表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

第18話 風(最終話)

 どれくらい、そのまましゃがみこんでいただろうか。

 無機質な真っ白い空間には、しばらくダイキの嗚咽だけが響いていたように思われた。

 しかし、彼はようやく、自らの嗚咽に混じる、自分のものではない啜り泣きの声があることに気が付いた。

 そしてそれは、聞き覚えのある女性の声だった。


「…………レイコ?」


 ダイキは思わずそう呟くが、返事はなかった。


「……レイコ!! そこにおんのか!?!?」


 今度は声を張り上げて、もう一度その女性の名前を呼んだ。

 すると、啜り泣きがぴたりと止み、どこからともなく女性の声で返事が返ってきた。


「…………ダイキくん? そこにいるんですか!?」


 レイコはダイキと全く同じことを問いかけていた。

 二人とも、空間越しに会話しているこの不思議な状況に全く頭が追いつかず、困惑するばかりだった。


「……俺は今、白い空間におって、天国の入り口みたいなんが見えたとこや。レイコはどこにおる?」


「わたしも同じです。白いところをずっと歩いていたら……天国っぽいのが見えて……それで……」


 レイコは皆まで言わなかったが、ダイキはすぐに、彼女が自分と同じ思考を辿ったのだと悟った。


 ――つまり、白い空間はそれぞれの“道”で、すべてこの天国に繋がってる?


 ダイキは即座に頭を回転させ、一応の結論に辿り着いたが、自分の考えを信じきることができずにいた。


 ――もしまた自分の仮説が間違っていたら。また、自分のせいで取り返しのつかないことになってしまったら。


 そう思うと、それを言葉にして発することはできなかった。

 しかし、そんな彼の心を見透かしたかのように、レイコが言った。


「ダイキくん。……”天国”、行ってみませんか」


 人生で二度と聞くことのないであろう誘い文句に、ダイキはたじろいだ。


「……でも、俺の見てる“天国”とお前の見てる“天国”が同じとは……」


「でもわたし、ダイキくんに会いたいです。ここにいたって、きっと会えることはない。……それなら、1%でも会える可能性に懸けたいんです」


 ダイキは、うじうじと二の足を踏んでいた自分を恥じた。

 レイコはとっくに腹をくくっていたのだ。

 ああ、自分が好きになったのは、真っ直ぐな優しさと、芯の強さ、そして行動力を併せ持ったこの女性だったのだと、改めて腑に落ちた気持ちだった。


「……分かった。じゃあ、せーので踏み出すで」


「……はい!」



「「せーのっ!!」」



 “天国”に足を踏み入れた瞬間、ダイキとレイコは花々の咲き乱れる美しい景色の中、向かい合っていた。

 その美しさとは裏腹に、二人の目は真っ赤に泣き腫らされ、顔はぐちゃぐちゃで、なんともちぐはぐな光景だった。

 あれほど伝えたいことがあったはずなのに、お互い、すぐに言葉を紡ぐことができなかった。

 そよそよという風の音と、遠くから聞こえる小鳥のさえずりだけが、二人の背後に流れていた。


「……会えましたね」


 レイコがようやくそう一言呟いた。

 その顔は、泣きながら笑っていた。


「なんやねん、涙返せや、ほんま」


 まだ涙の止まっていないダイキも、涙声でそう返した。


「……つまり、どうなったのか、ダイキ先生、解説お願いできますか?」


 レイコは早くもいつもの調子に戻っていた。いや、敢えてそうしようとしていたようにも見えた。

 ダイキはポリポリと頭を搔きながら苦笑する。


「……また仮説やけど。俺の前言った、“目的”があればそのままおれるってのは、半分合ってて、半分間違うてたのかもしれん」


「半分……?」


「つまり、“目的”が俺らの存在理由になってるってところは合ってた。やけど、主である水帆の恋を応援するっていう、守護霊としての目的を達成した以上は、現世にいる理由がなくなったから、現世にいることはできなくなった。その意味では間違ってたってことや」


「“二人で一緒にいる”っていうのが新しい目的だから、現世じゃなくて“天国”に存在が移動した、っていうことでしょうか?」


「……やないかと思う」


「……ふふ、なんだぁ。神様、思ったより意地悪じゃなかったですね」


 レイコは安心したように笑い、ダイキにもようやく柔らかな笑みが戻ってきた。


 そして、二人の唇は、また同時に動いた。


「俺……」

「わたし……」


 完全なるデジャブに、二人は思わず吹き出す。

 が、その先の展開は以前とは異なるものとなった。


「悪いけど、今度は俺から言わせてくれ。……レイコ。俺はお前が好きや。これからも……一緒にいてほしい」


 ダイキは、今度は譲らなかった。

 彼の真っ直ぐな言葉に、レイコは、満面の笑みを浮かべながらも、その目からは涙が次々と溢れていた。


「はい、わたしもダイキくんのことが、大好きです! ずーっと一緒にいましょうね!」


 ダイキは強くレイコを抱き締めた。

 レイコもその背中にぎゅっと腕を回す。

 二人を包む色とりどりの花畑に、もはや残酷さは微塵もなかった。

 むしろそれは、二人の幸せに彩りを添える景色として、この上ないものであった。


 ◇


 ひとしきり幸せを噛みしめたダイキとレイコの脳裏によぎるのは、やはりあの二人のことだ。

 現世を覗く方法がないかとあれやこれやと”天国”を探索した”二人は、ついにその場所を見つけた。


「この“蓮の池”! 覗き込むと現世が見えますよ!!」


「おいおい……こんなん“蜘蛛の糸”やないか。俺ら、お釈迦様にでもなったんか?」


 ダイキは苦笑しながらも、その“蓮の池”の鏡のように美しい水面を覗き込む。

 そこには、確かに現世が映っていた。

 “天国”とは時の流れが違うのであろう、水帆と拓実は付き合って数週間が経過しているようであったが、いまだ初々しいカップルの雰囲気を醸し出していた。


「わぁ、いました! 水帆ちゃんと寺ちゃん! 仲良く歩いてます!」


 仲良く歩いている、という表現に相違はない。

 しかし、よく見れば、拓実は水帆と手を繋ごうと右手を伸ばしては引っ込め、伸ばしては引っ込め……と、もどかしい動きを繰り返していた。


「……まったく、この間までのゾーンに入ってた拓実はどこいったんや」


 ダイキはやれやれと首を振る。


「応援しようにもここからじゃ声は届かないですし……。もう、わたしたち現世には戻れないだろうから、二人に会うこともできないですね……」


 レイコは寂しそうにそう呟いた。


「……まあ、寂しいけど、大丈夫や。あいつらなら。俺らは黙って、今までよりちょっとだけ高いとこから見守ろ。それに、頼れる友達もおるしな」


 そう言ったダイキの脳裏に浮かんでいたのは中庭でパーティーに興じる女三人衆だった。

 レイコはその言葉に微笑みながらも、やはり寂しさを隠せない様子である。


「でも、やっぱり、最後に少しだけでも、二人の背中を押してあげたいですね……」


「まあ……それは、ちょっとした奇跡ってやつを、信じるしかないな。神様、意外と話の通じるやつみたいやし、期待しとこ」


 ダイキはそう言って笑うとレイコの肩を叩いた。

 二人はそのまま寄り添いながら、優しい顔で眼下の水帆と拓実を見守っていた。


 ◇


 拓実は、水帆から返事をもらったあの日以降、ダイキとレイコの姿が一向に見えないことが気がかりだった。


 ――やはり、“成仏”してしまったのだろうか。もう会えないのだろうか。きちんとお礼も言えていないのに……。


 水帆と付き合い始めて幸せ絶頂のはずの拓実だったが、ふいにそんな寂しさと後悔に襲われ、完全に晴れやかな気持ちになれずにいた。

 また一方では、水帆との次の一歩に踏み出せない自分にもやきもきしていた。


 ――あぁ、情けない、俺。なんで怖がっちゃうんだろう。こんなとき、レイコさんとダイキさんがいたら……。


 そんな他力本願な思考は、彼をさらなる自己嫌悪に陥らせるだけだった。


 その日も、拓実は成果を出せずにいた。

 今日こそ手を繋ぐ、と決めたはずなのに、どうにも最後の一歩が踏み出せず、伸ばした手を何度も引っ込めていた。

 水帆はそんなことを知る由もなく、にこにこと彼の隣を歩いていた。


 その時、ふと、二人の背中から強く、穏やかな風が吹いた。


 そのひゅうっという風の音に紛れて、ぶっきらぼうな関西弁と、おっとりと穏やかな声が、拓実には確かに聞こえた。


「え……」


 拓実は思わず立ち止まって振り返る。

 水帆も立ち止まり、そんな拓実を見つめながら、


「わ、今の風、気持ちよかったね。なんか私たちの背中を押してくれてるみたい、なんちゃって……」


 と照れくさそうにはにかんで言った。


 拓実の目には今にも溢れそうなほど涙が込み上げてきていたが、彼は深く瞬きをし、唇をかみしめてそれを押しとどめた。


「…………きっと、そうだよ。……行こうか」


 拓実は潤んだ目をぎゅっと瞑った後、晴れやかな笑顔を浮かべた。

 そして、伸ばした右手で今度こそ水帆の手をしっかりと握りしめ、二人は、肩を並べて歩き始めた。


 完


最後まで読んでいただきありがとうございます!

本作はこれにて完結となります。


もしこのお話を気に入っていただけたら、

ぜひブックマークやコメントを残していただけると大変励みになります!

執筆初心者なので、いいコメントでも悪いコメントでも、

どんな意見も大歓迎です。


次作も構想中ですので、また覗きに来ていただけると嬉しいです!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
Xから来て、最初から最後まで一気に読ませて頂きました!! とても素敵なお話でした!! なんだか、書きたいことが沢山あるのですが、こちらのお話に感激してしまい、最後は本当に良かったという思いと、二組のカ…
面白くて一気読みさせていただきました。 最初は笑いながら読んでたのに最後は泣いてました。 最高の物語をありがとうございました!! 美しい景色の中でのダイキくんのレイコさんに会えた時の一言目で涙腺崩壊で…
拝読し、完結編を読み終えてまず心に残ったのは、やはり物語全体を包む軽やかな笑いと温かさでした。守護霊であるダイキとレイコの掛け合いは最後まで絶妙で、読者を和ませながらも、どこか人間味にあふれていて親し…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ