20.自己嫌悪
『こんなさ』
「うん」
『わけわかんない状態でさ』
「うん」
『……初めてだしさ』
「……うん?」
直接的な表現でないと伝わらないであろうことはわかっているのに、遠回りな言葉ばかりが口をつく。
首を傾げるセオルを見て、仕方なく腹をくくった。
『……ちゃんと感覚のあるときじゃなきゃ、やだ』
覚悟を決めたはずなのに、思った以上に小さい声になってしまった。
ちゃんと聞こえただろうかと、恐る恐るセオルに視線を向ける。
ぽかんとした顔をしている。
やはり聞こえなかったのかと、それでももう一度言う勇気が出なくて口元をもごもごさせていると、じわじわとセオルの耳が赤くなっていくのに気づいた。
「俺が嫌なんじゃなくて、タイミングがダメってこと?」
『……まぁ』
「俺のこと好き?」
『き、嫌いじゃない』
「……そっか」
さっきまでの湿度の高そうな雰囲気はどこへやら、なんだかほわほわとした空気が漂っている気がする。
「じゃあ、身体が動かせるようになったら、改めて同意をとるね」
『ど、同意?』
「うん。勝手にやるのはダメなんでしょ?してもいいタイミングが、ちゃんと確認するから安心してね」
『う……うん……?』
やたらと嬉しそうに言うものだから頷いてしまったけれど、どうしようもない墓穴を掘ってしまった気がする。
お伺いを立てられて、自分で了承しなきゃいけないの?
羞恥が過ぎない?
「楽しみだなぁ」
うきうきとした様子で言われてしまえば「やっぱりなし」とは言えないわけで。
疲れたから身体に戻ると言って、撤退することにした。
セイルも付いてくると言い張ったが、少し休みたいからといえば渋々諦めてくれた。
「じゃあ、またあとで行くから」
『わかった。……あ、その前に』
「うん?」
『私からもお願いしたいルール、あるんだけど』
そう断って、3つのルールを提示する。
ひとつ、私に関する調査結果は逐一報告すること。
ふたつ、みだりに体に触れないこと。
みっつ、調査よりも自分の健康を優先すること。
『約束してくれる?』
「……1つ目は、もちろん」
『残り2つも』
「えぇ~……わかった……」
めちゃくちゃ納得してなさそうだったけど、触れたら負けな気がするので気にしないことにする。
何にせよ、言質を取ったという事実が大事なのだ。
「でも、俺ってだいぶ丈夫なほうだよ?」
『で?』
「多少不摂生しても元気なんだけど」
『ダメ。あくまで健康的な生活が優先。調査のために睡眠時間減らしたりしたら怒るからね』
「ん~~」
納得はしていなさそう、だけど、どこか嬉しそうな顔をしてる。
口元ムズムズしてるし。
「それって、俺のことが大事ってこと?」
『??当たり前でしょ?』
「そっかぁ」
何が琴線に触れたのかはわからないが、満足したなら問題ないだろう。
じゃ、と壁をすり抜けようとしたところで、次は向こうから「待った」がかかった。
『なに?』
「触れちゃダメってのはさ、どこまでダメなの?」
『は?』
「髪とか手とかは触ってもいい?あとできれば顔も」
『顔』
「おでことかほっぺとか………」
そう言われて想像してみる。
優しく頬を撫でる指先。
髪の毛先を手に取ってそっと口元に………。
いやいやいやいやいや。
『だ、だめ!!!!』
「だめかぁ……。ちょっとだけなら?」
『ダメったらダメ!あほ!変態!!!』
「ええ?変な触り方しないのにぃ」
信用できるか!!
とにかく一律NGだと言い張って、一目散に部屋をすり抜けた。
背後から抗議の声が聞こえていたが、後悔はしていない。
戦略的撤退というやつだ。
するりと肉体に戻ると、心地よい微睡みが訪れる。
うとうとと意識を揺蕩わせながら、胸を占めていたのは甘美な歓喜ではなく、痛いくらいの自己嫌悪だった。
私、何をしているんだろう。
本人が何と言おうと、公的に彼は妹の婚約者だ。
もう私がどうこうしていい相手じゃないのに。
淡い恋心がどんどんと燻り、黒く濁っていくみたいだ。
適切な距離をとって、早く蓋をしてしまわないと手遅れになってしまう。
まだ引き返せるうちに、この気持ちを断ち切ってしまわなくてはならない。
それでもあの甘い声が、瞳が、私の心を浅ましくて卑しいものに変えてしまう。
いっそ、消えてしまえたらいいのかな。
そんなことを考えながら、私はそっと意識を手放した。




