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12.既成事実

 傷一つついていないような晴れやかな顔で言われても、説得力はまるでない。

 私はいまだ混乱から抜け出せないまま『だってなんか』と唇を震わせる。


「重い?」

『うぅ』


 図星をつかれて、肯定もできずに呻き声を上げる。


「俺もそう思う。だから隠してきたんだけど」

『じゃあなんで今になって……』

「今だから、だよ」


 そう言ってセオルが、きゅっと眉を寄せる。


「なりふり構ってたら婚約解消の危機とか笑えない。死に物狂いで君を手に入れたいのに、病床のアメリアに会うことすら許されないなんて。というかずっと会えなくて、禁断症状出てる気がするし」

『禁断症状って』

「さっきもさ、人形みたいに眠るアメリアを見ていて、思ったんだ。いっそ既成事実を作るべきだって」

『は?』


 禁断症状まではなんとか流すことができたけれど、既成事実はさすがにそうはいかない。

 そう思いつつ、もしかしたら聞き間違いなんじゃないかという淡い希望にかけて、続きを聞いてみることにした。


「意識が戻らない原因は不明。身体的な異常は一切無し。ということは、まかり間違って婚約解消なんて狼藉が通らないように、子をなしてしまうのが確実でしょ」

『……は?』


 聞き間違いじゃなかった。

 同意もなしに何を言っているんだコイツは。


「もちろん意識のない君に手を出すのは罪悪感があったけど、君を失うよりはずっといいし。無理矢理は好みじゃないけど、何よりその柔肌にずっと触れたかっ」

『狼藉者はお前だ!!!何考えてんの、バカなの、人が来たらどうすんの?!』

「それはそれでいい既成事実に」

『既成事実っていうのやめろ!!!』


 次々に口から飛び出してくる不埒な発言に耐え切れず、渾身の力で怒鳴り散らす。

 婚約破棄をしたくないってところまではいい。

 むしろそこまで好意を持ってもらえているのは、素直にうれしい。


 でも、だからって手を出そうって発想につながるのは理解できない。

 しかも人に見られてもいいとか、そもそも両親もいる家の中でやらかそうなんて、正気の沙汰とは思えない。


「ごめんごめん、ちゃんと結婚するまで待つよ」


 降参するようにひらひらと両手を上げて、セオルが言う。 

 そう、待つならいい、待つならーーって。


『うえっ、そ、それは、その』

「そこで照れるんだ。かーわいい」


 思わず動揺すると、セオルが目を細めてふざけたことを言う。

 私は頬が真っ赤になるのを感じながら、目を吊り上げてみせた。


『その可愛いっていうのやめて。なんなの、バカにしてるの』

「してない。事実を口にしてるだけ」

『今までそんなこと』

「言わなかっただけでずっと思ってたよ?」

『ううう~~』


 まるで当然のことを語るかのように言われてしまえば、うまい反論が出てこなくて、苦し紛れに呻き声が溢れた。

 セオルはそんな私を見て「もっと早く言うべきだったかな」と言ってくつくつ笑う。


 このまま相手のペースに乗せられてはいられない。

 何とか反撃の一手を、と唇を噛むと、セオルの長い指先が私の髪をそっと掬うように添えられた。

 実際は触れられずにすり抜けているのだけれど、そんなのはものともしない様子に気圧される。


「このまま甘い時間を堪能していたいけど」

『け、けど?なに?』

「そろそろ戻ったほうがいい」


 急に真面目なトーンで言うものだから、雰囲気の落差についていけない。

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