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32.密談

「セオル様は?」

「義理堅いお人だよねぇ」

「ああ。まさかあれほどお嬢様に親身になって下さるとは」

「だがもう少し、イレーヌお嬢様を気にかけてくださってもなぁ」


 セオルの評価は上々。

 それはそうだろう。

 病に倒れた元婚約者(本人は怒るだろうけど、使用人にはすでにイレーヌの婚約者として認知されている)の元へ献身的に通う姿は胸をうつものがある。

 しかし一方で、イレーヌへの態度に疑問を感じる者も少なくない。


 セオルは私の元へは毎日通っているが、イレーヌのところへは一度も足を運んでいないらしい。

 先日それとなく話を振ってみたが「必要ないでしょ」と眉間にしわを寄せるだけだった。

 セオルの中では婚約者はずっと私のままなのだから、イレーヌへ会いに行く理由がないみたいだ。


「アメリアお嬢様の存在が、お二人のご関係の枷にならなければいいが」


 ポツリと一人の使用人がこぼした。

 ほかの者たちも、神妙な顔をして頷いていることから、同じ考えなのだとわかる。


「それは大丈夫でしょう」


 すぐに否定の言葉を口にしたのは、マリアだった。

 憂いを帯びた薄い笑みを浮かべる。


「イレーヌお嬢様もセオル様も、アメリアお嬢様を心から愛しておいでですから」


 当然の事実のように口にされた言葉に、息を呑んだ。

 マリアは「それに」と続けて、まっすぐに前を見据えた。


「アメリアお嬢様は強いお方です。私は、お嬢様は必ずお目覚めになると信じております」


 あぁ、強いのは一体どちらの方なのか。

 回復の兆しなど一切ない私のことを、諦めずにいてくれることがたまらなく嬉しかった。


『ありがとう……』


 聞こえないことはわかっていても、気づくとそう呟いていた。

 目が覚めたら、直接伝えよう。

 そう心に決めて、私は気合を入れ直すように両手の拳をぎゅっと握った。





『あれ?ロザリー?』


 庭園をうろついていると、裏門の方へ向かうロザリーの姿が目に入った。

 きょろきょろとあたりをしきりに見渡して、まるで人目を避けているようだ。


 どこからどう見ても怪しさ満点の様子に、セオルの言葉が思い出されてしまう。

 《《悪者は善人のふりをして近づいてくる。》》

 あのときは即座に否定したけれど、普段と様子の異なる彼女の姿に不安が湧き上がってきた。


 ロザリーを見失わない程度に距離を取り、物陰に隠れながら様子を窺う。

 落ち着きなく視線を彷徨わせながら、ロザリーはそっと裏門に手をかけた。


『いや、隠れる意味ないじゃん』


 以前小説に出てきた探偵のように尾行していたが、ふいに無駄だと気づく。

 そもそも私の姿はセオル以外誰にも見えないのだ。

 それに、こんなに離れていたら何をしているのかよくわからないし、声も聞こえない。


 ふわりと飛ぶように裏門へ近づく。

 ロザリーは門越しに、ぼそぼそと小声で誰かと会話をしているらしかった。

 私はロザリーの隣に立ち、門へ顔を突っ込んで、門の向こうの人物を確認する。


『この人、確か』


 騎士のレイドだ。

 そういえば、正門にも裏門にも警備のため兵士が常駐している。

 よその家の人間と密会する場としては相応しくない。


 でも、どうして騎士であるレイドが?

 普段は兵士が交代で門番を務めていたはず。

 もしかしたら、レイドも犯人の協力者のひとりなのだろうか?


「首尾はどう?」

「難航している。悪いな、なかなかしぶとくて」

「……はぁ。仕方ないわ。そろそろ奥の手を使わなくてはならないわね」


 ふーっと深いため息をつくロザリーは、初々しくて献身的な普段の様子とまったく異なる。

 二人が顔見知りであったことはもちろん、こんな砕けた口調で話す仲だったことに驚いた。


「あれはさすがにかわいそうなんじゃねえか?」

「何言ってるの。手段を選んでなんかいられないわ」

「だがだいぶ参ってる様子だったぜ?このままでも」

「ダメよ。時間がないの。あなたもわかっているでしょ?」


 やばい。

 もう完全に悪役の会話じゃん。


 精神体だから汚れないことをいいことに、地面に寝そべって盛大に落ち込む。

 騎士のブーツって、ベルトがいっぱいついててちょっとおしゃれだなぁ。

 現実逃避にそんなことを考える。


 そのままごろんごろんと転がってみた。

 外でこんな風にはしたなく転がることなんて、私の生涯に起こりうるとは思わなかった。

 見慣れない低い視界は、なかなかおもしろい。

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