたい旨が書かれているのでご確認ください」


 封筒にはフィリーおじさまの名前が記されていた。

 私が封筒とセオルに交互に視線を向けていると、セオルはさわやかな顔で頷いて見せた。

 いやいや―――


『そんなものがあるならはやくだせよ!!!!!』

「ぅえ、ごめん~」


 思わず絶叫すると、気の抜けた謝罪が飛んできた。

 お父様は今度は深くうなだれていて、

 そろそろストレスで胃に穴が開かないかと心配になる。


 お母様は半信半疑といった様子で封を切り、中の手紙に視線を落とした。

 静寂の中、カサリと紙のこすれる音だけが室内に響いていた。


「……確かに」


 困惑気味にお母様が呟いた。


「にわかには信じがたいけれど、お話しされた通りの内容が書かれていますね」

「ええ。事実ですから」

「む、娘は……」

「はい?」

「娘はいつから、その、意識が……?」

「リリーが言うには、基本的にずっと意識はあったそうですよ」


 セオルの言葉に、お母様が表情を曇らせる。

 ゆらりと揺れた瞳は、絶望的な色を宿している。


「そんな……」


 震える両手で、お母様が顔を覆う。

 細く長い指先は、生気をなくして白くなっている。


「おい、どうし」

「わ、私は……なんてひどいことを……」


 慌てて肩を抱いたお父様に視線を向けることもなく、お母様は虚ろに呟いた。


『お、お母様?』


 思わず駆け寄ってその指先に手を伸ばす。

 しかし私の手はいとも簡単にお母様の身体をすり抜け、震える指先を握ることもできない。


「母親失格だわ……あの子に、あの子に合わせる顔がない……」

「そんな……」

「病床で一人頑張るあの子に、死んでしまえればいいだなんて……いくら、いくら絶望的な状況でも口にしてはならなかったのにっ」


 ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返すお母様に、胸が苦しくなった。

 あの日「さっさと死んでしまえばいい」とそう聞こえた言葉は「死んでしまえ《《れ》》ば楽になれるのに」と私を慮った言葉だったのだ。

 そう改めて実感して、無性にお母様に抱きしめてもらいたくなった。

 それなのに、今の私はお母様の視界に映ることすらできない。

 そのことがどうしようもなく寂しくて、涙がとめどなく溢れた。

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