ヒーローを欺きスパダリを2階から放り投げて真実のヒーローを探した女侯爵の話
「アルデリア、婚約は破棄とする。理由は王妃たる能力が足りないからだ。代わりにミルデを婚約者とする。彼女は優秀だ」
一瞬、目の前が暗くなったわ。気を失いかけたら、天から何かが体に落ちてきた。
膨大な記憶だわ。もしかして、前世の記憶?
すると景色が変わった。背筋を伸し王太子と隣にいる女の顔を見据えたら考察が浮かんで来た。
改めて現状を把握する。
私はアルデリア・サノッサ、18歳、去年、女侯爵の地位に就いた。飛地を含めれば王国の8分の1の領地を持っている。
隣にいる女は男爵令嬢、いえ、今は伯爵家の養子になって伯爵令嬢よね。陛下が病に倒れ即位間近での婚約破棄だわ。
無能と言うがそれはお前のせいだ。王太子殿下の外面はよい。
地味な裏方は全て私・・・・いや王太子の言う能力は社交力だ。
確かに誰にでも愛されるミルデのような社交力はない。
だが、しかし、ここで相手の土俵に乗ってはいけないわ。
ならばと。
「王太子殿下がそう仰るのならそうでしょう。しかし・・・」
王宮には私の味方は誰1人いない。いや、いるかもしれないがこの場で手をあげて出てくる者に助けられるのは少しも反抗ではない。
言葉を貯めて皆の耳目が注目する中、私は言い放った。
「私はこれからの女でございますわ」
泣きもせず。論戦も仕掛けず。黙らず。
一端受け入れて返した。
私の前世の時に舐められた時の仕返しの方法だわ。
「では、これで盟約は破棄ですね。失礼しますわ」
私はそのまま王宮を去り領地に戻った。
盟約、私の父は王家に反抗した侯爵であった。
王家に鎮圧され。兄弟は処刑され、私と母は奴隷の服を来て王家に臣従を誓い。
盟約を結んで許された。
曰く、王太子の婚約者になり。結婚後領地は王家直轄領になる。
この屈辱は忘れない。
「お母様、ただいま帰りましたわ」
まず領地に帰ってしたことは母の墓前で手を合せたことだ。
去年亡くなられた。
私は人質、葬儀に行かせてもくれなかった。
恨みはあるが復讐は今ではない。
領地経営の状況を見る。
王太子の代わりに執務をしていたから分かるが・・・お母様は法王庁への献金も忘れていないわね。
私が助かったのは母の信仰心が篤く。法王猊下から仲裁が入ったからだ。
母娘ならば助けても反乱を起さないだろうと言う事だ。
父、兄弟は処刑されたわ。
領地に帰ってから数ヶ月経った。
そろそろ王都から来る頃だ。
ヒーローが直々にやってきた。
第二王子だ。
こいつは眉間にしわを寄せ厳しく言いやがった。
「アルデリア嬢、私と結婚して領地を継ぐしか生き残る方法はありませんよ。家名は残ります」
悪い話ではないが、ここで受け入れては反抗じゃない。
「サミリール殿下、お心遣い感謝します。しかし、その申し出はお断りしますわ」
「何と、戦乱が起こりますぞ」
「グスン、グスン、お母様が生涯をかけて守った領地ですわ。どうしても守りたいのです」
私は気弱な女を演じた。
王都の財政を見ていたから分かる。
王家直轄領は少ない。財政は火の車だ。だから難癖をつけ父を謀反人にしたてあげて領地を没収しようとしたのだわ。
今度は一月も経たないうちにスパダリがやって来た。
お前は誰だ?王弟ぐらいだろう。
彼は優しく私を諭した。
「アルデリア、王命で領地没収をしたくない。王家にも面子がある。ここでワシの後妻となれば家名を残せるぞ」
頃合いか?
私は騎士達に命じてスパダリを二階から放り投げさせた。
「つまらぬ。窓から放り投げろ」
「な、何、気弱な令嬢ではないのか?」
大怪我を負ったスパダリはお付きの者に何とか助けられ逃げ出した。
これで戦争だ。
私に前世を通して戦争の知識も経験もない。
騎士団長に命じたのはこれだけだ。
「都市の外に防衛線を築きなさい」
「はい、侯爵閣下、民を戦乱に巻き込むなと言う事ですな」
少数精鋭とは聞こえが良いが我が領地の兵は圧倒的に少ない。
が王国も敵は私だけではない。
王家直轄軍と近隣諸候軍がやってきた。
兵力は3万、こちらは5千だ。
始めのうちは互角に戦えるだろう。
戦闘が続き負傷兵が出た頃に私は前線に現れた。
私には兵を奮い立たせることはできない。
が、行動で示せることは出来る。
前世で映画を見た。ナポレオン戦争で前線にマカロンを兵に配ったロシアの皇妃がいた。
あまりの宮廷生活と兵の惨状のギャップにショックを受けたとか。
これは私が取るべき行動ではない。
また、ジャンヌダルクのように旗を持って戦列の最前線に出る事も出来ない。
「皆様、郷土のためにお疲れ様です」
「「「侯爵閣下?!」」」
負傷兵の包帯を取り替え。ウミを素手で取り払った。
光明皇后は貧民のウミを口で吸い取ったというが、それはこの場では狙い過ぎだろう。
すると、士気が爆あがりで、三度、王国軍を破った。
この中世の時代なら士気で兵力差は覆せるが、これが今私の出来る事だ。
戦線は膠着状態になった。敵は持久戦を企図していると騎士団長は言う。
しかし、それは関係ない。
私は命じた。
「兵を交代で休ませなさい」
「了解です」
宿営地にゴールポストを二つ作らせた。
そして、ボールを一つ置く。
「侯爵閣下、これは何ですか?」
「サッカーというものよ。ルールを説明するわ」
私のサッカーの知識は観客程度しかない。
しかし、それで充分だ。
日が経つにつれ、サッカーに興じる兵が多くなった。
元気が有り余っているのが目に見えて分かる。
頃合いか?
私は早朝に総攻撃を命じた。
激戦だったが、最後、敵の騎士団長の首を取ることに成功した。
これで第二王子が王位につくか。それとも内乱になるか。
騎士の中には王都攻略も夢ではないという者も出てきたが・・・
「今は領地経営が大事ですわ」
「さすが、民を大事に想う侯爵閣下だ」
「名君だ!」
民を大事に想う?名君?
違う。王都に行軍することは出来るだろう。しかし、補給線が伸びきりそこを諸候軍に叩かれる。近衛騎士団も健在だ。
それに、都市の外に防衛戦を築いたのも、戦後を見据えてのことだ。
もし、都市を防衛戦に組み込めば戦争に協力したとして都市は自治を求めるだろう。
案の上、自治を求める声が出てきた。
「侯爵閣下、飛地の領地から自治権を求める声が出ています」
「好きにさせなさい。しかし、本土はダメよ」
「了解です」
都市国家が永続した例はごくわずかにしかない。いずれ強権に飲み込まれる運命だ。
次にすることは第二王子をたきつける計画だ。
しかし、それは向こうから密書が来た。
同盟を結ぼうとの事だ。
あの王子が申し出る性格だとは思えない。第二王子派の誰か?
これは保留だわ。のらりくらりと返事をした。
そのうち王国から和平の使者が来た。
王太子が王に即位するには私との和約が必要不可欠だ。
何度も突き返し。
ついに、王太子とその婚約者が来たわ。
一応は面会をしてあげたわ。
「アルデリア、侯爵の地位は認める!和平を結ぼう」
「そうですわ・・お願いします」
「でもね。お母様は信仰心が篤くて遺言で、法王様のご意見を聞かなければならないわ。いっそのこと、直轄地にならないかって話が来ているの」
そんなことはするわけないが、脅しをかけておく。
「お帰り下さいませ」
結局、第二王子派を黙らせたい王太子と王太子妃は奴隷の服を来て面会に来た。
降伏の意思だ。
「・・・どうか、和平を」
「早く王都に帰らなければ・・・私達の立場はないの」
カノッサの屈辱ならぬ。サノッサの屈辱か?
さて、どうする。
狡兎死して走狗煮られる。
第二王子派にとって私は走狗であろう。
私は王党派と和約を結んだ。
表向きは王権に服属するが実質的な侯国になった。
王太子と第二王子の派閥争いが激化し。都市の独立の機運が強まり。王国は戦国時代の様相になった。
「フフフフ、馬鹿な真面目王子と真面目な馬鹿王子がますますいがみ合う~♩」
デンデンデン♩
リュートを奏で即興で歌詞を作る。前世はバンドをやっていた。同好会レベルだ。
「侯爵閣下?それは・・・」
「一族の鎮魂よ・・・・」
涙が出ていた。やはり前世持ちでも、この身はこの異世界に置いている。
お父様、お兄様、弟よ。これが私の出来る精一杯の復讐よ。
私の領地以外は戦乱、領地は中立地帯になり。商業が発展した。
私の代で王権打倒はかなわない。孫の代か?子が欲しい。
真のヒーロー探しを始めた。
近隣諸候が同盟を求めて婿を差し出す。
釣書が殺到し貴公子達と顔合わせしたが・・・
「アルデリア様は何とお美しい。流れるような金髪に、青い目は意思の強さを感じさせます」
「アルデリア様の名君の評判は王国全土に轟いています」
「僕は聖都のアカデミーを順位十二番で卒業しました。領地経営はお任せ下さい」
皆、愛の言葉をささやく、自分の能力を述べる。
まるで入社試験の面接のようだ。
しかし、1人だけブルブル震えている者がいた。あれは貧乏伯爵家のフランツ。第六子だったわね。
「まあ、貴方は愛の言葉をささやかないの?」
「・・怖いのです。アルデリア様が怖いのです」
「何故ですの?」
「・・・僕は絵が好きで、画家の真似事をしています。だから、観察のスキルを磨きました。人の魂が見えるのです。侯爵閣下の魂は真っ黒です!」
「あら、そうなのね」
「侯爵閣下は名君と評判ですが、結果にしか過ぎません!」
逸材がいた。
私のことを分かってくれる殿方ね。それが真のヒーローよ。
「フフフフ、婚約を結びましょう。政略よ。貴方も貴公子なら覚悟しなさい」
「しかし・・・」
「慣れるわ。優しい暴虐よ。結果として善政になればそれでよいのよ」
閨に引き込むのに3年かかった。
これが愛なのかどうか分からないが、私の隣でフランツは絵を描きながら子供達の面倒を見ているわ。
☆☆☆五十年後
「「「サノッサ王朝誕生おめでとうございます」」」
「うむ・・・」
我はアルドール・サノッサ、王都を攻略し王権を打ち立てた。
祖母アルデリアが残した遺訓を忠実に守ったら、我の代で王になれた。
祖母はノートを残した数百年見通した予言の書と呼ばれる物だ。
これから王権が強くなるが、市民が力をつける。
その時は、象徴として王位を残す秘策が書かれている。
そのためには市民の先頭を歩く王になれ。・・・・か。
しかし、祖母の残したノートに読めない文字がある。
祖母の出自が書かれているそうだ。
我は探した。文字の読める者を・・・
祖母は転生者だったという噂があるが、よほどの賢者か、貴族だったのだろう。
3人の転生者と名乗る者が名乗り出たが、皆、違う事を言う。
「陛下、王権は千年安泰だと書かれております」
「これは、始祖アルデシア様は女神様の御使いだったと書かれております」
「ほお、そうか・・・」
しかし、1人の少女が口ごもる。
「どうした。鍛冶職人の娘ミヤだったな。転生者だったというのは嘘か?なら処刑だぞ」
「いえ・・・解読出来ますが、その、不敬罪はご勘弁下さい」
「うむ。許す。話せ」
「はい、漢字とひらがな。日本語で書かれています。私の前世は・・・この世界の言葉で読み替えれば、アルデシア様の前世での身分は平民でアカデミーの女生徒、趣味で楽士をしていた・・・その意味を考えろとの事です」
「「「「何と不敬な!」」」」
「平民でアカデミー?」
「滅茶苦茶だ」
我も頭に来たが・・・・納得する節がある。
祖母は引退してから、リュートを奏でていた。鼓舞するような不思議な音色だ。演奏後リュートを壊していたのだ。
☆回想
『お祖母様、何で楽器を壊すの?』
『それは反抗だからだよ。壊す専用の楽器を作らせているわ。フフフ』
『お祖母様、それでももったいないです。そんな文化は知らないです』
『そうね。そうするわ。実はね。向こうの世界でも反抗に興味ない人は知らないのよ』
『向こうの世界?』
『これは私とアルドールの秘密よ』
・・・・・・・・
「そうか、では3人に問う。異世界では楽器を壊す文化はあるか?お祖母様が言っていた」
ミヤ以外は。
「「ございます」」
即答した。
しかし、ミヤは少し考えた後に。
「・・・ございません」
と答えた。ミヤが転生者だろう。
そうか、祖母は普通の人だったか。
がっかりではない。感動が湧き上がってきた。景色が変わった。凡人と英雄は紙一重だ。
人が大事だ。貴族、民と関係なく、人に推戴されて王になるのだな。
「ミヤとやら、女官になれ。他の2人は王宮を去れ。ご苦労だった」
「「何故?」」
「ヒィ、私は鍛冶職人の娘で、前世はOLでした」
ほお、知らない単語が出てきた。
「ミヤとやら、オーエルについて教えてくれ」
「ヒィ!」
後に年代記にアルデリアの前世の出自は平民と書かれたが、王妃教育で学ぶ秘密事項とされた。
代々の王妃は勇気をもらったと伝えられている。
最後までお読み頂き有難うございました。




