第5話 それぞれの人生、それぞれの思い
「さ、佐々木さん!」
「え……寺ちゃん? なんでここに?」
大きなトートバックを抱えた男は、拓実だった。
息を切らして突然登場した拓実に驚き目を大きく見開きながら、水帆は問いかける。
「オンリー、早めに用事終わって……帰ってたら、ほ、ほんとにたまたまなんだけど、佐々木さんいたから。……あ、お使いもちゃんとしてきたよ!」
明らかに怪しい言いぶりに、ダイキ監督からは(もっと自然に!)と指導が入る。
拓実は誤魔化すように、慌てて水帆に頼まれていた本を数冊手渡した。
「ありがとう! 後でお金渡すね。あ、あとさ……これから二人で映画見ようとしてたんだけど、私一人になっちゃって。せっかくだから、よかったら一緒に見ない?」
「うん!」
本来であればどういうこと?と疑問が湧いてきそうな不思議な誘い文句だが、拓実は逆に違和感があるほどすんなりと誘いを快諾する。
史也が映画をキャンセルする、そこに拓実が現れて史也の穴埋めとして一緒に映画を見る。
そのために、時間も場所も、事前に三人で打合せ済みで、拓実はこれに合わせて大急ぎでイベントを切り上げてきたのである。
これこそが最後の作戦、【作戦3:穴埋め大作戦】だ。
「俺、みゅー☆プリのライブ映画気になってたんだけど……見る映画ってもう決まってるのかな」
「え!? 私もそれ見たかったの! けど……実は違う映画のチケットもらっちゃって」
水帆は残念そうに『#ウソから始まる本気の恋』のチケットを見せる。
「じゃあ、それ見よっか。その映画も流行ってるし、これはこれで楽しめそうだよ。で、でもさ……! これ終わった後、ちょうどすぐ後の時間にみゅー☆プリやってるから……。だから、2本立て嫌じゃなければ……みゅー☆プリの方も一緒に見ない?」
拓実は緊張して拳をぎゅっと握りしめ、少し耳を赤らめながらも、まっすぐに水帆を見つめて言った。
背後に聞こえる(よう言った!男や拓実!)(素敵です寺ちゃん!)というガヤにむず痒さを感じながら返事を待つ。
「えっいいの? 見よ見よ!」
ぱあっと顔を明るくした水帆は、声を弾ませて答えた。
これには背後の守護霊たちとともに、拓実も心の中でガッツポーズをした。
◇
「いや~~本当によかったね、みゅー☆プリ!」
「ほんとだね。ライブアニメーションって俺初めてだったんだけど……本当にコンサートに行ったみたい。こんなに楽しいなんて、今まで人生損してたなあ」
「ね! あの曲のサビのマサヒトのダンスがさ……」
「わかる! あとアンコールの挨拶のショータくんも……」
「あ~~それな! あとあと……」
帰路、拓実と水帆は絶えることなくみゅー☆プリの映画の話で盛り上がっており、『#ウソから始まる本気の恋』は、ついぞ可とも不可とも言及されることはなかった。
このまま夜まで語り明かせそうな勢いの二人だったが、そうこうしているうちに水帆の家に到着し、ついにお開きとなった。
拓実にお礼を言いながら手を振る水帆の背後で、ダイキとレイコは拓実に向けて称えるような顔で親指を立てた。
拓実は二人にアイコンタクトで感謝を伝えると、ふわっと笑顔を浮かべ、水帆の家を後にする。
その夜、拓実は、久しぶりに味わう心地よい高揚感に酔いしれながら眠りについた。
これにて、共同戦線の本日のミッションが無事オールコンプリートとなった。
◇
その一方で、史也は、拓実とは裏腹に、眠れぬ夜を過ごしていた。
井上史也は、生来、存外ネガティブな男であった。
しかしながら、それを覆い隠すかのように、常時幾層にも重ねて虚栄心を纏っているため、実は彼自身も、彼の本質がネガティブであることに気づいていない。
だがその夜、史也は珍しくその本質と直面せざるを得なくなっていた。
「万全なはずだったのに……髪、ダサいとこ見られた……最悪すぎる。嫌われたかも」
史也が街中で突然濡れ鼠と化してから、すでに10時間以上が経過していたが、いまだに立ち直れていない様子である。
実際には、水帆は史也の髪のことなど1ミリも意に介しておらず、むしろ問題は“オタク下げ発言”の方であったのだが、――それに気が付いていないのもいかにも彼らしいと言えよう。
彼は鬱々とした表情でスケジュール帳を開く。
【木曜日 分子生物学講義→デート誘う】
【土曜日 デート当日! カフェランチ(候補:ガレット、イタリアン)→映画(恋愛もの。候補:『#ウソから始まる本気の恋』、『彼はオオカミくん』)→道玄坂ホテル】
その週の欄には、細かい文字でびっしり計画が書かれていた。
それを改めて眺めながら、史也はため息交じりに呟く。
「せっかく完璧に計画したのに。水帆ちゃんが無理ゲーなら、もう第二候補の七海ちゃんに切り替えようかな」
水帆の友人、七海と由利の史也評は、いずれも概ね的を射ていた。
「マメそう」という七海の評価が外れていないことは、スケジュール帳の書き込みを見れば一目瞭然である。
彼の自信に満ち溢れた振る舞いは、綿密な計画とシュミレーションに裏付けされたものだった。
一方で、由利の「ダメ男センサー」が正しく作動していたこともまた、ここまでの彼の言動から容易に判定できるだろう。
李徴子さながら、というにはおこがましい、彼の小さな “臆病な自尊心”を塗り固めた承認欲求は、時に「異性への節操のなさ」あるいは「優位性の誇示」という形で具現化する。
つまり、――より簡潔に、俗な言い方をするならば、「こじらせてるが故にチャラついてしまうし、イキってしまう」ということだ。
そんな等身大のダメ男が、井上史也という男であった。
◇
その男の内面にどんな本質が内在しているかは、守護霊、特にダイキにとっては大きな問題ではなかった。
水帆を弄んでいるという事実、それさえあれば、史也を敵と認定するには十分であった。
”土曜日の変”を想定以上の成果とともに終えたダイキは、翌週に入ってもなお上機嫌だった。
「いやー、にしてもほんまうまくいったな。この調子で、俺の水帆に近づくクズ男は俺が成敗したるわ」
腕を組みながらうんうんと頷くダイキに、レイコは以前から抱えていた疑問をぶつける。
「そういえば、ダイキくんって、いつも『俺の水帆』って言ってますよね。生前、水帆ちゃんと関係あったりするんですかぁ? もしかして好きだったとか……!」
「んなわけあるか。俺が死んだ頃、水帆はまだ小学校にも入ってへん。水帆は俺の……娘みたいなもんや」
ダイキはどこか懐かしげな表情を浮かべて、遠くを見つめている。
「む、娘ですか? ダイキくん、そんな歳でもないでしょうに」
「そうやな。でも、水帆が5歳のとき、俺は水帆に出会って、それ以来、この子を幸せにするって決めて、今日までずっと見守ってきた」
「5歳……ですか。それは確かに親目線になってしまうかもですけど……でも、どうしてそこまで――?」
「…………俺が死んだんは、交通事故やった」
いまだ遠くを見つめていたダイキは、レイコの質問には嚙み合っていないようにも思える返事をする。
そして、眉根を寄せてぎゅっと深く目を瞑り、語り始めた。
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