33.訪問者
『あぁああ~~。いい子だって信じてたのにぃ、ロザリー~~』
転がりながら恨み言を漏らす。
私の上では、いまだに物騒な会話が繰り広げられている。
だんだん腹が立ってきて、レイドの向こう脛に何度も打撃を加える。
すり抜けるから実際は加えられていないのだけど、ここぞとばかりに拳を振り上げた。
『ばかっ!あほっ!魔法で吹っ飛ばしてやろうか?!』
悪口のボキャブラリーが少なすぎる。
もっと口汚く罵ってやりたいのに、上手にできない自分が情けない。
せめて顔面を殴りつけてやろう。
そう思って、ふわりと浮かび上がる。
いや、殴るんじゃない。
私はぐるりと身体をひねって、勢いよく足を振った。
渾身の蹴りがレイドの顔面をすり抜けた瞬間―――‐
「ぶふぉっっ!!」
離れたところから、誰かの噴き出す声が聞こえた。
レイドが剣に手をかけ、声のした方を勢いよく振り返る。
その迫力に、思わず宙でひっくり返るように回転してしまった。
「何者だ」
低い声でレイドが言う。
その視線の先には、フードを目深にかぶった男が立っていた。
『え、誰?通行人にしては怪しすぎない?』
ふよふよと飛びながら、不審者へ近づく。
セオルがいたら怒られそうだけど、精神体の私に物理攻撃の心配は不要だ。
いざとなったら高い場所まで飛んで逃げよう。
不審者は口元を押さえたまま、苦しそうにぷるぷると身体を震わせている。
明らかに笑いを堪えている。
でも、レイドの行動のどこに笑う要素があったのだろうか?
門の内側にいるロザリーの姿は、外からは見えない。
話し声も小さく、あの距離で会話の内容を聞き取ることは不可能だろう。
そうなると、読唇術か?
でも面白い話なんて一ミリもしてなかったけど。
『単にヤバいやつ?変な薬やってるとか?こわぁ』
「いや、怖いのお前だから」
『うわ、ひとりごとえっぐ』
「顔面キックのがえぐいだろ、何してんのお前」
あれ?
なんだか会話が成立しているような?
それにこの声、すごく聞き覚えが―――‐
『ぁえええ?!?!』
フードの中の顔を覗き込んで、見知った赤が目に付いた。
いまだ笑いが収まらない様子の青年は、驚きに目を丸くする私を見て、目尻に浮かんだ涙を細い指先でそっと拭った。
「お前、すげぇ面白いことになってんのな」
『オスカー?!?何してんの??え、見えてんの??』
「めっちゃ見えてる。地べた転がったかと思えば、向こう脛を執拗に攻撃して、最後は顔面回し蹴りだろ。やりたい放題じゃん」
ようやく呼吸を落ち着けたらしいオスカーは、するりとフードを脱いで、その整った顔をレイドに晒した。
「突然の訪問、失礼。夫人に取り次いで頂きたいのだが」
レイドはオスカーの姿をみとめて、握っていた剣から手を離した。
少々お待ちを、と声をかけ、門の裏側の向かって何やら囁く。
おそらくロザリーに使いを頼んだのだろう。
『お母様と約束してたの?』
「んにゃ、アポなし突撃訪問」
『はぁ!?』
「仕方ねぇじゃん。いつまでも会わせてくんないんだから」
飄々とした顔で「それよりさ」とオスカーが言う。
「もしかしなくても、お前って今人の目に映らない感じ?」
『う~~ん……まぁ、そんな感じ』
「俺ってひとりごとやばいやつ?」
『ずっと小声でなんか言ってる変なやつ』
「まじ?最悪」
まったく気にしてなさそうな顔で言われても。
優美に目を細めた彼の瞳には、うっすらと涙の膜が張っていた。




