52.言い争い
その日の夜、私はお父様の応接間にいた。
お父様の隣にはお母様、向かいにはセオルが腰かけ、私はセオルの横に座っている。
「大事な話とはなんでしょう?」
詳しい話はまだ聞かされていないらしいお母様が問いかける。
「到底信じられないだろうが、最後まで聞いてほしい」
「ええ、もちろん」
「リアについての話だ」
「あっ」
お母様の顔がさっと青ざめる。
お父様は小さく震える手をそっと握って「大丈夫」と囁いた。
「悪い話ではない」
「そ、そう……」
お母様は軽く息を吐いて、ぴんと背筋を伸ばした。
毅然とした貴族夫人らしい表情に、お母様の強さを感じる。
「リリーは今、俺の隣にいます」
「……………は?」
セオルがこともなげに言って、お母様が口をぽかんと開けて固まった。
真剣な雰囲気が台無しだ。
いや、重い空気を維持したいわけじゃないんだけど。
「いや、え?は?娘はまだ生きてますけど?なんて失礼なことをっ」
反応がお父様そっくりだ。
夫婦は似るって、本当の話なんだなぁ。
現実逃避しながらそんなことを考えていると「そういう意味ではなく」とセオルが言う。
しかしお母様は鋭い眼差しでセオルを睨みつけた。
「ではどういう意味だと?娘は部屋で眠っています。そもそもリリーって、いつの間にそんな呼び方をするようになったのです?」
「それは本人の了承を得て、つい先日から」
「だから、娘はずっと意識不明ですよ?くだらない冗談は」
「冗談じゃありません」
「いくら伯爵家でも無礼にも程があると思いませんか?娘をバカにするつもりなら」
「そんなつもりはありません」
ちょっとセオルの会話下手すぎない?
ことごとくお母様の話を遮ってるし、もう少しうまく……というか穏やかに話せないわけ?
前から愛想のいいタイプではなかったとはいえ、これほど相手を煽るような話し方はしていなかったはずなのに。
お母様の目がどんどん吊り上がっていくのに反して、声は冷え込んでいく。
お母様がすごく怒っている証拠だ。
「待て!落ち着いて話をきいてくれ」
たまらずお父様が仲裁に入る。
「信じられないとは思う、だが悪い冗談や嘘なんかではない」
「あなたまで何をっ」
「ああ……そうだ、リア。どうかお前の得意な魔法を見せてくれないか?」
視線を彷徨わせながら、お父様が言う。
ふたりにも私の姿が視えればこれほどややこしい事態にはならなかったのに、うまくいかないものだ。
そう思いながら、私はお父様の言った通りに呪文を唱えた。
『 花吹雪 』
応接間に飾られた花から、ふわりと花弁が舞う。
お母様は目を丸くして、それからセオルを睨んだ。
あぁ、そう取られてしまったか。
察してため息をつく。
セオルなら、私のふりをして魔法を発動することができるだろう。
お母様がそう考えているのは明白で、さらにセオルにはきっとそれができる力がある。
どうしよう、どうすれば。
何もかもが裏目に出ているような気がして、じわりと涙が滲んだ。
信じられない気持ちはわかる。
私だってお母様の立場なら、そんな眉唾物の話、容易に信用できないはずだ。
でも私は信じてもらえない事よりも、お母様がセオルを憎しみ混じりの眼差しで睨んでいることが悲しい。
こんな殺伐とした空気が続くのなら、いっそのこと―――
『ね、もう信じてもらえなくてもいい。やっぱり勘違いだったって言って』
セオルにそうお願いした。
けれどこともなげに「だめだよ」と切り捨てられてしまう。
『だめって、何で』
「何がダメなんです?」
「あ、今はそっちじゃないです。リリーと話しているので、ちょっと黙っててください」
私とほぼ同じタイミングで反応を返したお母様に言い放って、セオルが私をまっすぐ見据える。
お母様は額に青筋を浮かべていたが、短く息をついて口をきゅっと結んだ。
『だめだって言われても……このままお母様があなたを嫌うのはやだし、あなたも困るでしょ?』
「俺は別にどうでもいいけど……リリーはやなの?」
『うん……』
「わかった。……リリーが、あなたが俺を嫌うと悲しくなるそうなので、睨むのやめてもらえます?」
いや、何でそんな言い方になるわけ?
逆効果じゃない?
「またそうやってふざけて」
「ません。俺はリリーにはいつも笑っててほしいだけです」
「……っ!」
案の定不快感を露わにしたお母様の言葉を遮って、当然のようにセオルが言う。
お母様はぐっと押し黙って、じっとセオルを見つめた。
先ほどまでとは違う、何かを見定めるような視線で。




