45.思い出話
『昔から春になると、家族でお茶をするときにお花の形のジャムクッキーが出るんです。ジャムの部分がキラキラしていて宝石みたいで、すごく可愛くて。でも食べられるのは年に1回だけで、それ以外はどんなにお願いしても用意してもらえなくて』
きれいなお菓子はほかにもたくさんあったけど、あれだけは特別だと子どもながらにわかっていた。
だって、あのクッキーが出るたび、お母様が本当に嬉しそうに笑うのだ。
『ある年、妹と屋敷内でかくれんぼをしているとき、クッキーの焼ける甘い香りにつられて厨房へ行ったんです。そろそろお花のクッキーの時期だな、もしかしたらお花のクッキーが焼けたんじゃないかなって』
厨房には、予想通りお花のクッキーが並んでいた。
でも当時の私は喜びよりも戸惑いの方が大きかった。
だって―――
『クッキーを焼いていたのはお父様だったんです。お父様は私に気づくと真っ赤になって。焼きたてのまだ温かいクッキーを1枚くれて、さっきのフィリーおじさまみたいにしーって』
そして教えてくれたのだ。
結婚記念日に、毎年あのクッキーを作っていることを。
『両親がまだ婚約していた頃、ジャムクッキーが流行っていたそうです。でも人気店のものはなかなか手に入らなくて、残念そうにしていたお母様のために作ったのがきっかけで………。完成したものは不格好で、とても贈り物には相応しくない出来だったそうですが、すごく喜んでくれたのが嬉しくて、次はもっと美味しいものをと毎年、毎年』
「え、すごくいい話」
『でもお父様は恥ずかしいみたいで、内緒なんですって。屋敷でも人払いして作ってたらしくて、一部の使用人とお母様以外知らないそうです』
「え、聞いちゃってよかったのかな?」
「あの、さっきから何の話を」
「え?愛のジャムクッキーの話ですよ。子爵が想像以上に愛妻家だったことに驚いています」
「……は?!」
フィリーおじさまがかいつまんで私の話を聞かせると、お父様はみるみるうちに真っ赤になっていった。
そしてプルプル肩を震わせたかと思うと、セオルとオスカーをじとっと睨みつけた。
おそらく私が彼らのうちどちらかに話をしたのが伝わったと判断したらしい。
これじゃだめか。
それならば―――。
『何年か前に飲みすぎたお父様が急に泣き出した話とか?』
「え?子爵泣いちゃったの?なんで??」
「は?!」
『なんか同僚の結婚式に参加してきたみたいで、娘を嫁に出すのがつらいとか言ってお母様によしよしされてました』
「あぁ~……男親の悲しい性だよねぇ」
「待ってください、なにか誤解が」
『あと今朝、家出るときに階段の段で躓いて、足ぐきってなってました』
「え?子爵、足変にひねったりしてないですか?」
「は?足?」
「朝階段で躓いたんでしょう?医者に診せました?」
「いや大丈夫……って、なんで知ってるんです?!」
お父様の表情は、驚きよりも恐怖の色に染まりつつある。
ちょっと言いすぎたかもしれない。
「えっと……リアちゃんに教えてもらって」
「え?え??本当に……?」
「本当です。聞きたいことがあれば聞いてみてください」
「あ……じゃ、じゃあ……」
お父様が顎に手を当てて考え込む。
そしてうろうろと視線をさまよわせてから、意を決したように問いかけた。
「苦しくないか、尋ねてください。今、痛みはないのか、つらいところはないのか……何よりそれが知りたい」
切実な眼差しだった。
一番に知りたいことがそれなのかと、胸を震わせる。




