第4話 デート阻止大作戦・決行
決戦の日の朝、ダイキとレイコは気合十分という面持ちで腕を組みながら、作戦の最終確認をしていた。
「ええか、こないだ拓実と打ち合わせたとおりや。まず【作戦1:オタバレ大作戦】。下準備はもう済んどる」
「そして【作戦2:濡れ鼠大作戦】ですね。こちらの下見もばっちりです」
「そんでラストは【作戦3:穴埋め大作戦】やな」
「待ち合わせは11時に渋谷駅です。さぁ、そろそろ向かいましょう!」
二人は頷きあう。
◇
水帆は逸る気持ち抑えることができず、待ち合わせの20分も前に渋谷駅に到着してしまった。
待ち合わせのLINEの確認、インカメでビジュの確認、緊張を紛らわせるためにインスタを巡回。それを3セット繰り返したところで、ちょうど11時になり、ついに史也が現れた。
例のごとく髪はばっちりとセットされ、ブランドもののTシャツを身に纏い、セカンドバックを片手にしている。
「水帆ちゃん、待たせちゃったかな? ごめんね。行こうか」
「史也くん! 全然だよ、今着いたばっかりなの! 行こう!」
初デートの待ち合わせのテンプレートのような会話を繰り広げつつ、二人は小洒落たカフェへと移動する。
「ここ、ガレットがおいしいんだって」
「そ、そうなんだ! じゃあ、ガレットにしよーっと!」
にこやかに話す史也に対して、まだ緊張感の残る水帆。
他愛もない会話をしつつ注文したガレット来るのを待つ二人を、ダイキとレイコはじれったそうに眺めていた。
「お待たせしました、ハムエッグガレットとアボカドサーモンガレットでーす」
「お、来た来た」
「わ、おいしそう! いただきます!」
「あ、写真とか撮らなくていいの?」
目を輝かせて早速手を合わせる水帆だったが、史也にそう問われ、少しだけ焦った様子で答えた。
「あ、そうだよね! 撮る撮る!」
笑顔を史也に向けたまま、バッグの中のスマホを手探りで取り出そうとする。
が、――スマホを取ったはずの手に握られていたのは、水帆の推しキャラ、トキアのアクスタだった。
「それ……何?」
史也の言葉に、水帆は瞬間凍結されたが、何とか言葉を絞り出す。
「あ……これ!? これはね、何でもないよ! なんか妹のおもちゃが紛れ込んじゃってたみたい、ごめん!」
反射的に言い訳と謝罪を述べながら、今度こそバッグの中からスマホを取り出し、ささっとガレットの写真を撮る。
気もそぞろで撮影した写真はもはやガレットと特定できないほどにブレていた。
「さぁ、写真も撮ったし、食べよ食べよ!」
水帆は少し早口になりながら、再度いただきますと手を合わせる。
店内の冷房は十分に効いているはずなのに、水帆は汗はが止まらなかった。
汗をぬぐおうとバッグのポケットからハンカチを取り出したが、――彼女の手にはまたもや想定とは異なるものが握られていた。
今度はトキアのキャラぬいである。
「あれ、今度は人形? さっきのと同じキャラクターっぽいね?」
史也は不思議そうに問いかける。
「うぇえ!? なんで……。あ、えっと、これも妹が入れたのかな? ごめんごめん!」
相変わらず何に対するものか分からない謝罪を繰り返しながら、再び今度こそ、取り出したハンカチで止まらない冷や汗をぬぐう。
「……妹ちゃんって、水帆ちゃんとは結構違う感じなの?」
史也は笑顔を保ちつつも、どこか腑に落ちない表情をして尋ねた。
「え……顔も中身も割と似てると思うけど、どうして?」
「いや、さっきのアニメのキャラクターっぽかったからさ。妹ちゃん、もしかしてオタク系?腐女子?ってやつなのかなとか思って。水帆ちゃんっていかにも陽キャって感じで、全然そういうの見なさそうだし。まあ、俺も全然興味ないけど」
「…………ははは……」
水帆は今度は言葉を絞り出すことができず、顔を俯けながら愛想笑いを浮かべるのが精いっぱいだった。
そんな水帆の姿を上空から見守っていたダイキとレイコは、 罪悪感に苛まれた表情を浮かべる。
「【作戦1】、筋書き通り……やけど、水帆のこんな顔は見たなかったな……」
「うぅ……水帆ちゃん、ごめんなさい……!!」
既にお分かりのとおり、【作戦1:オタバレ大作戦】とは、水帆がオタクであることを史也にバレさせる作戦である。
史也が普段からオタクに対し、意識的にか無意識的にか、見下したような態度をとっていることは、拓実と史也のやり取りから容易に予想できた。
そのため、水帆がオタクであることを知れば、史也の気持ちが冷めるのではないか。
あるいは、史也がオタクを見下すような発言をすれば、水帆の中で史也の好感度が下がるのではないか。
それが、守護霊たちと拓実の狙いだった。
そこで、水帆がスマホを入れた位置にアクスタを、ハンカチを入れた位置にキャラぬいを、こっそり配置しておいたのである。
そして現に、狙いに近い展開を迎えたわけだが――過保護な守護霊たちは、水帆のいたたまれない姿に、思いのほか大きな心痛を抱えることとなった。
◇
ガレットを食べながら、先ほどのやり取りを頭の隅へと追いやった水帆は、なんとか笑顔で世間話ができるテンションまで自身を回復させることに成功した。
そんな水帆の胸中もつゆ知らず、自分の店選びのセンスにご満悦の史也は、次なる目的地へと水帆を促す。
「いいお店だったね。じゃあ、そろそろ映画館行こうか。『#ウソから始まる本気の恋』って映画、今流行ってるんだって。チケット、取っておいたから見に行こう」
史也は、イケメン俳優と女性アイドルタレントの2ショットがでかでかと印刷されたチケットを2枚、ひらひらと見せながら笑顔を向けた。
「あ……うん! チケット、取ってくれてありがとう!」
“映画館”と聞いて水帆の脳裏には一瞬、現在絶賛上映中のみゅー☆プリのライブアニメーション映画がよぎったが、すぐに
”水帆ちゃんって全然そういうの見なさそうだし。まあ、俺も全然興味ないけど”
という先ほどの史也の言葉がリフレインしたので、ぎゅっと目を瞑った後、小さく頭を振った。
流行りの恋愛映画はあまり見たことがないけど、これはこれで楽しめそうだ、と気持ちを切り替えて歩く。
すると、突然、
バシャッ!!!!
史也がいるはずの右手側から、突然水滴が飛び跳ねてきた。驚いて右を向くと、頭から水をかぶり呆然と立ち尽くす史也がいた。
小一時間かけてセットした髪の束感は当然見る影もなく、朝丁寧にアイロンで伸ばした前髪の根本も、うねうねと本来の姿を取り戻しつつある。
「史也くん!? だ、大丈夫!?」
「え……何?マジで最悪なんだけど。……さすがに今日は帰るわ。映画はまた今度、ごめんね」
即座に頭にハンカチをかぶせてそう呟く史也の顔は、呆然としていた。
次の瞬間には、彼は持っていた映画のチケットを水帆の手に押し付け、一瞬だけ泣きそうな表情を浮かべて、そのまま踵を返した。
「あ……」
突然の出来事に何一つついていけていない水帆は、チケット2枚を手にしたまま、足早に去っていく史也の後ろ姿をぽかんと見つめることしかできなかった。
「水帆ちゃんを濡らさず史也くんだけに水をかけるコントロール、素晴らしいですダイキくん! さすが元サッカー部!」
「……サッカー、全く関係ないけど。ベストポジション確保できたんは、レイコの下見のおかげ。【作戦2:濡れ鼠大作戦】、作戦名のとおり史也を濡れ鼠にして、ご自慢の束間ヘアーを台無しにしたったな。にしても、水帆を放置して即帰るとか……ほんまに甲斐性の無いクズ男や」
「ダイキくん、クズ男は言い過ぎですよぉ」
やれやれという顔をしつつも、二つ目の作戦も無事成功に終わり、今度は満足げな二人だった。
まもなくして、依然立ち尽くす水帆の後ろから、大きなトートバックを抱えた男が走ってきた。
――いよいよ、最後の作戦が始まる。
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