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35.威嚇

『セオル?!』


 セオルは息を軽く整えてから、つかつかとオスカーに歩み寄る。

 まるで鬼のような形相に、イレーヌが怯えるようにオスカーの服の裾を握りしめた。


「こんなところで、何をしているの?」

「何って……?え、えっと」

『ちょ、待って待って』


 顔をぐっと近づけて威嚇するセオルを止めたいのに、手がすり抜けて引き離せない。


「何してるのって聞いてるんだけど」

「ひぃっ!」

「え?いや、ちょっと離れ……」

『ばか!離れなさいって!!!イレーヌが怖がってるでしょ!!!!』

 

 低い声で凄むセオルに、イレーヌが小さく悲鳴を上げる。

 オスカーの制止をものともしない態度に、思わず怒鳴り声を上げたら、ようやくセオルが私に視線を向けた。


『オスカーはお見舞いに来ただけ!心配して、イレーヌを慰めてくれてただけ!!』

「リリーの部屋に入った?」

「り、リリー?」

『入ってない!まっすぐこの部屋に通されて、ほかの部屋には行ってないから!!』

「……ふぅん」


 少しだけ雰囲気が和らいで、セオルがオスカーたちから体を離した隙を見計らって、間にするりと割り込む。

 ふたりを背中に庇う形になった私を、セオルがぎらついた眼差しで睨み、向いのソファに腰かけた。

 そしてその自分の隣を軽く叩く。

 まるで「ここにこい」とでも言うように。


 多少和らいだとはいえ、いまだ人でも殺しそうな雰囲気だ。

 刺激するのは得策ではないと判断し、大人しく隣に腰かける。

 そのまま顔を覗き込むようにして『顔が怖い』と唇を尖らせた。

 

『可愛い顔して。怒った顔するのはいや』


 そう言って頬をつんと突いてみる。

 するとセオルは「ぅぐっっ!」と苦しそうに胸を押さえた。

 何その反応。

 怖いんだけど。


「と、とりあえず~~~」


 セオルが怯んでいる隙に、オスカーがさっとイレーヌを立ち上がらせる。

 そして外で様子を見ていたメイドの一人を呼び、部屋へ送り届けるよう言いつけた。


「お、お兄様ぁ……」

「大丈夫だから。お部屋で待っていられるな?」

「うん……でも……」


 ちらりとイレーヌがセオルに視線を向ける。

 明らかにセオルがオスカーに危害を加えると思っている顔だ。

 それでもメイドに促され、イレーヌは時々振り返りながら部屋を出て行った。

 オスカーはそれを見届けてから、部屋の扉を閉めた。


 使用人が残ろうとしていたが「ふたりで話がしたいから」と言って下がらせてしまった。

 身の安全のために残らせた方がよかったのではないかと思わなくはないが、人目があるとできない話もあるので仕方ない。


『なんかごめん』

「いや、それはいんだけださ」

「は?何お前、誰の許可取ってリリーと会話してんだ?」

『こらっ!』


 さっきまで胸を押さえて身をかがめていたくせに、気を抜くとすぐに威嚇してくるから質が悪い。

 めっ!と口元に指先を向けると、セオルはまた声にならない呻き声を上げた。


「……さっきから可愛さで誤魔化そうとするのは反則なんだけど」

『は?そんなことしてないし』

「魔性じゃん。無意識とかほんっとにもう」

『頭大丈夫?』


 さっきから威嚇と異常行動を繰り返されて、たまったもんじゃない。

 思わず顔を顰めると、またオスカーが噴き出した。


「ぷっ!……くくく、さっきから辛辣すぎねぇか?」

『こいつにはこれでいいの』

「こいつって……態度変わりすぎだろ。やっべぇ」

『やばいのはこいつだから』

「ちょっと、俺をのけ者に話進めないで」


 オスカーにからかわれていると、ムッとした顔でセオルが言う。


「ていうかさ」


 セオルはじとりとオスカーを睨みつけた。


「なんでリリーと話せるの?姿も見えてるよね」

「なんでと言われても」

『謎だよね』

「でもグレイ卿にも見えているのでしょう?」


 勝気な目でオスカーが言う。


「ほかの方には見えないのに」

「愛の力だよ」

「愛?!」


 こらえきれない笑いが漏れてるぞ。

 オスカーはしばらく口元を押さえ、プルプルと震えていたが、何とか息をついて口を開く。

 若干声が震えているのが気になるが、気にしたら負けな気がするのでスルーだ。


「あ、愛もあるかもしれませんが」

「は?お前もリリーを愛してるとでも?人の婚約者に」

「いや、そういう意味じゃなくて。俺とリアはただの友人であり、微塵もそんな気はありません」

「あ゛?リリーに魅力がないとでも言いたいのか?」

「はぁ?何この人、怖すぎるんだけど~~」


 話がまるで通じない。

 一言ごとに噛みつくセオルにため息がこぼれた。

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