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テオルは祖父の墓前に立ち、静かに手を合わせた。
そして、今日一日の出来事をゆっくりと思い返す。
午前中は、何の変哲もないいつも通りの一日だった。
同僚のバオクと共に、師であるジャオ先生の仕事を手伝っていた。
ジャオ先生は、この一帯の村々で最も名の知られた竜司だ。
竜と人が互いに協力し、共に生きられるよう尽力しており、常に多くの仕事を抱えている。
人手不足のため、村の若者を弟子として育てながら、竜司の技を継いでいく。
テオルもその一人で、弟子として働き始めてからもうすぐ三年が経とうとしていた。
正午を過ぎた頃、二通の書簡が届いた。
上質な羊皮紙に立派な封蝋が押されており、一目で王都からのものだと分かった。
ジャオ先生は書簡に目を通した途端、驚いたように息をのんだ。
「テオル、バオク――たいへんなことになったぞ」
そう言って差し出された手紙には、こう記されていた。
勅命す。
フレスの孫テオルをして、フレスの後を継ぐ竜司と為すべし。
追って使者を送る。二日後までに出立の用意をせよ。
その文面を目にした瞬間、テオルは驚いた。
正式な竜司として認定も受けていない自分が、王都に召喚される――そんなこと、聞いたこともない。
隣を見ると、バオクが興奮した顔でこちらを見つめていた。
どうやらバオクの手紙にも同様の内容が記されていた様だ。
「やったな!竜司になれるんだぞ!しかも王都行きだ!」
バオクは全身で喜びを表しながら、肩を叩いてきた。しかし、テオルはまだ混乱していた。
「まだ正式な竜司じゃないのに……こんなこと、ありえるんでしょうか」
ジャオ先生へ問いかける。
「私も長年竜司をしているが、こんな話は初めてだ」ジャオ先生は眉をひそめた。
「何か重大な問題が起きているのかもしれん」
「重大な事柄なら先生のような経験豊富な竜司が呼ばれるのではありませんか」
「確かに理屈はそうだ。しかし、今の仕事を私が放り出すことはできん。先方も、その事情を分かっておるのだろう」
テオルがまだ考え込んでいると、バオクが強引に肩を抱いて笑った。
「おい、難しく考えるなって!お前のじいさんも、天で喜んでるさ!」
その言葉にテオルはもう一度、手紙へと視線を落とした。
「フレスの後任」――その文字が強い感情を抱かせる。
テオルは祖父――フレスを心から尊敬していた。
祖父は聡明で穏やかな人格者だった。幼い頃、両親を失ったテオルを男手一つで育て上げ、何一つ不自由のない日々を与えてくれた。
だからテオルは、自分を不幸だと思ったことが一度もなかった。
竜司として第一線は退いていた祖父だったが、その実績から正式な竜司を飛び越えて祖父の元に仕事が入る事が多々あった。働く祖父の姿がは幼いテオルの目にいつもまぶしく映っていた。
「いつか自分も、祖父と同じ職に就きたい」――それは憧れというより、自然な願いだった。
その願いがようやく叶う。これほど嬉しいことはない。
本当なら、祖父が存命のうちに竜司となった自分の姿を見せたかった。
だがその願いも虚しく、祖父は半年前、病に倒れた。
突然の訃報に多くの関係者が驚いたが、彼の仕事場は整然と片付けられ、遺書まで残されていたという。
そこには数年前から病を患い、寿命を悟っていたことが記されていたと聞く。
ジャオ先生の下で働き始めてから、テオルは祖父と会う機会が減っていた。祖父の暮らす村までは歩いて3日はかかる。会えるのは年に1、2回といったところだ。
それでも、祖父は変わらずしっかりとしていて、病を抱えているような素振りは一度も見せなかった。
――最後まで、本当に立派な人だった。
冷たい風が頬を撫でる。その感触がテオルの意識を墓前に引き戻した。
周囲には夕暮れの薄闇が広がり始めていた。
祖父の墓石に刻まれた名前を、テオルは指でそっとなぞる。
「なぜ僕が選ばれたのかはわからないけど、お爺ちゃんのように、精一杯役目を果たすよ。」
テオルはそう誓いを立て、フレスの墓を後にした。
二日後。
テオルはバオク、そしてジャオ先生と並び、村外れの広場に立っていた。
ここなら王都からの使者が来ればすぐに気づける。
広場には他にも噂を聞きつけた村人が見送りの為に集まっていた。
「興奮しすぎて寝れなかったぜ……」
バオクが目をこすりながらぼやく。
「確かに」
テオルも苦笑した。
前夜は眠れなかった。
ただ、バオクのように期待で胸を躍らせたわけではない。
緊張の重みが眠気を押し流していた。
「二人とも気を引き締めなさい。王都では人間の肩身は狭い。常に立ち振る舞いを見られていると思うことだ」
ジャオ先生が低く諭す。
だが、バオクは忠告など聞こえていない様子で、
「皆、手紙書くからな!」と、村人たちに手を振っている。
その瞬間だった。
「おおい! 上だ!」
誰かの叫びが広場に響き、続けて短い悲鳴がいくつも上がる。
テオルは反射的に空を仰いだ。
澄んだ青空を切り裂くように、巨大な翼が影を落とす――飛竜だ。こちらへ向かって旋回している。
「リュウモドキだ! 野良か!?」
バオクが声を張り上げる。
バオクの言う通り野生の飛竜ならば、格好の餌食になってしまう。ーー逃なくては。
「落ち着いて、よく見なさい」
ジャオ先生の冷静な声に、テオルは再び視線を凝らす。
飛竜の首には徽章の刻まれた布が掛けられていた。
加えて、その体躯は野生種より遥かに大きく、その背には蛇の様に細長い体を巻き付け、飛竜を駆る一体の賢竜の姿があった。
――王都の飛行兵だ。
「火を」
ジャオ先生の合図が飛ぶ。村人たちが広場に篝火を焚く。
炎が立ち上がると、ジャオ先生はその前に膝を着き、静かに手を組んだ。
テオルとバオクもそれに倣う。
次の瞬間、飛竜は一気に高度を下げ、凄まじい風圧と共に広場に着陸した。
砂埃が舞い上がり、その中から、煌びやかな装飾の施されたローブに身を包んだ一体の賢竜が姿を現した。
その佇まいから誰の目にも位の高い竜だという事が分かる。
賢竜は一歩進み出て、堂々と声を張り上げた。
「私はタタラカン十三将軍の一人、ガルバハル将軍麾下・百竜長カルルダン。将軍の命により、テオルとバオクの両名を迎えに来た」 重々しく響くその声は広場全体に広がった。「テオル、バオクはどこにいる」
「は、こちらがその両名になります」
ジャオ先生が片膝をついたまま恭しく答え、二人に前へ出るよう促す。
テオルは立ち上がるとカルルダンの前に進み出た。
「私がフレスの孫、テオルです」
言って頭を下げる。
バオクも続け歩み出ると名を名乗って頭を下げた。
「テオル、バオク、首を上げて楽にしていいぞ」
タタラカンの言葉にテオルとバオクは頭を上げた。
優しい口調に少し緊張が和らいだ。
カルルダンはテオルとバオクを頭の先から爪先までまじまじと見つめ、やがて満足そうに頷く。
「よし、健康状態に問題はなさそうだな。早速で悪いが、王都まで同行してもらう。飛竜には乗ったことはあるか?」
テオルは視線を飛竜へと向けた。
その巨大な瞳が自分を見返した瞬間、――グアアッ! と飛竜が咆哮を上げた。
思わず身体が固まる。
「い、いえ……一度もありません!」
カルルダンはわずかに目を細め、唇の端を吊り上げた。
「そうか。――楽しい旅になりそうだな」
その言葉に、テオルとバオクは一瞬だけ顔を見合わせた。
【竜司】竜に使える者。人と竜の間に入って物事をまとめる仕事であり、竜と人両方の知識と信頼が必要とされる。
【賢竜】大陸南部に生息する竜種。ベビの様な細長い体躯と6本の手足を持つが翼はない。蛇竜と呼ばれる事もある。
【飛竜】大陸全土に生息する前肢が巨大な翼に分化した生物。竜に似ているが知性は遠く及ばず、言葉を介したコミュニケーションは取れない。竜に似ている為、リュウモドキとも呼ばれる。攻撃性が強い種類が多く、竜を除く生物のヒエラルキーの頂点に立つ。人類の天敵。




