第14話 自分で決めた道
水帆は、史也の告白以降、悶々とした気持ちを抱えていた。
あんなにも恋焦がれていた史也からの、ストレートな告白。飛び上がるほど嬉しいはずだった。
実際、彼女の心は飛び跳ねていた――彼の追加の発言を聞くまでは。
“水帆ちゃんがオタクだったとしても……俺は受け入れられるよ。周りには、今まで隠してきたように、これからもそうしてくれればいいし。付き合ってから、少しずつ俺の趣味に近づいてくれれば、それでいいから”
水帆はその言葉を何度も脳内で咀嚼した。
史也は、オタクの水帆を“受け入れる”と言ってくれた。
――けど、オタクって、“受け入れ”られなきゃいけないもの? 周りに隠したり、直したりしていかなきゃいけないもの?
史也のことはまだ好き、なような気がしている。
しかし、その気持ちが、現在進行形で燃えさかるものなのか、一過性の恋の余熱に過ぎないのか、水帆には分からなかった。
◇
一方で、“成仏問題”が一応の解決を見せ、痛快な復讐劇も終えた守護霊たちは、二人のメイン任務である水帆の恋路に改めて向き直っていた。
「とりあえず、拓実になんとか挽回してもらうしかないな……。あいつ、俺が余計な口出ししたせいで、水帆と気まずくなってもうて。立ち直れたやろか……」
ダイキは申し訳なさそうな顔をして言った。
「また畳みかけるのも気引けるし、かと言って悠長にしてたら水帆が返事してまうかもしれん。う~~~ん……」
ああでもないこうでもないと思考を巡らせるダイキをしばらく見つめた後、レイコは静かに言った。
「……ダイキくん。今回は、干渉するのやめませんか?」
「やめるって……やっぱ、成仏が不安になったんか?」
「そうじゃないんです。……今、水帆ちゃんにとっても寺ちゃんにとっても、大事な選択の時ですよね。ここまでの道のりは、わたしたちサポートしてきたけど、……やっぱり大事なことは、自分の気持ちに正直になって、自分で決めないといけないと思うんです。」
「……やけど、水帆が後になって後悔することになったら……」
ダイキは悩ましげに下を向いている。
「……それでもいいじゃないですか」
レイコはうつむくダイキの肩に優しく手を置いた。
「……後悔のない人生なんてないと思うんです。でも、自分で決めた道じゃなかったら……ちゃんと後悔することすらできないかもしれない。……今の水帆ちゃんと寺ちゃんのこと、信じてあげてみませんか」
レイコのまっすぐな言葉にダイキは少したじろいだ。
そして、参ったとばかりに頭を振りながら、ゆっくり顔を上げた。
「……ほんま、変わったなレイコ。お前の言うとおりや。俺はまだ、過去の未練に囚われ続けてたのかもしれん。……分かった、今回は、俺らから口出しはせん」
「……はい!」
「けど! 万が一水帆の身に危険が及びそうなことがあったら、そんときはすぐ介入するからな!」
そうして二人は、拓実の視界に入らない位置から彼らを見守ることにした。
◇
拓実は、水帆とぎくしゃくしてしまって以降、何度も挽回の手を打とうとLIMEの画面を開いては閉じ、二の足を踏み続けていた。
――嫌われちゃったかも。連絡したら迷惑に思われるかも。……そもそもなんて連絡したらいいのかわからないし……。
家にいるとそんな思考が無限にループしてしまう。
拓実は、気分転換にと外の空気を吸いにふらりと外へ出た。
特に行く当てもなく足を進めていると、気づけば近所のショッピングモールに来ていた。
「…………特に買いたいものもないし、帰るか……」
ふっと顔を上げ帰路につこうとした彼の目に、不意にショウウィンドウに写る自分の姿が映りこんだ。
拓実は、急に周囲のざわめきが遠くなり、ショウウィンドウの自分とそれに向かい立つ自分、二人だけの世界になったような感覚に陥った。
外界を遮断するかのように降ろされていた前髪はかきあげられ、世界が開けている。
丸まりがちだったその背中はピンと張られ、瞳は正面の自分を映している。
これまで、“これが自分だ”と思っていたものとは異なる自分がそこにはいた。
◇
小野寺拓実は、他者とのコミュニケーション、殊に自分から他者に干渉することを不得手としていた。
かと言って、過去に対人関係のトラウマがあるわけでも、特別な環境要因があるわけでもない。
むしろ、幼少期の拓実は、クラス委員に立候補するような活発で社交的な男児だった。
しかし、自我と歩む年月が重なっていくにつれ、何とはなしに他人との関係に気後れするようになり、一人の世界を好むようになっていった。
その方が、気楽だったからだ。
そうして形成されていった人格が、現在の気弱で奥手な拓実なのである。
それでも、元来他人にさしたる好奇心を抱いていなかった彼にとっては、それは大きな問題ではなかった。だからこそ、彼自身、その人格を否定も肯定もしていなかった。
――ほんのひと月前までは。
“佐々木さんに選んでもらえるように、俺、頑張るよ”
拓実は、ダイキとレイコに初めて会った日に、彼自身が言った言葉を思い出していた。
「……これまで全部、レイコさんとダイキさんのおかげだ。頑張るって言ったのに、俺、まだ自分で何もしてない。……今度こそ、俺が頑張らなくちゃ」
今の拓実には、その一歩を踏み出さなければならない理由があった。
彼は、自らの頬を軽く叩くと、おもむろにスマホを取り出した。
◇
拓実から突然の連絡を受けた水帆は、近所のショッピングモールに向かっていた。
「……寺ちゃん、急にどうしたんだろう。この間も様子おかしかったし、何かあったのかな……」
呼び出しの理由には皆目見当もつかないまま、待ち合わせ場所に到着してしまった。
「佐々木さん! 来てくれてありがとう。お休みなのに、急にごめんね……!」
「ううん、大丈夫だよ! ……でも、どうしたの?」
拓実は一呼吸置いてから、水帆の問いに答える。
「この間のこと、謝りたくて。ちょっと別の考え事してただけで……『黙ってて』って、本当に佐々木さんに言ったわけじゃないんだ。佐々木さんと話すのはいつもすごく楽しいから……だから、その……」
拓実が水帆に連絡したとき想定していたのは、まずは水帆に謝罪の意を伝えて、関係性の改善を図る。
そしてできれば、その後デートのようなことでもして、少しでも仲を深められたら。
それだけのはずだった。
しかし、拓実の口から続いて出てきたのは、本人も意図していなかった言葉だった。
「……その、俺、佐々木さんと話すのが大好きなんだ。……というより、……佐々木さんのことが好きなんだ」
「「「「……………えっっ!?!?」」」」
綺麗にユニゾンする4つの声。
口をついて出た突然の告白に、水帆も、陰から見守っていた守護霊二人も、そして拓実自身でさえ、驚きの声を抑えることができなかった。
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