第8話 無自覚イケメン、覚醒
ダイキが過去を吐露して以降、二人には従前の共同戦線仲間以上の絆が芽生えているように見えた。
レイコは、どちらかというと秘密主義に思えていたダイキが、自己開示をしてくれたことが嬉しかった。
お返しに、とばかりに自らの過去についても話すことを提案したが、ダイキは、飄々と答えるだけだ。
「いや、別にええよ。……なんとなく分かるような気もするし。レイコが話したくなったら、そのタイミングで聞くわ」
自身の人生について、――ダイキの壮絶な人生とは異なり、――取るに足らない平凡なものであると考えているレイコは、ダイキの言葉を受けて少し思案したが、話したいこと、話すべきことを特に思い当たらず、そのまま黙ってゆっくり頷いた。
◇
さて、二人のメイン任務である水帆の恋路は、どうなっているだろうか。
近頃の水帆は、以前と比べ元気がなかった。
”土曜日の変”以降、史也との連絡頻度がめっきり減ってしまった。分子生物学の講義でも、史也は毎回そそくさと帰ってしまうため、話す機会もなくなった。
水帆は、自分がオタクであることがバレたせいで彼に避けられているのではないか、と日々思い悩んでいた。
守護霊たちは、そんな水帆を心配そうに眺めていた。
「水帆ちゃん、元気なくて心配ですね……」
「あぁ。……でもこれはむしろチャンスとも言える。史也と水帆の距離が開いてる今のうちに、拓実との急接近を狙うのはどうや?」
「確かに、寺ちゃんもあれ以来二人だけの時間は作れていないですもんねぇ」
「よし、そうと決まれば、また拓実と作戦会議や」
二人はふわふわと拓実の家へ移動した。
◇
「よっ、拓実」
自室でゲームに興じていた拓実に、今度はできるだけ驚かさないようにとタイミングを見計らって、ダイキが声をかける。
「わっっ!!! ……って、あぁ、レイコさんとダイキさん! お久しぶりです」
それでも急に声をかけられ驚いてしまった拓実だったが、ダイキとレイコの姿を認めるとすぐに安心したように笑った。
「寺ちゃん、水帆ちゃんが最近元気がないんです。この間寺ちゃんと遊んだときは、水帆ちゃんすっごく楽しそうだったから、……また誘って元気にさせてあげませんか?」
「……佐々木さん、やっぱり元気なさそうだよね。俺も声かけようって思ってたんだけど、最近目ぼしいアニメもイベントもないし、みゅー☆プリの映画も終わっちゃったしで、どうやって話しかけていいかわからなくて………」
拓実は情けなさそうに俯く。
「お前ら学部一緒の友達なんやろ? 別にオタク系の話題じゃなくても、いくらでも声なんてかけられるやんか」
ダイキは不思議そうに問いかける。
「……でも、佐々木さんは俺のこと学部の友達ってよりオタク友達だと思ってると思うから、オタク以外の話題で話しかける自信なくて。俺、別に面白い話とかもできないし……」
拓実の消極的な発言に、レイコもまた不思議そうな顔をしている。
「寺ちゃん、イケメンくんなのになんでそんなに自信ないんですかぁ。ちょっと髪を掻き上げて、『おはよう、いい天気だね』ってするだけで、キュンキュンする女の子はたくさんいると思いますよぉ?」
「…………イケメン? ……俺が??」
今しがた言われたことを理解できないという様子できょとんと返事をする拓実に、二人は顔を見合わせる。
「……はぁ。……これが、無自覚イケメンってやつか」
「自信を持つ第一歩は、自分の価値をちゃーんと認識するところからですかねぇ。そうと決まれば……!」
相変わらずきょとんとしたままの拓実をよそに、ダイキとレイコはひそひそと相談を始めた。
そして二人から下された拓実への指令は、「明日、10時、表参道に行け」というものだった。
◇
翌週、社会心理学の講義の教室は、ちょっとした騒ぎになっていた。
「え……あんなかっこいい人、うちの学部にいたっけ……?」
「わかんないけど、いつもあのあたりの席に座ってた男の人はいた気がする……。顔、全然覚えてなかったけど……」
「ねえ、あの人、水帆ちゃんがよく話してる小野寺くんじゃない?」
水帆にそう問いかけたのは七海だった。
「え? あ、ほんとだ、寺ちゃんだ。髪切ったのかな、なんか雰囲気変わったね」
周囲のざわめく女子たちをよそに、水帆は平常運転である。
そう、拓実はイメチェンをしたのである。
髪を切り、いつも目元を隠すようにおろしていた前髪を思い切ってアップにした。
やや猫背気味だった姿勢を正し、しゃんと歩くことを意識した。
拓実が少しの自信を手にするのに必要だったのは、たったそれだけのことだった。
それだけのことが、周囲の反応をもこうも変えたのである。
拓実は意を決したような顔で、ざわめく女子たちの視線を搔い潜りながら水帆に近づいていく。
「さ、佐々木さん。今日、こ、この後、お昼一緒にどうかな?」
「へ? うん、大丈夫だよ! あ、七海、由利、ごめん、今日は寺ちゃんと一緒に食べるね!」
水帆はいつメンの二人にそう声をかけながら、拓実の誘いを快活にOKした。
「てか寺ちゃん、今日雰囲気違うね! かっこいいー!」
「へへ、そうかなぁ……でも、佐々木さんにそう言ってもらえるなら頑張った甲斐あったよ」
談笑しながら教室を出ていく二人の背中を見ていた七海は、その瞳に期待の色を浮かべつつ、隣の由利に問いかける。
「……由利さん。例のセンサー、……いかがです?」
「……ダメ男センサー、…………反応なしです!! てかあたしの直感的にかなり“アリ”なんだけど!?」
「ね、いい感じだよね?? 今度水帆ちゃんに詳しく話聞かないと♡」
友人たちは、本人不在の中盛り上がっていた。
◇
帰宅した拓実は、再び守護霊二人と相まみえていた。
「お二人とも、本当にありがとうございました! 佐々木さんと久しぶりに話せて……オタクのこと以外も、たくさん話せたし、今までよりもっと仲良くなれたと思う。佐々木さんも少しは元気になってくれた……はず!」
いつになく力強く前向きな拓実の発言に、ダイキとレイコは満足げに頷く。
「俺らがしたのは、美容院予約したとこまで。あとは全部、拓実が自分で頑張ったことや」
「そうですよぉ。自信を持った寺ちゃんは最強なんですから。男性はいつも自信満々でいないと」
レイコの発言にダイキは少し首をかしげたが、彼女はそれに気づかなかった。
「……ありがとうございます。俺、絶対佐々木さんとうまく……あっ」
“佐々木さんとうまくいくように頑張ります”と言いかけて、何か重大なことに気づいたような顔つきで拓実は口をつぐんだ。
「寺ちゃん? どうしたんですかぁ?」
「……いや、もし、俺と佐々木さんがうまくいっても……お二人ってずっといてくれますよね? つまり…………成仏……とか、ないです……よね……?」
拓実は言いづらそうに、小声を織り交ぜながらおずおずと二人に問いかける。
守護霊たちは、青天の霹靂とばかりに目を見開き、顔を見合わせた。
いつも水帆のことばかり気にかけて、自らの存在の帰趨について考えたことなどなかったのだ。
「ま、まあ、大丈夫なんちゃう? ……なんかある度に守護霊が成仏してたらキリないしな」
ダイキは斜め上を見ながらやや早口にそう言った。
「そ、そうですよぉ。寺ちゃんはそんなこと気にしないで、水帆ちゃんとのことに集中していいんです!」
レイコもいつもよりも上ずった声で言う。
拓実は少し不安げな様子を残しつつも、二人にあらためて感謝を伝え、ダイキとレイコは拓実の家を後にした。
「……………」
「……………」
水帆の家へとふわふわと移動する帰路、二人は一言も言葉を交わすことはなかった。
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