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25.愛称

「あともう一個、お願いしてもいい?」


 ここぞとばかりに提案してくるセオルに呆れつつも『次は何?』と問いかける。


「えっと……愛称で呼んでもいい?」

『愛称?』


 意外なお願いごとに首を傾げる。

 少しだけ頬を染めたセオルは、どうやら照れているらしい。

 もっとほかに照れるべき場面はあったと思うんだけど、なんでここで??


『別にいいけど、なんで急に?』

「……こないださ、うちの上司のご子息が忘れ物届けに来てさ」

『うん?』

「上司と一言二言話してると思ったら、急に俺のとこに飛んできたの」

『え、待って、何の話?』


 セオルの上司のご子息なんて、心当たりが微塵もない。

 でも目を丸くする私の顔を見つめるセオルの視線は、どこかじっとりとしている。


『いや、何その目』

「……俺は少し怒ってる」

『は?怒ってんの?急に??』

「…………」

『こわっ』


 ますますわけがわからなくて首をひねった。

 セオルの眉間には皺が寄っていて、少し尖った口元があからさまな「拗ねてます」アピールをしている。


『ま、とりあえず続きをどーぞ』

「うん。……で、そいつが言うの。リアの具合はどうですかって」

『リア?』

「俺も聞き返した。そしたら、あなたの婚約者のアメリア・ティールのことですって」

『……あ』


 そう言われて、ようやく一人の友人の顔が頭に浮かんだ。


『その人って、もしかして、長く伸ばした赤毛を結い上げてて』

「うん」

『細身で中性的な顔立ちの人?』

「うん」

『あ~~』

「何あいつ。親しいの?」


 オスカーは母同士が友人関係にあり、幼い頃から頻繁に顔を合わせていた。

 年頃になったら縁が薄れるかと思われたが、好みの本の系統が似通っていることもあり、本の貸し借りを続ける仲だ。


 ちなみにお互い好きなのは恋愛小説で、女友達のように感想を言い合うものだから、異性としてほとんど認識できていなかった。

 それにしても、オスカーの父がセオルの上司だったとは。

 今までどこかで話題に出てもよさそうなものなのに、誰も結びつかなかったのだろうか。


『オスカーはただの読書仲間で』

「オスカー?」

『え?オスカーに会ったんでしょ?』

「……ずいぶん親しげに呼ぶんだなぁ、と思って」


 嫉妬じゃん。

 ヤキモチってやつじゃん。

 小説でこんなシーンいっぱい見た。


「ちょっと、何ニヤニヤしてるの」


 思わず顔に出ていたらしい。


『べっつに~』

「ム……面白がってるでしょ」

『……ちょっとだけ?』


 正直に答えると、深いため息をつかれてしまった。

 でも拗ねてるんだと思ったら、かわいく見えてくるから不思議だ。


『リアって呼びたいの?』

「う~ん……」

『違うの?』

「違わないけど」

『けど?』

「違う呼び方は?」


 違うって言ったり違わないって言ったり、どっちなんだ。

 愛称では呼びたいけど、人と同じ呼び方では嫌だということか。


『違う呼び方……例えば?』

「リリー、とか」

『なんか子どもっぽくない?』

「そう?かわいいと思うけど」

『そうかなぁ』


 リリー、リリーかぁ。

 かわいいなら、悪くないかな。


『いいよ』

「ほんと?」

『うん』

「やった」


 喜んでる。

 かわいい。


 なんだかんだ言いながら、やっぱり私はセオルのことが好きなんだなって思ってしまう。


『枕カバーとオルゴール、見てみたいなぁ』

「お、見に来る気になった?」

『ならないけど』

「じゃあ、一つずつ持ってこようか」

『……いいの?』

「うん。断られることはないはずだよ」


 約束ね。

 そう言ってセオルが微笑む。

 こいつ、約束好きだな。

 そう思いながらも、その約束がどうしようもなく嬉しくて、少しだけ泣きそうになった。

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