32.密談
「セオル様は?」
「義理堅いお人だよねぇ」
「ああ。まさかあれほどお嬢様に親身になって下さるとは」
「だがもう少し、イレーヌお嬢様を気にかけてくださってもなぁ」
セオルの評価は上々。
それはそうだろう。
病に倒れた元婚約者(本人は怒るだろうけど、使用人にはすでにイレーヌの婚約者として認知されている)の元へ献身的に通う姿は胸をうつものがある。
しかし一方で、イレーヌへの態度に疑問を感じる者も少なくない。
セオルは私の元へは毎日通っているが、イレーヌのところへは一度も足を運んでいないらしい。
先日それとなく話を振ってみたが「必要ないでしょ」と眉間にしわを寄せるだけだった。
セオルの中では婚約者はずっと私のままなのだから、イレーヌへ会いに行く理由がないみたいだ。
「アメリアお嬢様の存在が、お二人のご関係の枷にならなければいいが」
ポツリと一人の使用人がこぼした。
ほかの者たちも、神妙な顔をして頷いていることから、同じ考えなのだとわかる。
「それは大丈夫でしょう」
すぐに否定の言葉を口にしたのは、マリアだった。
憂いを帯びた薄い笑みを浮かべる。
「イレーヌお嬢様もセオル様も、アメリアお嬢様を心から愛しておいでですから」
当然の事実のように口にされた言葉に、息を呑んだ。
マリアは「それに」と続けて、まっすぐに前を見据えた。
「アメリアお嬢様は強いお方です。私は、お嬢様は必ずお目覚めになると信じております」
あぁ、強いのは一体どちらの方なのか。
回復の兆しなど一切ない私のことを、諦めずにいてくれることがたまらなく嬉しかった。
『ありがとう……』
聞こえないことはわかっていても、気づくとそう呟いていた。
目が覚めたら、直接伝えよう。
そう心に決めて、私は気合を入れ直すように両手の拳をぎゅっと握った。
※
『あれ?ロザリー?』
庭園をうろついていると、裏門の方へ向かうロザリーの姿が目に入った。
きょろきょろとあたりをしきりに見渡して、まるで人目を避けているようだ。
どこからどう見ても怪しさ満点の様子に、セオルの言葉が思い出されてしまう。
《《悪者は善人のふりをして近づいてくる。》》
あのときは即座に否定したけれど、普段と様子の異なる彼女の姿に不安が湧き上がってきた。
ロザリーを見失わない程度に距離を取り、物陰に隠れながら様子を窺う。
落ち着きなく視線を彷徨わせながら、ロザリーはそっと裏門に手をかけた。
『いや、隠れる意味ないじゃん』
以前小説に出てきた探偵のように尾行していたが、ふいに無駄だと気づく。
そもそも私の姿はセオル以外誰にも見えないのだ。
それに、こんなに離れていたら何をしているのかよくわからないし、声も聞こえない。
ふわりと飛ぶように裏門へ近づく。
ロザリーは門越しに、ぼそぼそと小声で誰かと会話をしているらしかった。
私はロザリーの隣に立ち、門へ顔を突っ込んで、門の向こうの人物を確認する。
『この人、確か』
騎士のレイドだ。
そういえば、正門にも裏門にも警備のため兵士が常駐している。
よその家の人間と密会する場としては相応しくない。
でも、どうして騎士であるレイドが?
普段は兵士が交代で門番を務めていたはず。
もしかしたら、レイドも犯人の協力者のひとりなのだろうか?
「首尾はどう?」
「難航している。悪いな、なかなかしぶとくて」
「……はぁ。仕方ないわ。そろそろ奥の手を使わなくてはならないわね」
ふーっと深いため息をつくロザリーは、初々しくて献身的な普段の様子とまったく異なる。
二人が顔見知りであったことはもちろん、こんな砕けた口調で話す仲だったことに驚いた。
「あれはさすがにかわいそうなんじゃねえか?」
「何言ってるの。手段を選んでなんかいられないわ」
「だがだいぶ参ってる様子だったぜ?このままでも」
「ダメよ。時間がないの。あなたもわかっているでしょ?」
やばい。
もう完全に悪役の会話じゃん。
精神体だから汚れないことをいいことに、地面に寝そべって盛大に落ち込む。
騎士のブーツって、ベルトがいっぱいついててちょっとおしゃれだなぁ。
現実逃避にそんなことを考える。
そのままごろんごろんと転がってみた。
外でこんな風にはしたなく転がることなんて、私の生涯に起こりうるとは思わなかった。
見慣れない低い視界は、なかなかおもしろい。




