30.犯行目的
『触覚はないのに、視覚や聴覚が残っているのは?』
「そこが不思議なんだよね。もしもリリーを苦しめることが目的なら、触覚は残しておく方が効果的だし」
ナチュラルに怖いことを言う。
でも確かに、感覚はあるのに動けずにいる方がずっとつらい。
床ずれやおむつの濡れた感触なんて味わったら、今どころではない絶望を感じるだろう。
「あとさ」
『ん?』
「空腹も感じないでしょ?」
『確かに。喉が渇くこともない』
「それってさ、あえて嫌な感覚だけは感じないようにさせてるってことになるよね。憎い相手に、ずいぶん回りくどいことするなぁってのが変な感じで」
『苦しめることが目的ではないってこと?』
「うん。だとしたら、どんな動機が考えられると思う?リリーが寝たきりになることで、何が変わると思う?」
私の身体が動かなくなったら。
――もしかして。
『婚約解消?』
「……俺も、それが一番可能性が高いと思ってる」
結婚を控えた娘に重大な病が発覚したら、婚約の継続は困難だとみなされる。
一方的な婚約破棄は国の法によって禁じられているが、やむを得ない事情がある場合は別だ。
無条件で婚約は解消され、慰謝料などの金銭的なやり取りも生じないのが一般的だ。
『じゃあ、つまりーー』
「そう」
『伯爵家と婚姻関係になりたい者の仕業』
「違う。君の婚約者の座を狙う間男の仕業に違いない」
『はぁ?!?!!?』
何言ってんだコイツ。
自分で言うのもなんだけど、私は正直何のとりえもないごくごく平凡な一令嬢に過ぎない。
それに対してセオルは、魔法省の出世頭で次期伯爵。
加えて顔もいいし、体格もいい。
同年代の中でもずいぶんと注目を集めるタイプだ。
私が婚約者の座を降りたら、その後釜を狙うものは後を絶たないだろう。
『狙われるのはぜっっったいそっちの方だから!!』
「何言ってるの。リリーは自分の魅力を過少評価しすぎ。俺がどれだけ周囲をけん制して回ってるか知らないでしょ」
『知らないし知りたくもない。そもそも必要ない』
ばっさり切り捨ててやると、セオルは不満げに眉を寄せた。
「……まぁいいや。今後も俺がそばにいればいいだけだし」
そんなことを言いつつも、唇を尖らせている。
拗ねてる顔も絵になる男だ。
やっぱり方々が放っておかないだろう。
『でもさ、婚約解消を狙うどこかの家の仕業なら、犯人は屋敷内にいないでしょ。協力者を探してる感じ?でもうちの使用人は古くから仕えてくれてる人が多いし、怪しい人なんていないよ』
「最近新しいメイドを雇ったでしょ」
『ロザリー?すっごくいい子。好き』
「好き?」
『あ、えっと……お世話してもらってるから』
思わず気持ちが溢れてしまった。
やはり精神体だからか、思ったことがすぐ口に出てしまう。
でもよくしてくれる使用人に好感を抱くのは普通のことでしょ?
そんなに瞳孔開いて見つめられると怖いんだけど?
『と、とにかく、ロザリーはない』
「どうして言い切れるの?悪者は善人のふりをして近づいてくるんだから、ちゃんと警戒しなくちゃ」
『~~~~そ、それはそうかもしれないけどっ』
セオルの言うことは理解できる。
だからといって、ロザリーを疑うことはできなかった。
あの献身が、演技だとはどうしても思えない。
「それにね」
セオルがぐっと顔を寄せて囁いた。
「微細な魔力が継続的に供給されてることがわかった」
『それって』
「魔法の効果は永続的ではない。魔力が底をつけば、やがて効果は失われる。なら、効果を持続させるためにはどうすればいい?」
『魔力を追加する……?』
「正解」
つまり。
『犯人は、継続的に魔力を供給できる場所に……私の傍にいるってこと?』
「うん。それも、相当魔力の扱いに長けた人物だね。スクロールでも感知しづらいほど少量の魔力を放出することは、一般人には難しいものだから」
ごくりと喉を鳴らして、唾を飲み込んだ。
セオルの漆黒の瞳には、ただ窓の外の景色だけが映っていた。




