22.懇願
「今日も話してくれないの?」
少し沈んだ声で、セオルが言う。
この数日、千里眼は使っていない。
直接話をしてしまったら、歯止めが利かなくなりそうだから。
セオルが屋敷に滞在を始めて数日は、彼が部屋を訪れるたびに精神体になって話をしていた。
視線を向ければ絡み合い、言葉を発せば返答が帰ってくる。
それだけのことがうれしかった。
でも、それがいけなかった。
次第に夜になると彼の足音に耳を澄ませるようになったし、肉体を抜け出して窓の外を眺めるようになった。
醜い執着心を減らすためには、距離をとるしかない。
そう思って、少しずつ千里眼を使う日を減らしていった。
セオルは心配そうな顔をしていたが、魔力消費が多くて疲れるのだと説明すれば、納得したようにうなずき「無理はしなくていい」と言ってくれた。
本当は、千里眼を使うことにずいぶんと慣れ、魔力の消耗はほとんど感じなくなっていたのだけれど。
セオルの細くて長い指が、私の髪をくるくる巻き付けるように絡めとる。
そしてそのまま唇を押し当てられて、胸が高鳴った。
髪の毛だって、みだりに触れないと約束したくせに。
嘘つき。
「少しでいい、話ができないかな」
今日の彼はしつこい。
切実な瞳が私をじっと見据えている。
はらりと指先から髪がこぼれ落ちた。
彼の手のひらは、そうっと私の頬に伸ばされる。
「俺を見て……一言でいいから、声を聞かせて……」
声が震えている。
目元はうっすらと赤く染まり、漆黒の瞳を覆うように、涙の膜が張っている。
それを見て、ようやく理解した。
彼は怖いのだ、と。
( 千里眼 )
光を失っていく瞳を見ていられなくて、とっさに唱えていた。
ふわりと抜け出した肉体から、触れられない彼の頬へそっと手を伸ばす。
瞬いた瞳から、はらりと涙がこぼれた。
そして本体に触れていた手が精神体へ伸ばされ、抱きしめられるように包みこまれた。
実際は触れられないから抱きしめるフリなんだけど、不思議と彼の体温が伝わる気がする。
「やっと出てきてくれた」
「ごめんなさい」
「いや、無理を言ってごめん。でも、怖くて。君がもうここにいないような気がして」
傷つけるつもりじゃなかった。
でも結局、自分が傷つきたくないから、彼の気持ちを見ないようにしていたのだ。
自分の身勝手さに、弱さに、反吐が出る。
「不安にさせてごめんなさい」
もう一度謝って彼を見上げると、涙のにじんだ瞳が安堵したように細められた。
それがうれしくて、でも、同時に不思議に思った。
どうして彼は、ここまで私を想ってくれるんだろう。
家同士の利害関係で結ばれた婚約者だ。
情はあっても、執着とさえ思えるような熱を向けられる理由がわからない。
ねぇ、と甘えるような声で彼が囁く。
「お願いがあるんだけど」
「なに?」
「3日に1回でいい、こうして話をさせてくれないか?負担が大きいなら、もう少し間隔を開けてもいい。でも、君の心がここにあると確信できる時間がほしいんだ」
切実な訴えに、胸が締め付けられる。
もう一度「ごめんなさい」と謝ると、セオルは首を横に振った。
「君が謝ることじゃない。わがまま言って困らせてるのは俺だよ。ごめんね」
へにょりと下げられた眉を見ているといたたまれなくて、気づくと白状していた。
千里眼の魔力消費は多くなく、本当は負担はほとんどないと。
怒られるかと思ったけれど、セオルは悲し気に目を伏せるだけだった。
「……もしかして、やっぱり俺のことが嫌だった?気持ち悪い?」
しゅんとしているセオルは、人間なのにまるで落ち込んだ大型犬みたいだ。
存在しないはずの耳と尻尾が垂れ下がっているように見える。
「ち、違う……」
「じゃあ、どうして……」
「ただ」
「ただ?」
「ちょっとだけ、怖くて」
素直に言うと、セオルはピクリと肩を揺らした。、




