イケイケ君とオタク君
「え……!? これって……幽霊……??」
ダイキとレイコの姿を捉え、震える声でつぶやく拓実。
「ダイキくん、さすがに唐突すぎますよぉ。びっくりさせすぎたら話にならな……」
「すご――――っ!!!!!」
拓実は普段の彼にはそぐわない大きな声で叫んだ。
震えていた声は、恐怖ではなく興奮の顕れだったようである。
「霊と会話?ってピカルの碁じゃん! むしろデスブの死神的な? どっちにしろ大畑作品!? 今俺、大畑作品の世界観にいるの???」
普段のふわふわした口調を1.5倍速したようなオタク特有の早口で続ける拓実。
これにはダイキもレイコも思わず顔を見合わせてしまった。
「な、なんやようわからんけど、ビビらんでくれるなら話早いわ……。俺ら二人、佐々木水帆の守護霊や。拓実くん、聞いとったら、お前も水帆が好きなんやな? 俺らと一緒に、史也ルート全力阻止せんか?」
ダイキは単刀直入に本題に入る。
「あ、さっきのひとりごと……」
拓実は少し気まずそうな顔をして数秒黙りこくった。
そして、無意識にヘアバンドを外しながら、
「……うん、俺、佐々木さんのこと、好きだよ。でも俺、佐々木さんが幸せならそれでいいんだーって思えるほど大人でも善人でもない。……だから、井上史也じゃなくて俺ならいいのにって、ほんとは思ってる」
拓実はベッドの上で体育座りをしながら膝に枕をかかえ、赤くなった顔をうずめながらも、はっきりとした声でそう言った。
「井上史也さ、良くない噂たくさん聞くんだ。女の子とっかえひっかえしてるとか、3股してるとか。どこまでほんとかわかんないけど、俺もあいつ好きじゃないし、正直、負けたくないかも」
今度は顔を上げて、しっかりとダイキとレイコの顔を見つめながら拓実は言った。
ダイキは、「3股」というワードにぴくっと顔をひきつらせた後、何やら陰りを帯びた顔で、
「お前はすごいな」
とポツリと呟いた。
レイコは、気弱に見えた拓実から出た予想外の男らしい発言に、あらまぁと言いたげな表情をしてダイキを見たが、ダイキの表情を見て少し心配の色を浮かべた。
「自分から話しかけたりとか、怖くて今まであんまりできなかったけど……佐々木さんに選んでもらえるように、俺、頑張るよ」
目の下までかかった長めの前髪に隠された拓実の涼し気な目からは、いつになく力強い眼差しが放たれていた。
こういう場面ではいつも先陣切って音頭を取るダイキだが、今回は唇を真一文字に結んだまま黙りこくっている。
レイコはそんなダイキを心配そうにちらちらと横目で盗み見ながら、
「よ、よぉ~し! じゃあ史也ルート阻止、拓実ルート成功のために、土曜日のデート台無し大作戦を考えましょ~!!」
と不自然に高いテンションで声を張り上げ、大げさにえいえいおーっと拳を突き上げた。
「……え? 土曜日のデート……?ってことはもしかして、オンリーイベがキャンセルされたのってあいつとのデートが決まったから……?」
拓実の言葉ではっと我に返ったダイキはバツが悪そうに頭をかき、レイコは口が滑ったとばかりに両手でぱっと口を押える。
「いや、そりゃあ全然二人で一緒に行こうねとか言ってたわけじゃないし……時間合ったら挨拶しようねって話してたくらいだけで、佐々木さんは悪くないけど。あいつのせいだとなると、さすがにガン萎え案件だよー……」
先ほどの男らしさはどこへやら、拓実はうじうじと恨み節を述べながら、先ほどよりも深く枕に顔をうずめた。
「まあまあ、気持ちはわかるけどな,拓実くん。決まってもうたもんはしゃあないし、とりあえず作戦会議を……」
苦笑いしつつも軌道修正を図るダイキだが、拓実の耳には届かない。
「てことは佐々木さんはみゅーじっく☆プリンスよりもデートを優先したってこと? トキア様よりも井上史也が好きってこと???」
「あの……寺ちゃん……?」
レイコがおずおずと声をかけるが、
「佐々木さんのトキアへの愛はそんなものだったのか……? いや逆に、トキアを犠牲にできるほどに井上史也を大好きってこと??? あ~~~!!」
拓実はダイキとレイコの存在も忘れ、オタクモードで一人の世界に入っていってしまった。
眉尻は極限まで下がり、すっかり“ぴえん顔”になっている。
「お、お~い……」
二人の呼びかけも空しく、拓実は相変わらずぶつぶついいながら頭を抱えてのたうち回っている。
二人の守護霊は肩をすくめるほかなかった。
拓実が現実に帰還し、三人がようやく作戦会議を開始した頃には、すでに怒涛の木曜日は終わろうとしていた。
◇
「ねえ、由利、七海! こっちの服とこっちの服、明日どっち着ていけばいいと思う!?」
一夜明けてもなお熱の冷めない様子の水帆は、スマホ画面を見せながら、興奮気味に二人の友人に問いかける。
「えー、どっちも似合いそうだしかわいいよ! 水帆ちゃん、完全に恋する乙女だね♡ 幸せそうな水帆ちゃん見てると私も幸せ♡」
語尾にハートマークを飛ばしながらニコニコと水帆を眺めて答えたのは、七海である。
いかにも女の子らしい、シアー素材のワンピースを身に纏っている。
すぐさま、もう一人の友人、由利が重ねる。
「服は右一択~。でもさ、井上、あいつそんないいか? 自分に酔ってる感あるし、チャラついてるって噂も聞くし。あたしのダメ男センサーが反応してるわ」
七海とは打って変わり、由利はしっかりめのアイラインが特徴的なギャル系の女子だ。
ギャルのステレオタイプよろしくサバサバとした性格のようで、ばっさりと史也(と水帆)を切り捨てる。
「えぇーそうかな、史也くん、めっちゃ優しいよ?」
水帆は不満げに反論する。
「確かに、マメそうだしね♡」
「いーや!あれは『女の子に優しい俺、マメな俺、カッコイ~~☆』のやつだとあたしは睨んでるね!」
「いやいやでもでも……」
三人の討論は続く。
◇
「七海はもういい! 戻れ! 頼んだ由利!!」
と拳を握りしめ、某モントレーナーさながらに叫ぶダイキ。
「でも、七海さんの言うとおり、水帆ちゃんが幸せなら……みたいなところは実際ありません? 今はきしょい?のかもしれないけど、男の方って付き合ってみたら変わったりとか、するじゃないですかぁ。史也くんにもきっといいところが……」
「……知らん」
「え?」
「……女の子と付き合ったこと、ないから、変わるとか変わらんとか、……知らん」
ダイキはそっぽを向いて、彼にしては珍しい小さなぼそぼそ声でつぶやく。
「あぁ~! なるほど、ダイキくん、童て……」
「あーーーー!!!」
ダイキは大声を出してレイコの言葉を遮る。
「と、とにかくや、あいつがいい彼氏になるビジョンは、俺には見えんな」
慌てて話を戻すダイキの様子に、レイコは穏やかな笑みを称えた弥勒菩薩のような顔で、その肩をぽんぽんと励ますように叩く。
「その顔をやめろ!! ……そんなことより、レイコがそこまで言うなら、ちょっと史也の素行調査と行こうやないか」
レイコから発せられる生ぬるい空気に耐えられなくなったダイキは、強引にその場を離れることにした。
◇
「へー、史也、水帆ちゃんと遊びに行くんだ。経済学部の山本はデート断られたって聞いたけど」
「そうなんだ? 俺は水帆ちゃんから何回も誘われたからOKしただけなんだけどね。まあ山本じゃ、無理だろうね」
なんてことないという表情をしながらも、得意げな様子が隠しきれていない史也はしれっと嘘を織り交ぜる。
そして聞かれてもいないのに、そのままペラペラと話を盛り続ける。
「実際さあ、多分俺のこと好きだと思うんだよね。ワンチャンそのままお持ち帰りしちゃうかも。先週も別の子お持ち帰りできたから、2週連続記録挑戦的な。水帆ちゃん、結構スタイルいいしね。ま、どうなったかは当日、お前らに実況LINEしてやるよ。感想も含めてな」
「いや、さすがにそれは……」
周囲の冷めた空気にも気づかず、もはや隠すこともなく得意げに話す史也。
ダイキのこめかみには青筋が立っていた。
いつも温厚なレイコですら、両眉がくっついてしまいそうなほどに顔をしかめている。
「拓実の言ってたとおりや。やっぱり、ロクな男やない。俺の水帆には指一本触れさせへんからな」
ダイキは吐き捨てるように言う。
「女の子の純情を踏みにじったうえ、操を弄ぼうなんて…これはさすがにいただけません」
二人は使命感を一層燃え上がらせた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
もしこのお話を気に入っていただけたら、
ぜひブックマークやコメントを残していただけると大変励みになります!
執筆初心者なので、いいコメントでも悪いコメントでも、
どんな意見も大歓迎です。
しばらくは毎日ペース、17時頃更新を予定しています!
今後とも、楽しんでいただけますと嬉しいです✨