50.愛情過多
おじさまの好意で早退を許されたセオルとともに屋敷に戻った頃には、すでに日が傾きかけていた。
オスカーとは途中で別れたから、今は二人きりだ。
『なんだか、今日一日いろんなことがあったなぁ』
「そうだね。せっかく俺が独り占めしてきたのに、ちょっと残念」
『は?なんて??』
反射で突っ込みながらも、積極的な愛情表現を嬉しく思う。
恥ずかしいし何だか腹立たしいから、絶対に言わないけど。
「俺以外の人に、ほいほいついていったらダメだからね」
『ついていかないし』
「約束」
『……ん』
小さく頷いて見せると、セオルは満足そうに微笑んだ。
思わず頭を撫でまわしたい衝動に駆られて、今の自分が精神体でよかったと心底思った。
お父様と話をして、私の状態についてはお母様にだけ話すことになった。
私を呪った犯人がわからない状態で使用人に周知するのはリスクが大きいし、混乱を招きかねない。
イレーヌには教えてもいいのではないかとお父様は言ったけれど、犯人の矛先が妹へ向かわないとは限らない。
事情を知ったらイレーヌはきっと私の部屋を頻繁に訪れるようになるだろうから、いっそ黙っておいて距離を置いた方が安心だろうと説得したのだ。
「ところで、なんで今日は門の外に出たの?いつも敷地内からは出ないでしょ。俺とも約束したし」
そういえば、その話をしていなかった。
少し唇を尖らせたセオルに苦笑して、一応言い訳しておく。
『でも足先はギリギリ屋敷内だったからセーフ』
「じゃないよね」
『うぅ、ごめん』
「うん」
簡単に誤魔化されてはくれなかったので、素直に謝る。
セオルは少しむすっとしたまま、返事をした。
『怒ったの?』
少し不安になって問いかけた。
約束にこだわりがあるみたいだから、軽々しく破ったことで不快にさせてしまったのかもしれない。
もしかしたら嫌われたかな。
そう思うと、強い焦燥感と不安に襲われる。
「怒ってはいない。けど、心配になるからやめてほしい」
そう言ってセオルは、困ったように眉を下げた。
心配。
その言葉にほっとして『うん』と短く返す。
よし、と納得したらしい声を出したセオルは、いつもの甘い瞳をしていてほっとする。
こそばゆいけど、やっぱり愛情を込めた眼差しを向けられるのは嬉しい。
「ときめいた?」
『は?!?』
からかうように言われて、思わず声が裏返った。
セオルはくすりと笑って「可愛い顔してたから」なんて言う。
『し、してない!』
「うん。いつも可愛い顔してるもんね」
そういう意味じゃない。
きっとわかっていて言っているんだろうけど。
次は私の方が唇を尖らせて抗議をする。
『そういうのやめて』
「そういうの?」
『歯の浮くような恥ずかしいこと言うの』
「恥ずかしくないよ」
『私は恥ずかしいの』
「でも言わなきゃ伝わらないじゃん」
きっぱりと言い切られる。
私は『そんなことない』と反論しようとしたけど、言葉の途中で首を横に振って否定されてしまった。
「あるでしょ。大事に大事に怖がらせないように優しくするだけじゃ、微塵も伝わらないことがわかったから。思ってることは全部口に出すことにした」
いまだに婚約解消を受け入れたことを怒っているのだろう。
じとっと恨みがましい瞳で睨まれてしまえば、目をそらして『もう伝わったし』なんて言うことしかできない。
「まだまだ足りない。多分リリーの思ってる100倍でも足りないくらい、俺はリリーが好きだよ」
『ひゃっ?!……それはちょっと言い過ぎじゃない?』
「じゃない。大丈夫、リリーに同じだけの愛情を返してほしいなんて贅沢なことは思ってないよ。でも少しでいいから、いつか俺のことを好きになってね」
至近距離まで顔を近づけられてから言われると、逃げ出してしまいたい気分になる。
そもそも、私はもうだいぶセオルのこと好きなんだけど。
まぁ変態だしヤバい奴だって思ってるけど、それはそれで本気で嫌なわけじゃないし。
でもそう素直に言えるはずもなく、ぐっと言葉を飲み込む。
セオルの熱っぽい視線が、獰猛な肉食獣みたいに私を捉えているみたいだ。




