13.別れの挨拶
『なに、急に。連れて帰りたいとかいってたくせに』
やっぱり、こんなわけのわからない元婚約者なんて、嫌になったのだろうか。
もしかして、さっきまでのはただのリップサービス、あるいはただからかわれていただけなのかもしれない。
そんなネガティブな思考に引っ張られて、つい縋るようなセリフが口をついてしまった。
「それはそうなんだけど」
『そうなの?』
「ん?当然。でもさ、体に戻れなくなったら困るでしょ?アメリアの能力はまだ未知のものだし、肉体から離れすぎるのはリスクが大きい」
『でも……でも、もう結構走ってる』
「ゆっくり走らせてるから、実はまだそんなに離れていないよ」
窓の外に視線を向けると、確かに馬車にしてはずいぶんとスローペースだ。
「どう?戻れそう?難しければ引き返すけど」
『多分大丈夫』
「ならよかった。もちろん今のアメリアも愛らしいけど、俺は生身の君ごと全部ほしいからね」
何を恥ずかしいことを言っているんだ、コイツ。
いい加減耐性が付きそうなものだけど、次々溢れてくる甘い言葉は毎回新鮮に私の心を揺さぶってくるから困る。
『ぐぅぅ……わかった、もう帰る……』
何とかそれだけ言って立ち上がった。
動いている馬車から飛び出すなんて、まるで小説みたいでちょっとドキドキする。
外の景色に見覚えはないが、肉体と精神が見えない糸でつながっているのか、不思議と家の方角がわかるから不思議だ。
ちらりとセオルを振り返ると、当然のように目が合う。
そんなに見られたら穴が空きそうだ。
『じゃあね』
「うん」
『……ばいばい』
「うん」
『……さよなら』
馬鹿みたいに思いつくがまま、別れの言葉を繰り返す。
自分が何をしたいのかわからない。
早く帰らなくてはならないとわかっているのに、帰りたくないと思ってしまうのは、人との会話が久しぶりすぎて後ろ髪をひかれているせいかもしれない。
「心配しなくてもちゃんと会いに行くよ」
だいじょーぶ、とまるで子どもに言い聞かせるように優しく、セオルが言う。
その言葉がうれしくて、でも素直に言うのは癪で、私は反射のように『してない!』と返した。
セオルは私の無礼な態度を笑って流して「そうだね」なんて余裕ぶっている。
『してない……けど』
「ん?」
『待ってる……』
絞り出すように呟くと、彼は大きく目を見開いた。
驚いた顔、案外あどけなくてちょっと可愛い。
耳の先が赤くなっているのは、照れているのだろうか。
胸の奥がムズムズして、私は馬車を飛び出した。
窓の外から小さく手をふると、セオルも同じように振り返してくれる。
「おやすみ」
馬車の窓は閉まっているのに、そう言ったセオルの声ははっきりと聞こえた。
名残惜しさから何度も振り返りながら、屋敷を目指す。
澄んだ夜の空には眩いばかりの星が煌めていて、とてもきれいだ。
ゆっくりと高度をあげて、ひときわ輝く三日月に手を伸ばす。
今ならどこまででも飛んでいけそうな気がしたけれど、今はとにかく屋敷に戻りたかった。




