44.早とちり
「ちょ、急にどうしたんです?」
「いいから、いいから」
「いや、仕事が」
「いいから、いいから」
数分待ったところで、おじさまがお父様の背中を押しながら戻ってきた。
明らかに困惑した様子のお父様はたびたび抗議の声を上げているが、華麗にスルーされている。
「じゃあ、とりあえず座っていただいて」
「いや、戻らないと」
「まあまあ、まあまあ。頂き物のおいしいお茶があるので、今淹れますね」
「は?いや、お気遣いなく」
なんとか仕事に戻ろうとするお父様と、やんわり押しとどめるフィリーおじさま。
詳しいことはわからないけど、多分立場はおじさまの方が強い。
だからお父様も、無理に戻ることもできずに戸惑っているのだろう。
目の前にカップを置かれ、渋々お父様が腰を据える。
出されたお茶を一口飲んでから「それで、本題は何なのでしょう」と問いかけた。
お父様の視線が、ちらりとセオルの方に向けられた。
ポーカーフェイスを装っているが「こいつが何かやらかしたのか?」とでも言いたげな視線だった。
「いやぁ、驚かないで聞いてほしいんですが」
「はぁ」
「お嬢さんのことで」
「……それは、どちらの娘のことでしょう」
「リアちゃんの方です」
お父様の瞳がゆらりと揺れ、不機嫌そうに眉間にしわが寄る。
「娘が何か?」
びっくりするほど冷たい声だ。
ただ私について話があると言われただけなのに、それほどまでに怒りをあらわにする理由がわからない。
「いや、悪い話ではありませんよ?」
「はぁ……それは、娘の新たな婚約についてのお話ですか?それとも、グレイ伯爵家との婚姻についてですか?彼がこの場にいるということは、後者ですかね」
「へ?」
どうしてそんな話に。
フィリーおじさまが困ったようにこちらを振り向いたけれど、私にも意味がわからない。
「ほかの皆様にもお話していますが、婚約については両家で話をすり合わせている最中です。我が家では新しい婚約者を探してはいませんし、伯爵家の意向はわかりかねます。そもそもまだ解消にも至っていないので」
「解消しないけど?」
「……だそうですし」
お父様の話に割って入るように、セオルが宣言する。
今はそういう場面じゃなくない?
褒めてほしそうにこちらを見られても困る。
「あ、えっと……そういう話では……」
「え?」
眉を下げてフィリーおじさまが否定すると、お父様は呆けたように口を開けた。
「いや、リアちゃんの病状?についての話がしたかっただけで」
「え?……あ、も、申し訳ありません。この手の話が立て続いていて、てっきりそうだとばかり。とんだ失礼を」
「いやいや、こちらこそ配慮が足りず」
お父様とおじさまが互いに頭を下げあう。
しかし「それでは」と困惑したように問いかけた。
「一体何の……も、もしや娘の病の原因がわかったのですか?」
「あぁ……そういうわけでもなく」
「そ、そうですか……」
おじさまの言葉に、お父様ががっくりと肩を落とす。
以前と比べて、少し老け込んだ気がする。
それだけ心労をかけているのだと思うと、胸が痛んだ。
思わずお父様のそばまで行き、隣に座り込んだ。
声をかけることも、手を握ることもできないのが悲しい。
「リアちゃんが心配していますよ」
「え……?……あぁ、そうですね。情けない姿を見せるわけにはいきませんね」
「いえ、そういう比喩ではなく、本当に」
おじさまのセリフを慰めと受け取ったらしいお父様に、おじさまが否定の言葉をかける。
お父様は意味がわからないとでもいうように、目を瞬かせた。
「そんな、まるで娘がこの場にいるかのような」
「いますよ」
「はぁ?!……笑えない冗談です。娘はまだ生きていますので」
「存じています。いや、こちらとしてもまだ信じられない気持ちなのですが」
理解してもらうのは、きっと難しいだろう。
だってお父様には、どう足掻いても私の姿は視えない。
視えないものを信じるのは、何より難しい。
「リアちゃん」
『はい』
「何か家族しか知らない話はないかな?小さな頃の思い出とか、ささいな秘密とか、何でもいいんだけど」
『えぇっと……』
「は?いや、だからさっきから何を」
「しーっ。少しお待ちを」
戸惑うお父様に向かって、フィリーおじさまが人差し指を口に当てて見せた。
お父様は胡散臭そうに眉を顰めながらも、仕方なさそうにお茶のカップを手に取った。
『あ』
その姿を見ていて、不意に思い出した。




