第6話 何てことはない、ただの失恋
「ダイキ、私な、……彼氏できてん!」
くしゃっとした笑顔が可愛らしい小柄な女の子が、少し照れくさそうに、しかし喜びを隠しきれない様子で隣の男に話しかける。
「……へえ、あいつと付き合ったんか。よかったやん。……幻滅される前に、俺が『コハルは寝てるとき白目剥いてるけどええんか』って伝えといたらんとな」
「うわ、ひどない!? 人の初恋台無しにするつもり!? ていうか、白目剥いて寝てたのは小さいときだけやし……」
コハルというらしい女の子は頬を膨らまして抗議する。
「いや、先週もばっちり剥いとったって、おばさん言っとったで。じゃあ俺、もう帰るから」
ぶっきらぼうにそう言いながら、ダイキはすでにコハルに背を向けていた。
「……ふう」
一人帰宅したダイキは、誰もいないリビングのソファに深々と腰かけて、息を吐く。
思ったより冷静に反応できたんじゃないか、と心の中で珍しく自分を褒めてやった。
◇
ダイキとコハルは、いわゆる幼馴染だった。
物心つく前から一緒に過ごしてきて、お互いがお互いのことは大体何でも知っていると思っていたし、現に、ダイキはコハルの大部分を理解し、把握していた。
しかしながら、コハルはダイキについて重大なことを知らなかった。
ダイキは、コハルのことが好きだった。幼稚園生の頃から、今日まで、ずっとだ。
不器用なダイキは、コハルに思いを告げることはせず、幼馴染として隣に居続けることを選択した。
「ダイキ、聞いて! 今日、あの人と夜勤シフト一緒やねん! ……仲良うなれるかなぁ?」
彼の心の奥底に眠る恋心を知る由もないコハルは、日頃から繰り返しダイキに恋愛相談をしていた。
だから、ダイキは、その恋の相手が何者なのかも知っていた。
コハルのバイトするカラオケ店の先輩に当たる、年上の男らしい。
「へえ、じゃあ、今日友達連れてオールしにいったるわ。飲み放題つけるから、覚悟しとけよ」
「ちょっと! あんまり邪魔せんといてよ?」
もちろん、目的は偵察だった。
何かにつけてはフロントを呼び出し、何度も確認したその男の印象は、ダイキにとっては到底いいものとは言えなかった。
気だるそうな態度。派手にアクセサリーを身に着けた、いかにも女好きそうな風貌。
その男は、自分の恋敵であるということを差し引いても十二分におつりが来るくらい、「いけ好かない」と直感で感じさせる雰囲気を纏っていた。
――こんなやつのどこがええねん。コハルのアホは。
ぶつけどころのないその気持ちをどうにか掻き消したくて、ダイキはその夜、喉が潰れるまでマキシマムザホルモンを歌い続けた。
その気持ちが掻き消えることはなかったが、それでも、ダイキは、コハルの気持ちを尊重していた。
彼女がどんな風に彼を好きになり、どんな風に日々思っているのか、――本当は今にも耳を塞ぎたかったが――毎日のように聞かされていたからだ。
それを、無言で受け止めるのが、彼なりの愛だった。
だから、いつかこんな日が来ることは分かっていた。
それでも、コハルに彼氏ができたこの日、ダイキとコハルの初恋は、同時に正反対の結末を迎えたのであった。
――深く考えるのはやめよう。何てことはない、ただの失恋だ。人生が終わるわけでもない。
彼は自分の気持ちに、今までより強く蓋をした。
◇
一方のコハルは、幸せ絶頂のその日以降も、概ね満ち足りた日常を過ごしているように見えた。
「彼、忙しいみたいで、あんまり頻繁に会えへんのやけど……でも、その分たまに会えるとめっちゃ優しいねん!」
「……へえ」
ダイキは無表情で、さらりと答えた。
繰り返される惚気にも、2か月が経つとさすがに免疫がついてきた。
自身の心を守るために、惚気の内容は嚙み砕かないと心に決めていたダイキは、この日の発言も、特に気に留めることなく受け流していた。
コハルの惚気がぱったりと止んだのは、その少し後だった。
やや怪訝に思ったダイキだったが、当然、自ら望んで聞きたい話ではない。
特にこちらから水を向けることもなかった。
何も言わないし、何も聞かない。それが一番いいと思っていた。
ダイキがそれを後悔するのは、その少し後だった。
◇
その日は、ひどい土砂降りだった。
あまりの悪天候に、友人との夕食の予定をキャンセルして巣ごもりしていたダイキに、突然電話がかかってきた。
発信者はコハルの友人の女子だ。
普段ほとんど連絡をすることのない彼女からの突然の電話に、ダイキは少し胸騒ぎがした。
「……もしもし」
「ダイキくん? ……ねえ、コハルと連絡とれとる?」
彼女は焦った声で問いかける。
「先週メール送ったきり返ってきてへんけど。なんで?」
「わ、私……コハルの彼氏が他の女の子と一緒に家入るところ見てもうて。それで今日、コハルにそのこと言ってん。ほんなら、本人に確認するって、コハル、彼の家に向かってもうて……。でもそれきり何度連絡しても反応あらへんし、私心配で……」
「……分かった。俺からも連絡するわ」
そう言い切るか言い切らないかのうちに、ダイキは電話を切って家を飛び出していた。
胸騒ぎが先ほどよりもうるさい。
――コハルの彼氏の家、確か上本町あたり言うとったよな。
これまで受け流してきたコハルの惚気を記憶の底から必死に掘り起こしながら、ダイキは駆け出した。
片手に傘を持ち、もう片手に握った携帯電話で、コハルに電話をかける。
コールが10回ほど空しく鳴り、ダイキが諦めかけたその時、ついに電話が繋がった。
しかし、電話越しに聞こえてきた彼女の声は、力なく掠れていた。
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