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31.噂話

『ね』

「うん」

『あと一個、気になることがあるんだけど』

「なぁに?」

『呪いとは関係ないんだけど』

「うん」


 穏やかに細められた瞳が、柔らかく続きを促す。


『お父様とお母様は……どうして私の部屋に来てくれないんだと思う?』

「どうしてって?」

『大事に思ってくれてるんなら、会いに来てくれてもいいんじゃないかなって。私ならそうするだろうし』

「そうだね」


 両親の真意を知れたのは嬉しい。

 でも、それならストレートに愛情を示してもらいたかった。


「多分さ、あの人たちは弱いんだよ」

『弱い?』

「うん。だから逃げちゃったんじゃない?」


 意味がよくわからなくて首を捻った。

 セオルは私の真似をするように首を傾け「だってさ」と続ける。


「見てられなかったんだよ。愛する家族が人形みたいに動けない姿を。それに見られたくなかったんじゃない?情けなく取り乱す姿なんて、一家の当主夫妻としてありえないって」

『……そっか』


 もしもこれがイレーヌだったなら。

 愛らしいあの子がまるで廃人のように動かなくなってしまったら、私はそれを直視し続けることができるだろうか。

 背筋がヒヤリとして、私は自分を抱きしめるように腕を回した。


『でも……』

「うん」

『私は取り乱してほしかったな。冷静さなんてかなぐり捨てて、愛情を伝えてほしかった』

「そうだね。じゃあ、早く元気にならなくちゃ。そして文句を言ってやればいい」


 こともなげにセオルが言う。

 簡単なことじゃないのに、まるで容易いことのように。

 それが嬉しくて、私は泣き笑いの情けない顔で頷いた。




 両親の部屋をのぞいてから、私は屋敷内を散策するようになった。

 愛情が失われたと思っていた頃は部屋を出るのが怖かったけど、今は平気だ。


 セオルが仕事に出ている間は、情報収集の時間だ。

 精神体だからか、一日中屋敷内をうろついていても疲労はたまらない。

 それに何より、退屈に辟易していた私にとって、屋敷内に限ったとて自由に動き回れるのは喜ばしいことだった。


 他人のプライベートを覗き見することに罪悪感があったのは、初めの数日程度。

 今は娯楽感覚で部屋を覗いたり聞き耳を立てたりしているのだから、どうしようもない。


 パン屋の娘のセレスが商売敵の家の息子と恋仲で、両親に隠れて逢瀬を重ねているだとか。

 路地裏にあるカフェのフルーツタルトが絶品だとか。

 続きが気になっていた恋愛小説が完結したとか。


 思わず聞き入ってしまう話が多くて困ってしまう。


「アメリアお嬢様の具合はどうだい?」


 通りすがりに自分の名前が聞こえてきて、足を止める。

 声のした方を振り向けば、侍女のマリアと数名の使用人の姿があった。


 姿は見えないだろうが、輪に加わるように傍によると、マリアが悲しげに眉を下げて、力なく首を振った。


「そうかい」

「神様もね、残酷なことをなさる」

「本当に。お嬢様が一体何をしたというのか」


 屋敷をうろつくようになって、意外と使用人たちが私に同情的だと知った。

 陰口を囁かれてたら嫌だなぁ、なんて失礼なことを思っていたのが申し訳ないくらいだ。

 ただ、それに比べて――


「旦那様と奥様は相変わらずかい?」

「少しは会いに行って差し上げればいいものを」

「イレーヌお嬢様にも近づかないようにと仰せなのだろう?」

「実の娘だってのに、薄情なもんだ」


 両親への心証はずいぶんと悪いらしい。

 原因不明の病に侵された娘を容赦なく見捨てた冷血漢。

 それが使用人たちの共通認識のようだ。


 実際、私もそうだと思っていた。

 しかし彼らの真意を知った今では、誤った認識を否定できないことがもどかしい。

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