第13話 カス夫への復讐
「信じられますか? あの男、わたしが死んですぐ再婚してたみたいなんですよ。あの家にあった結婚記念日の日付入りの写真立て。“H1.2.15”ってしっかり書いてありました。平成元年2月って……わたしが死んだ1か月後ですよ?」
レイコは憤慨していた。
一たび自分の過去の清算を終えて以後、彼女は本当にはっきりと感情を露わにするようになった。
ダイキは、そんなレイコを前よりずっといいと思いながらも、敢えて直接伝えることはしなかった。
「だからわたし、決めたんです。生きてる間は、一言だって文句も言えなかったけど……今更だけど、あいつに一泡吹かせてやりたい。実はもう偵察済みで、あいつの弱みを握ってあるんです。作戦は……」
レイコはダイキにひそひそと“作戦”とやらを伝える。
ダイキはそれを聞いてにやりと笑った後、やったれ、とばかりにレイコの肩を力強く叩いた。
◇
カズオの現在の妻・ミカは、元レディース総長、現弁護士という異色の経歴を持つ、勝気な女性である。
カズオと結婚前はカズオ好みの貞淑な女性を演じつつ、結婚後徐々に本性を現し、今やすっかり尻に敷いていた。
その強かさの一方で、若干の霊感を備えた彼女には、存外信心深い一面もあった。
彼女はその日、昨晩見た夢の内容が妙に頭にこびりついて離れなかった。
その夢では、おっとりした声の30代くらいの女性と、関西弁の青年がしきりに耳元で囁くのだ。
「旦那さん、カズオさんは浮気をしてますよ~。あの男は浮気者ですよ~」
「しかもパパ活やで~。お金払っていろんな若い子に相手してもらっとるで~」
「明日、確認してみてくださいね~。早く別れた方がいいですよ~」
取り留めもない内容ではあるが、妙にリアルなその夢は、彼女の第六感を刺激し、行動へと駆り立てた。
ミカはその夜、カズオの入浴中の時間を狙い、彼のスマホをそっと盗み見た。
LINE画面を開くと、
【カズオさん、今日もありがとう♡】
【リナちゃん、今日も最高だったよ♡ お手当増やすから、今度はもっと長い時間一緒にいようね♡】
気色の悪い会話が出るわ出るわ。
一般人であればフリーズしてしまうところだろうが、さすがは弁護士、ミカは冷静に、それらの会話を瞬時に自らのスマホで撮影していく。
あらかたの証拠の保全を終えた後は、カズオが浴室から出てくるのを仁王立ちで待ち構えていた。
そんなこともつゆ知らず、ご機嫌で浴室から出てきたパジャマ姿のカズオは、リビングに佇む仁王像を見るや、ぎょっとして尋ねる。
「ミカ、どうしたんだ……?」
ミカは質問には答えず、無言で先ほど保全した証拠を提出する。
カズオの顔はみるみるうちに青ざめていった。
「あ……違うんだ、これは……」
何やら弁明をしようとしたカズオの言葉を遮り、ミカはぴしゃりと言い放つ。
「即離婚。財産分与はなし。慰謝料500万円。異論は?」
元々尻に敷かれていたカズオが、この場面でミカに逆らえるはずもない。
「………ありません……」
情けない声でそう言ったカズオは、よろよろと床に崩れ落ちる。
その拍子に、カズオがいつも首に下げているロケットが床に当たって開いた。
その中に入れられていたのは、なんと、レイコの写真だった。
「あ……レイコぉ……」
思わずカズオは呟いた。
「……誰。パパ活の子じゃなそうね」
「…………前の奥さん」
ミカの追及に、もはや消え入りそうな声でカズオは答えた。
「はあ!?!? あんた、バツイチだったの?? まさか、あたしと付き合ってた期間とかぶってたんじゃないでしょうね!?!?」
カズオと対局に、ミカの声は家の壁を押し破らんとするばかりに大きい。
カズオの沈黙を肯定と捉えた彼女は、 不愉快そうに吐き捨てた。
「……さっきの発言、一部撤回。慰謝料は800万円で」
ちょうどそのとき、二人の娘が帰宅した。
しっかりめのアイラインを引いたギャルファッションの女の子――そう、水帆の親友の一人、由利であった。
「由利、おかえり。状況はさっきLIMEで報告したとおりよ。急で悪いけど……あんたはどうしたい?」
由利は、迷う様子もなく即座に答える。
「パパ活……ってかもはやジジ活?ってか介護だろ。マジでキモすぎ。もう一瞬でも同じ空気吸いたくな~い。……ママ、さっさとご飯食べよ」
「由利……」
カズオは泣きそうな声で呼びかける。
「ずっと、実の父親なのにな~んか嫌な感じしてたんだよねえ。……って、もしやダメ男センサー反応してた感じ!? ………あたしのセンサー、精度えぐくね!?」
由利はもはやカズオのことを視界に入れてすらいなかった。
一家が住んでいた家も、元々ミカの資産で購入したものだった。共有権すら与えていなかったのは、さすが弁護士というほかない。
そんなこんなで、カズオはあっという間にパジャマ姿のまま家を追い出されてしまった。
「……きっと、あんたが夢で教えてくれたんだよね。ありがとう、“レイコ”さん」
床に落ちたロケットを拾い上げながら、ミカは少しだけ微笑んでそう言った。
◇
家を追い出され、逃げるように格安ビジネスホテルに転がり込んだカズオは、狭い居室の小さな椅子になだれ込んだ。
もはや九州男児の恥も外聞もなく、子供のようにしゃくりあげて泣きながら、
「レイコなら許してくれるのに……レイコ……レイコぉ……」
と繰り返す。
その瞬間、レイコの眉がぐいっと吊り上がった。
そして、デスク上のメモ用紙を乱暴に引きちぎったかと思えば、こう書き殴り、うなだれるカズオの頭部に投げつけた。
【カス夫、一生許さない】
カズオはビクっとして足元に落ちたメモ用紙のくずを拾い上げ、その文字を読んだ瞬間、
「ひぃえええ~~~~~!!!!!!」
と情けない声を出して布団にくるまり、がたがたと震えだした。
その姿は、形容しようもなく、こちらに哀れみを感じさせるほどに、情けなかった。
一方のレイコは、満足げに伸びをしながら、
「ざまーみやがれ、です!! 二度と面ぁ見せんなよお~!! カスオ~!!!」
と不慣れな暴言を浴びせていた。
その内容に反して、しゃべり口はいつものレイコの穏やかなトーンなので、如何せん迫力に欠けた何ともアンバランスな様子だった。
しかし、ダイキは、ふっと微笑むとレイコの肩を軽く叩き、彼女をしっかりとたしなめた。
「レイコ、言い過ぎやで」
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