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アルザヒラド――大陸南部中央地帯における最大都市であり、国家でもある。政治も文化もこの地を中心に巡り、周辺の村落はその影響下にある。
防衛、流通、技術革新――いずれの面でもアルザヒラド抜きでは成り立たず、独立している村であっても、その決定に逆らうことは実質不可能だ。
反抗すれば、即座に不便という形の報復を受ける。人であるならば、尚更のこと。
だからこそ、テオルもカルルダンの命令には従うしかなかった。たとえそれが、命を削るほどの恐怖を伴うものであっても――。
「し、しぬ……」
叩きつける冷風。浮き上がる内臓。身をすくめながら、テオルは必死に飛竜の背へしがみついていた。
空を飛ぶとは、こんなにも辛いのか。
アルザヒラドへ向かうため、テオルとバオクは縄と布で厳重に身体を飛竜の背中に縛り付けられ、空を飛んでいた。
飛竜の背中では先頭にテオル、その後ろにカルルダン、最後尾にバオクと、三人は一直線に並んでいる。
「少しは慣れたか」
背から響いた声に、テオルは風に掻き消されぬよう声を張り上げた。
「は、はい!多少は……!」
カルルダンは軽く振り返り、さらに後方のバオクへも声をかける。
テオルの位置からはバオクの姿も声も届かないが、カルルダンの表情から彼が無事なことは分かった。
「少し余裕があるなら――下を見てみるといい。空からの景色はまるで別物だ」
恐る恐る、テオルは身体を傾けて眼下を覗いた。
そこには連なる山と丘、その間を縫うように流れる小川、そしてその川沿いには肥沃な農地と小さな村々が点在していた。
竜の手によって作られた広大な畑では、穀物が風で波の様に揺れている。その整然とした並びは幾何学的な美しさを放っていた。
「……美しいですね」
思わず漏れたテオルの言葉に、カルルダンは静かに頷いた。
「美しいだろう。これも先人たちの努力の結晶だ。私たちは、この土地を守り継がねばならない。」
その口調に、テオルはわずかな含みを感じた。
「今回の任務……僕の抜擢に何か関係があるのですか?」
カルルダンは短く考えるような間を置き、やがて静かに頷いた。
「そうだ。詳しい話はガルバハル将軍自ら伝えられるだろうが、あらましは今のうちに話しておこう。――アルザヒラドの政治体制はもちろん知っているな?」
「十三竜の将軍による合議制です。」
「その通りだ。」カルルダンは力強く頷く。「それぞれの将軍は、己の領地を治めている。ガルバハル将軍は北領地域の統治者だ。」
北領――そこは大陸を南北に分かつ『大嶺連山』の麓に広がる厳しい土地だ。
テオルの住む南部からは遠く離れている。そのため、彼にはなぜ自分が関わるのか理解できなかった。
「北領は農作に向かず、寒風と岩肌しかない。だが、そこには幾つかの少数部族が点在している。将軍はその部族をひとつにまとめようとしている。」
テオルは眉を寄せた。
「なにか、きっかけがあったんですか?」
「大嶺連山の北になにがいるか、知っているな?」
「……火竜族です。」
火竜族――大陸北部、大嶺連山の北側に根を張る巨竜の一族。彼らは強靭な肉体と巨大な翼を持ち、「真の竜」を自称している。
彼らは力を信仰し、弱者は従い、強者が支配する徹底した実力主義の社会を築き上げている。そして、その誇りゆえか、翼を持たず、非力な賢竜族を侮り、邪竜あるいは蛇竜と呼んで蔑んでいる。
この二つの竜族の間には、古来より争いが絶えないとテオルは聞いていた。
カルルダンは目を細める。
「彼らは古くから、時折連山を越えて南へ侵攻してきた。もっとも、群れを作らない彼らはいつも少数だった。ゆえに、我らの力で撃退することができた。」
火竜と賢竜が真正面から戦えば、勝敗は明らかだ。
賢竜は体格でも翼でも劣り、空からの襲撃に弱い。
しかし、相手が少数であれば地上部隊の一斉射撃で空襲にも耐えることができる。
そして、わずかではあるが飛竜による空戦部隊を投入することも可能だった――そうして幾度となく南の地は守られてきた。
「火竜族の侵攻が増えているのですか?」
それが事実なら、北領はすでに危うい――テオルは思わず息を詰めた。
「いや、逆だ」
カルルダンの答えに、テオルは眉をひそめる。
予想とは真逆の言葉だった。
「ここ数年、北方への火竜の侵攻は激減している。そのせいで他の十三将軍たちは『脅威は去った』と喜んでいる。しかし――ガルバハル将軍だけはそうは見ていない」
「え? では将軍は何を?」
「奴らは静かに、大規模な侵攻の準備を進めている、と考えている」
カルルダンの声は重く、沈んでいた。
吹き付ける風がいっそう冷たく感じる。
「何か確かな情報があるのですか?」
カルルダンはゆっくり首を横に振った。
「私が聞かされているのはそこまでだ。ただ、将軍が何かの情報を掴んではいるだろう」
「それが本当なら、一大事ですよ……!」
「同感だ。だが他の将軍達は耳を貸そうとしない。十三将軍会議でも賛同したのは北方領を持つ者だけだった」
カルルダンはテオルを真っ直ぐ見据えた。
「そこで――君たちの出番だ」
「僕たちの?」
「火竜に備えるには、まず北領に防衛線を築かねばならん。そのためには、北領の部族、人々をまとめる必要がある。だが……竜司の数が圧倒的に足りない。だから他領の竜司にも協力を求めたいところだが、他の将軍たちがそれを許すと思うか?」
テオルの脳裏にひらめきが走る。
――そうか。だから正式な竜司であるジャオ先生ではなく、僕たち見習いが召集されたのか。
「気づいたようだな」
カルルダンの口元がわずかにほころぶ。
「正式な竜司でなければ、他の将軍の許可は不要――そこで、各地の竜司見習いを集めることになったのだ」
テオルはその言葉の意味を噛みしめた。--これは想像以上に大変な仕事になるかも知れない。
「さて、宿舎が見えたぞ」カルルダンが眼下の建物を指さす。
「一度、飛竜を休ませよう。我々も小休止だ。しっかり捕まっていろ」
彼は背筋を伸ばし、翼肢で手綱をぐっと引いた。
瞬間、飛竜が短く吠え、空気を裂くように急降下を始める。
「うわぁ――っ!」
テオルの体がふわりと浮き、猛烈な風が顔を叩く。
視界のすべてが流れ落ちていく中、ただ必死に縄を掴むしかなかった。
【翼肢】:竜の持つ六肢のうち真ん中の位置にある腕を指す。火竜族は進化の過程で翼肢が巨大な翼へと進化した。一方、賢竜族の翼肢は前腕同様の機能を持つ。賢竜族は前腕と翼肢を持ちいて飛竜を操る。




